席を埋める『おまけ天使』
一通り、この方舟の動かし方を教わるヒィ。
操縦は、それ程難しく無い。
神の乗り物だから、複雑だと気難しい神から文句が出る。
下手をすると逆鱗に触れ、製作者が存在を抹消されるかも知れないので。
当然と言えば当然か。
サラが言うには、『イメージするだけ』。
剣を握りながら、どう飛びたいのか頭の中に思い描く。
そして剣に合図を送ると。
そこからエネルギーとして、イメージが方舟に注がれる。
その時々で調節出来るので、急旋回や突然の回避も可能。
想像力豊かな者程、対処が早いので。
そんな奴が、運転に向いているそうだ。
さて、ヒィはどうか……。
実際に動き出せば、その辺りもはっきりとするだろう。
こんな乗り物を使って、ヒィ達が移動する訳。
そしてサフィが、セージと行動を共にする訳。
それは簡単な理由。
ヒィ達は、セージの事を信用していないから。
奴の発言には、怪しむべき点が幾つも在った。
だからそのまま、鵜呑みには出来ない。
かと言って、話の内容が仮に本当だと困るので。
サフィを監視役として同行させる事で、セージの動きを牽制。
のんびりと旅をしている間に、ヒィ達3人は方舟で一っ跳び。
先回りして、事実かどうかを確かめた後。
対処法を決める。
後は、サフィとの連絡手段なのだが……。
それだけは不安だったが、そろそろ出発しないと。
地面の結界が解けそうだ。
ジーノとアーシェは、ドアの様に開いた側面に触る。
すると勝手に、ゆっくりと側面が閉じた。
それを見て、ヒィも側面を触る。
『ギギギィィィッ』と音を立てて閉まって行くが。
そこで、『ムニュッ』と言う音と共に。
「痛ーーーーーいっ!」
悲鳴にも似た声が。
ふとヒィが、左側を見ると。
閉まりかけていた側面と、本体との間に。
何かが挟まっている。
慌ててもう一度、側面を触り。
そっと開いてやる。
すると引っ掛かっていたモノが、ストンと地面へ。
本体から顔を出し、覗き見るヒィ。
そこには。
純白の袖無しワンピースを着た、可愛らしい少女が。
挟まれた箇所で有ろう腰の部分を、痛そうに擦っていた。
もーっ、何て乱暴な奴ーっ!
『ヒィがわざとやった』と憤慨しているらしい。
直ぐにヒィは本体から降り、少女を抱え上げる。
「ごめん!居た事に気付かなくって……。」
「無神経にも程が有るわっ!ひっどーいっ!」
「だから、ごめんって……。」
両手を振り上げて怒る少女に、大弱りのヒィ。
『仕方ねえなあ』と、助け舟を出してやるジーノ。
透明な窓の様な部分から外へ、話し掛ける。
「お前さんが、『ここに居るよ』アピールしないから悪いんだろ?仮にも【天使】なんだから。」
「あんた!あたいが天使だって、何でわか……なあんだ。ドワーフか。」
『確かに、普通の人間は早々気付かないか』と、釈然としないが納得し。
多少大人しくなる。
そっとヒィが地面へ下ろすと、ペコリと頭を下げて自己紹介。
「あたいは【ミカ】。これでも天使よ。あんたがヒィ?」
「あ、ああ。どうして俺の名前を?」
「あの方に頼まれたのよ。『伝令役をしてくれないか』ってね。」
「と言う事は、サフィの使い?」
「まあ、そんなとこ。」
ミカと名乗った、この天使が。
サフィとヒィ達との間を繋ぐ、連絡役らしい。
それにしても、見かけは完全に子供。
ワンピースの後ろには、翼など無く。
肩程に伸びるサラリとした金髪の上には、輪っかなど無い。
金色の眉に、金色の瞳。
淡いピンクの唇の上方には、ちょんと小さな鼻が付いている。
耳は金髪に隠れているので、形等は良く分からない。
スラッとした手足、足先にはローヒールの様な純白の靴。
ふわっとした、淡く艶やかな白肌。
それ等が、天使としての無垢さを強調している。
残念な事に、天使は精霊と同様。
下の世界の者達の前に、姿を現す事は稀。
だからヒィと、ジーノの後ろから窓を覗いているアーシェには。
俄かには信じ難かった。
ドワーフであるジーノの指摘で、辛うじてそう思えるだけ。
『まっ、直ぐに認めろとは言わないけど』と言いながら。
ミカは少し腰を屈めて。
ひょいっ!
「「え!」」
ヒィとアーシェが驚く中。
軽々と、方舟の上空を飛び越える。
ストッとヒィとは反対側へ、見事に着地。
そして『あたいも乗るんだから、さっさと開いてよね』と、方舟に言うと。
ヒュッと側面が開き、とっとと中へ乗り込む。
ポスッと座席に座ると、漸く安堵の表情。
『落ち着くわあ』と、満足気。
ハッと我に返り、ヒィも方舟に乗り込むと。
今度こそ、側面を閉じる。
前面の透明な板に、サラが顔を出すと。
ミカに向かって言う。
「ボクのパートナーの事を、余り揶揄わないでやってくれよ。」
「ん?ああ、あんたも居たんだっけ。」
「居るよ、そりゃあ。彼女から聞いてるんだろ、その辺の事は?」
「ええ。『仲良くしなさいよ』って、釘を刺されたわ。全く……。」
サラとミカが、ブツブツと言い合っている。
最高位の火の精霊と、タメ口で話している所からすると。
この天使、上の世界では偉い部類なのかも。
まあ、ジーノにとっては。
そんな事、どうでも良かったので。
サラに出発をせがむ。
「行くんなら、とっとと行こうぜ。早く、〔上からの景色〕とやらを見せてくれよ。」
「それもそうか。じゃあ、ヒィ。お願いするよ。」
「わ、分かった。イメージすれば良いんだよな?」
何事も、初めは緊張するもの。
ましてやこんな乗り物は、乗った事も動かした事も無いのだ。
ヒィでなくとも、慎重にならざるを得ないだろう。
そんな様子のヒィを見て、ミカがポツリと漏らす。
「本当に大丈夫なの?こいつ。」
「黙って見てなって。兄貴は凄いんだから。なあ、アーシェ?」
「そ、そうだな……。」
ジーノからの突然の振りに、そう相槌を打つアーシェ。
ふーん、ドワーフがそんな事言うなんて。
珍しいわね。
そう思いながら、真剣な面持ちのヒィの顔を横で見ているミカ。
よしっ!
準備が出来た様だ。
ヒィがボソッと呟く。
「飛べ。」
すると方舟は、数十センチ地面から浮かんだかと思うと。
ギュンッ!
あっと言う間に、高度数千メートルまで上昇する。
そして一気に加速。
ギャオッ!
ビュイーーーンッ!
そこから直ぐに、姿が見えなくなった。