氷の妖精、通りすがる
雪に埋もれた、森の中で。
ヒィ達3人は進んで行く。
着陸した広場は、最近誰も訪れていなかったらしく。
20センチ程の真っ新な雪が積もったまま。
ジーノが転倒しながら街道口まで辿り着いたのも、仕方の無い事。
その細い通り道のお陰で、ヒィ達は難無く広場を抜け出たのだが。
ここからがまた、難所であった。
続いているのは、やはりやや細めのC級街道。
両側に高い木がズラリと並び、その合間を通っている。
しかし不思議な事に、街道にも20センチ程雪が積もっている。
これだけ木が茂っていれば。
幾ら吹雪いても、地面まで雪は達しないだろうに。
しかも今は厚く雲に覆われているが、風がそれ程吹いておらず。
勢い良く積もる気配は無い。
天候により薄暗くなっている上に、森の中で薄暗さが増している中。
街道をゆっくりと進む3人。
ヒィが先頭に立ち、雪を掻き分ける。
その後アーシェが踏み締め、後ろを歩くジーノが雪に埋もれない様守っている。
ただ流石に、体力の消耗は大きい。
困ったなあ……。
ヒィが考えていると、何時の間にか目の前に人影が。
「誰だっ!」
思わず身構えるヒィ。
その声に反応して、後ろの2人も警戒態勢。
それに対して、人影は。
困惑した様に、こう答える。
「君達こそ誰だい?見かけない顔だけど……。」
少年と少女を掛け合わせた様な、中性的な声質。
薄暗くて、良く顔が見えない。
しかし相手には、こちらの顔が見ているらしい。
声の主が続ける。
「向こうから来たって事は……道にでも迷った?」
「そ、そうなんだ。ここが何処か分からなくて……。」
咄嗟にそう誤魔化すヒィ。
方舟の事は、内緒にしておいた方が良い。
まあ、話しても信じてはくれまいが。
ヒィは続ける。
「この辺りは、初めて来たんだ。いやはや、参ったよ。」
「そう言う事なら、僕が手助けしよう。」
そう言って、ヒィ達へと近付いて来る影。
段々と姿がはっきりして来る。
すると、不思議な事に。
子供の様な姿をしているが、色が無い。
裾の長い衣服を身に纏っているらしいが、ガラスの様に透き通っている。
肌や髪の色は、白一色。
瞳や唇さえも白で、違和感を覚える程。
陰影で、辛うじて人だと分かる。
思わずヒィが尋ねる。
「君は一体、何者なんだい?」
「ああ、僕達のコミュはそれ程知られていないからね。びっくりするのも仕方無いか。」
そう告げると、次の瞬間。
『シュバッ!』と一気に、色が付く。
衣服に、瞳に。
唇に、肌に。
『自分はここに居る』と主張するかの如く、この場に似合わないオレンジ色。
濃淡は有れど、衣服はそんな感じに。
肌も血が通っている様に、赤みが差して来る。
黒い靴は、ブーツと言うよりは長靴?
膝下まで長く裾が伸び、雪から守る様に包んでいる。
ブヨブヨした感覚は、ゴムに近いかも。
この世界にも天然ゴムは有るので、作る事は可能だが。
その素材元は、遠く離れた温かい地域から取り寄せないと手に入らない。
かなりのコストと手間が掛かるので、アーシェは不思議がる。
肩上までのやや短い白髪を靡かせ、彼の者は自己紹介する。
「僕は【エイス】。【ヴィルジナル】って言う、氷の妖精さ。おっと、君の剣は抜かないでよ。解けちゃうからね。」
ヴィルジナルのコミュは、この辺りだけで確立されている小さなもの。
氷の精霊【キューレ】の力が満たされている、数少ない地域だから。
暑い所では暮らせない、この身が解けてしまう。
では、解けたらどうなるか?
エイスによると、死ぬ事は無いらしい。
元々妖精には、〔死ぬ〕と言う概念自体存在しないのだが。
小さな水の粒になって大気を循環し、雪となってこの地方へ降って来る。
そして、新しい体に生まれ変わるのだそうだ。
その特性から、温度に対しては敏感で。
熱の塊である火の精霊は、避けるべき対象なのだとか。
幸いにもサラは、完全に気配を殺している。
彼等に危害を与えない様に。
サラも、エイスと話したいだろうに。
ヒィは何と無く、そう思っていた。
実は、ドワーフにとって寒さは大敵。
彼等は土の妖精、土の精霊に力を借りる。
しかし土は、寒過ぎると凍ってしまう。
降り立った広場の、地面の様に。
活動を押さえられてしまうのだ。
こうやって見ると、面白い関係が分かる。
土は氷に弱く、氷は火に弱い。
そして、火への耐性が或る程度高い土。
三すくみとまでは行かないが、均衡が保たれている様に見える。
だからこそ、エイスはヒィ達に対して。
何もしない。
お互い、気を遣っているのだ。
それを分かっているからこそ、ジーノも騒がない。
寒いのを我慢している。
ここを通り過ぎるまで、ブルブル震えながら。
その心意気とは関係無く、ジーノは早足となっていた。
エイスが力を行使し、雪で覆われた街道が歩き易くなる。
横に退けてくれたのだ。
漸く、スタスタと歩ける様になるヒィ達。
ついでにエイスは、氷のソリを生み出してくれた。
ソリと雪の設置面は、キューレの力なのかツルツルに。
摩擦が少ないので、ジーノ独りで引っ張って行ける。
ソリの前方に縄を括り付け、率先してジーノが曳き歩く。
積極的に身体を動かした方が、ほくほくと衣服の下が温まるので丁度良い。
エイスと出会った地点を離れて、数十分は進んだだろうか。
とあるB級街道へと出る。
高い山々が連なる方向を指して、エイスが言う。
「ここを道なりに進めば、ペルデューへ行けるよ。頑張ってね。」
そしてまたフッと透明に成り、何処かへと消えた。
結局、エイスは。
住んでいる場所などは話してくれなかった。
火の精霊を前にして、そこまでは明かせなかったのだろう。
『コミュを崩されてしまう』事を恐れて。
これは、かなり剣の力をセーブしないと駄目だな。
ヒィは考える。
そしてアーシェとジーノを伴って、近くの村へと急ぐのだった。
ペルデューへと続くB級街道は。
馬車等が通り易い様に、除雪されている。
年中雪が降っている訳では無いそうだが。
偶々、そう言う時期にぶち当たったらしい。
地面はやや凍っていて、少し凸凹している。
その振動で、氷のソリの底がやや欠けるかも知れないが。
次の村まで何とか持ちそうだ。
その姿はかなり珍しいらしく、すれ違う人達は皆『ひっ!』と言う声を上げて驚く。
そして曳いているのがドワーフと知って、更に驚く。
こんな所でドワーフに巡り合うなんて、何て不吉な……。
そんな囁き声も聞こえて来る。
その度に、ギロッと睨むアーシェ。
仲間を侮辱する事は、私が許さん!
そう言いたいのだろう。
ジーノと言えば、そんな事を気にする暇も無い。
寒さを紛らわすので精一杯なのだ。
ヒィ、ジーノとソリ、一番後ろにアーシェ。
隊列を組みながら街道を進む事、幾ばくか。
漸く、村らしき地形が見えて来た。
着いたのは。
ペルデューとの国境付近に在る村、【ワウ】。
ヒィとジーノは、村人に尋ねて宿屋へと向かう。
アーシェは代わりのソリを調達しに、村中を散策。
木製のソリを譲り受け、宿へと戻って来る。
今夜はここで一泊。
ほかほかと湯気の立った食事を取りながら、ホッと一息。
寒さから来るジーノの震えも、収まった様だ。
温かい寝床へと潜り込み、就寝する3人。
明日はいよいよ、国境を越える。
あれこれと先の事を考える中で。
何故かまた、エイスと会う気がする。
そう思えてならない、ヒィだった。




