一っ飛びする先は、雪と氷の国
床を透明にして、上からの景色を楽しもうとするジーノ。
それとは逆に、余りの透明度にドキドキが収まらないアーシェ。
緊張していたのは初めだけで、直ぐにこの状況へ適応するヒィ。
急加速し、一定の速度まで達すると。
後は一直線に、目的地へまっしぐら。
『後の運転はボクがやるよ、君も楽しむと良い』と、サラが言うので。
お言葉に甘えて、ヒィも上からの景色を堪能する。
と言っても、高度が高過ぎて。
細やかな様子は、うかがい知れない。
それでも、『この世界は広いんだなあ』と感じさせるには十分。
この方舟は優れ物。
今現在、《マッハ2=音速の2倍》で飛行中なのに。
重力加速度Gは全く掛からず、平地でのんびりしている感じの空間が保たれている。
高度数千メートルの上空にも係わらず、方舟内の気温は下がる気配など無く一定。
息苦しさも感じず、大気も薄くなっていない。
因みに浮遊大陸などは、精々4千メートルの高さまでしか存在せず。
周りには大気の対流を妨げない仕様の、バリアの様なエネルギーの膜が有るので。
そのお陰で、膜内は地上と気候条件が同じ。
またそれ位の高さなら、大気の循環で凍える程の気温でも無く。
天高く飛べる者達、即ち〔神・魔族〕や〔天使・悪魔〕等でも自由に滑空出来る。
つまりこの世界にも、高度に因る気温・気圧の低下は存在するが。
種族の生息範囲では、その制約は有って無い様なモノ。
更に言うなら。
神々の暮らす上の世界は、そんな世界観をぶち壊す様なとんでもない上空に在る。
例えるなら、『ロケットで月に向かって飛んでいたら、宇宙空間では無い何処かへと出た』と言った所か。
〔神々が下の世界へ出向く事を、億劫がった理由〕が、少しはお分かり頂けるだろうか。
上の世界へ戻るのが大変、だったら最初から行かなければ良い。
そんな結論に達した者達は、〔神〕と呼んで良い存在なのだろうか?
もしかすると、サフィの行動力の源は。
こんな所に在るのかも知れない。
ペルデュー国までは、馬車で30日以上掛かるが。
方舟なら、1時間半余りで到着する。
その間ヒィ達は、今後の方針に付いて相談する。
目的の国は、山岳地帯に存在する。
険しい谷間に点在する村々、それを束ねる中心都市。
国の首都である【フラスタ】は、幾つもの谷が交差する盆地に在る。
山脈と化した大地は、白く雪の様な物が積もり。
それが解け川を形成し、長い年月をかけて渓谷を作った。
抉られた稜線は稀に崖崩れを起こし、窪地の様な平らな部分が出来る。
そこに人が移り住み、村が作られた。
主に4か所から川が流れ込み、1か所から大河となって出て行く。
そうやって生まれた盆地は、上から見ると正に星型。
まんま、★の形となっている。
首都名の由来は、そこから。
フラットなスター → フラスタ。
何と単純な事か。
名付け親は神では無く、【空を飛べる、或る者】だった。
それはこの辺り一帯の、雪と氷を司る。
機嫌を損ねると、空からドカ雪が降って来るので。
その土地で暮らす者からは、神同然に崇められている。
そいつが例の、〔宝物殿の怪物〕ではないか?
ヒィ達はそう推測した。
だとすると、『退治して解決する手法』では不味い。
やはり、現状をこの目で確かめないと。
今はその認識で一致している。
彼等は最終的に、どの様な判断を下すのか?
その時は、確実に迫っていた。
方舟は、ペルデュー国の国境手前で着陸する事に。
相手は、冷気を纏っている可能性が高い。
ならば逆の属性に当たるボクは引っ込んでいた方が、余計な刺激を与えずに済む。
動力源のサラが、そう申し出たからだ。
暴れているのなら、何時もよりまして神経も尖っているだろう。
賢明な判断だ。
サラの意見に従い、着陸場所を探すヒィ。
フキの近くにも発着スペースが在ったのだ、この辺にも恐らく……。
床を透明にしたまま、ジッと下をうかがう。
ジーノは初めて雪を見たので、興奮が収まらずはしゃぎ回り。
今回は役立たず。
この辺りにもドワーフは居るだろうが、ジーノ自体はこんなに遠くまで来た事が無い。
ソイレンの近くは熱帯雨林に近いので、雪が降る様な地域性を持ち合わせていない。
ジーノの気持ちは良く分かる。
俺も最初は、雪の中を転げ回ったなあ。
そう思いながら、ヒィはじっくりと地上を観察する。
アーシェは怖がりなのか、床を透明にしようとしない。
数十メートルなら震えも無いが、こんなに高くては……。
ジーノの方からも目を背けて、遠く離れた景色を睨んでいる。
中々ヒィが見つけられない事に、段々イライラして来たのか。
ミカがサラに声を掛ける。
「あんた、感じてるんでしょ!さっさと降りなさいよ!」
「えーっ。今後の為に、本人に見つけさせないと……。」
「あたいは早く降りたいのっ!伝令役なのを忘れたの!」
「しょうがないなあ。だから天使って奴は……。」
「ボヤいてないで、早く!早く!」
「もーぅ。」
渋々、前面に映っていたサラが。
ヒュッと、方舟の方向を変える。
そしてシュッと、或る地点まで移動すると。
フッ。
力が抜けた様になるサラ。
そして、言う。
「ほら、着いたよ。」
「そう。それで良いのよ。」
ミカは側面をチョンと触り、ドアの様に開かせる。
すると外から、冷たい空気が。
「さ、寒っ!寒っ!」
ブルブルと震え出すジーノ。
『これは堪らん』と、後ろに積んでいる荷物をゴソゴソすると。
毛布の様な厚手の生地を、ガバッと取り出す。
それを羽織り、ホッと一息。
その間に、ヒィとアーシェは方舟を降り。
後ろから荷物を引っ張り出す。
そして、用意していた厚手の衣服を身に纏う。
手袋付きで。
靴も、寒冷地用に履き替える。
幸いにも、アーシェの鎧は。
普段よりも多めに、中へ衣服を着込める様。
ジーノへの特注により、連結部分の長さが微調整出来る仕組みになっている。
流石に袖も分厚くなるので、剣を振るいにくくなるが。
寒冷地での戦いも、国元での訓練で習得済み。
ヒィもあちこちを旅する中で、この様な地域へ来た事も有って。
歩き方等は心得ている。
不安なのは、慣れていないジーノ。
『おっとと』と足元が滑りがちで、荷物を担ぎ辛い。
そこでミカが。
「何処かで、荷運び用のソリでも調達するのね。」
一言アドバイスを残し、『シュンッ!』と消えた。
ミカは瞬間移動で、サフィの下へ飛んで行ったらしい。
この場から完全に、気配が失せた。
着陸地点は、フキ近郊に在ったのと良く似ている。
違っているのは、寒さで凍った地面と。
その上や周りの木々に、雪が積もっている事。
結界を形成している木自体は、あっちのと同じ種らしい。
神聖な何かが宿っているのだろうか。
そんな事を考えながら、ヒィ達は。
衣服を取り出した後の荷物を、チャッチャと纏める。
ヒィは運転席を覗き込み、刺していた剣をブスッと抜いて再び外へ出る。
そして剣先を方舟へと向け、緑の炎を灯らせる。
炎はひょいと、方舟の天井部分へと乗っかる。
すると、見る見る内に縮んで行き。
また小さな物体へと戻った。
緑の炎が『ポンッ!』と消え去ると。
ヒィはそれを摘まみ上げ、服の左ポケットへと仕舞う。
慎重に辺りをうかがうと。
丁度、結界を形成していた青白い線が消えた所だった。
ジーノが街道口らしき箇所まで、確認しに行く。
雪の中を歩くのに手間取って、何回か突っ伏したが。
ふわふわした雪の上なので、痛さよりも冷たさが身に染みる。
ジーノは、誰も居ない事を確かめた後。
顔と手を真っ赤にさせながら、『大丈夫だぞー』と戻って来る。
それぞれ自分の荷物を背負い、ゆっくりと歩き出すヒィ達。
サラに頼んで、足元を溶かして貰えば良かったのだが。
それではここに居る事を、怪物とやらに悟られる可能性が。
なので、焦らず着実に進む事となった。
サフィとセージがこの辺りまで辿り着くには、まだまだ時間は有るのだから。
その頃、サフィは。
道中の簡易宿場で、ミカとひそひそ話。
2人して、『ふふふ』と笑うと。
シュッ!
ミカは姿を消す。
この時サフィとミカが、何を企んでいたかは。
ヒィ達には、知る由も無かった。




