『空中を舞う、得体の知れない物』は、全部そう
広場の真ん中に出現した、真っ黒な箱。
どっちが前か分からない程、上下前後左右に対称形を成す。
試しにヒィは、箱に向かって『荷物を載せたい』と言ってみた。
すると、こちらが後ろなのだろう。
片方の正方形の面で。
上下均等に分かつ様に、ピシッと線が入り。
そこから『ギギィッ』と言う音を立て、上の長方形が外側へと開いて行く。
出窓を上に空ける感じで、地面と水平になるまで開き切ると。
その状態でピタッと止まる。
今度は下側が中央で分かたれ、左右に開いて行く。
側面と真っ直ぐになるまで開いた後、こちらもピタッと状態が固定される。
『ここから入れろ』と言う事なのだろう。
ジーノが恐る恐る中を覗き込むと、『おおーっ』と声を上げる。
中に見えたのは。
外観から程遠い、寛ぎの空間。
中を3等分する様に、ソファの様な腰掛ける部分が設置されている。
背もたれの角度は、やや後ろ側へと傾き。
長時間座っていても背中が痛くならない様、配慮されている感じがする。
側面と前面は、中から見ると上方が透き通り。
そこからは窓を覗く様に、外の景色が見える。
そして外観は完全に直方体なのに、中は四角い角が全く見当たらない。
何か詰め物をして、角を無くしているのか?
そう言う訳でも無いらしい。
中でも、一番意外だったのは。
ジーノが怪しんで内壁を触った所、プニプニと柔らかかったのだ。
思わず『ひっ!』と後ろへ飛び退くジーノ。
外からは、金属の様な質感を覚えるのに。
揺れてもダメージを与えない為なのか、中は少し表面が波打っている。
真正面から中を見据える、ヒィ。
何と、この直方体。
壁の厚みが、限り無く0に近い。
益々分からない、これは。
一体何なのか?
サラによると、これは〔乗り物の一種〕だとか。
とにかく、扉は開いた。
3人は慎重に、荷物をそれの中へ入れ込む。
『全部入れ終わった、もう閉じて良いぞ』と、ヒィが告げると。
下の扉から順に閉まって行く。
そして元の、真っ平な正方形へと戻った。
うーん、これをこのまま使っても良いのだろうか……。
不安になるヒィ。
でももう、荷物を積んでしまった。
後戻りは出来ない。
今度は側面へと回り、『俺達も乗りたいんだけど』とヒィが告げる。
その声に呼応して。
側面を3等分する様に、縦線が2本入り。
前と中央の板がドアと化したのか、これまた『ギギィッ』と外へと開く。
こちらは半開きで、手でも開閉出来そう。
取り敢えずヒィが前へ、ジーノとアーシェは中央へ。
中を覗くと、黒っぽい色のまま。
『落ち着いた色調の方が良かったなあ』と、ヒィはボヤく。
それを聞き取ったかの様に、内装が瞬時に変化。
ヒィが希望した通りの、明るい色調へと彩られた。
その光景に、ジーノは気味悪がる。
アーシェもこれには同調。
ヒィは左前方部、ジーノはその後ろの中央部。
アーシェは反対側の、右中央部にゆっくりと腰掛ける。
座席の様な物は、ヒィの隣に空きがあるだけ。
定員は4人らしい。
まだ緊張感が取れないジーノ。
ギュッと座席の表面を掴む。
するとそれに呼応して、座席の色がジーノの好みへと変化。
濃い茶色へとなった事で、ジーノは少し落ち着いて来る。
アーシェも真似して、座席をキュッと摘まんでみる。
こちらもジーノと同じく、アーシェの好みの色へと。
リラックスして移動出来る様、配慮されているのか?
アーシェは考える。
一方ヒィは、座席に座ると。
〔或る物〕を探す。
それは、座席の足元に有った。
そこに、剣をブスリと刺す。
すると、前面の透明画面に小人が現れる。
その姿に、3人は驚く。
「やあ。漸く準備が整ったね。」
「「「サラ!」」」
投影されていたのは、ヒィの肩に腰かけていた時の姿をしたサラだった。
剣を指す様指示したのは、サラ。
この〔乗り物〕は、剣に宿った精霊の力で動くらしい。
『ボクは、そのナビゲーターさ』と、サラは言う。
ナ、ナビ……?
ジーノが漏らすと、『案内人と言う事だよ』とサラが言い換える。
それで漸く納得するジーノ。
ここからサラの、小難しい解説が始まる。
これは方舟、神々の乗り物さ。
彼等はこれに乗って、上の世界からやって来る。
今は床が黒になってるけど、透明にも出来るよ。
そうやって、飛びながら下の世界を視察していたのさ。
不要な影響を及ぼさない様、地上での発着場所も決めてね。
神は自力で飛べないのかって?
飛べる者も居るよ、当然ね。
でもこれは、飛ぶ能力を有していない者の為にわざわざ作られたのさ。
初めは喜んで使ってたけど、乗り込むのを面倒臭がっちゃってね。
『ジッとしてるのは嫌だ』とか言い出す者も出て、これは使われなくなったんだ。
代わりに利用されたのが、〔ゲート〕さ。
まあ、あれも。
神々が下の世界に余り興味を持たなくなった結果、放置されちゃったんだけどね。
ボクが何でこんなに詳しいのかって?
見ての通り、この乗り物は。
『ボクが動かす事に等しい』のは分かるよね?
つまり、昔は精霊も。
神へ積極的に協力していた時代が有るんだよ。
神の方は、『自分達に尽くすのが、精霊の本分だ』と勘違いしていたみたいだけど。
今はこの通り、精霊は下の世界の住人側。
神々に楯突く気は、さらさら無いよ。
恨みなんて概念も、精霊には無いしね。
ただ、悔しかったんだ。
〔神々が下の世界を見捨てた〕なんて感じがしてね。
その点、〔彼女〕は違った。
積極的に、下の世界と関わろうとした。
だからボクとしても、彼女とは友好的で有りたい。
そう考えたんだ。
実の所はね。
彼女の正体は、僕にも分からない。
神と似た質を、感じてはいるんだけどね。
彼女が『女神だ』と主張するなら、ボクは否定しない。
それで事が丸く収まるんなら、それで良いと思ってる。
おっと、話が逸れちゃったね。
彼女はこの乗り物を、【ゆーふぉー】って呼んでたよ。
空を飛んでる、正体の分からない物は。
全部、〔ゆーふぉー〕なんだって。
まあ、どうでも良いんだけどさ。
ここからは、これの動かし方を教えようか。
ここまで話し終わる、サラ。
初めて聞く話ばかりなので、理解が追い付かないアーシェ。
対して、ヒィとジーノは。
ヘヴンズでサフィから、似た様な話を聞かされていたので。
粗方理解した。
それでも小難しい事に、変わりは無いが。
そしてここからは、ヒィに対するサラのレクチャー。
剣の所有者は、ヒィ。
つまり、これを操る役もヒィなのだ。
彼しか、剣の力を行使出来ないから。
じゃあサフィは、どうやって動かしていたのか?
その件は、また語る事も有ろう。
ここで、補足。
サフィがこれを、『UFO=未確認飛行物体』の様に呼んだのは。
正式名称が、【大きなる天の浮舟】だから。
うきふねのおおがた → UきFuねのOおがた → UFO。
この発想は、この世界の種族からは決して生まれない物なのだが。
果たしてサフィは、本当に女神なのだろうか?