留守番、妬(ねた)み、そして置き土産
ジーノの荷作りは、早く終わった。
しかし、アンビーとユキマリの生活基盤を確立するのに。
少々時間が掛かった。
家具等の運び込みと設置が終わると、ヒィから台所や風呂等の使い方を教わる2人。
屋敷での過ごし方を、前もってきちんと説明しておかないと。
帰って来た時、収拾のつかない状態になっていたら困る。
それに時間を取られた。
丸一日を犠牲にし、何とか理解した2人は。
『今日はもうお休み』と言うヒィの気遣いにより、その夜は早々に就寝。
一方で、旅に出る3人は。
これからの事を相談していた。
ヒィの剣〔ヒノカグツチ〕に宿る、火の精霊〔サラマンダー〕からの助言も受けながら。
精霊は『気軽に【サラ】と呼んでくれないか』と言って来たので、これからはその様に。
火の精霊の事を、より身近に感じる3人。
サラは、やっと実体化出来る様になったらしい。
『ヒィとの信頼関係が深まった結果』だそうだ。
背丈が10センチ位の、男の子の姿をしているそれは。
メラメラと燃える様な、赤い髪をゆらゆらさせている。
顔や身体付きは普通の人間と同じ、しかし髪や瞳の色は眉等も含めて真っ赤。
肌が白いので、余計に目立つ。
服やズボンに相当する物が、淡い輝きを放ってサラの身体を覆っている。
形にこだわりは無い、その時の気分で裾が長くなったり短くなったり。
感情のバロメーターとなっているので、気分を損ねているかどうか一目で分かる。
因みに。
サラがご機嫌な程、警戒感が薄れるので裾は短くなる。
足先は緑の炎が包んでいる、逆に手先には炎らしき物が無い。
『炎』と表現しているが、それは見かけだけで。
実際に燃えている訳では無い。
これが、精霊たる所以。
熱く無く、また燃え広がらない炎に。
アーシェは不思議がる。
何せサラは、ヒィの右肩にちょこんと座っているのだが。
ヒィがそれに特別な反応をする事は無く、至って平然としているので。
違和感が半端無い。
初めて見た者は皆、その光景に驚くだろう。
精霊の実体化は、稀な現象なのだ。
ジーノも精霊の声は聞こえるが、実体化した精霊を見るのは初めて。
余程相手を信用しないと、姿を現す事は無い。
それだけ、ヒィが凄いと言う事になる。
お陰で、これからの旅に付いて話がスムーズに進む。
サフィの残した【ヘンテコな物】に付いても、サラから詳しく聞かされる。
本人からは何も聞かされず、押し付けられたそれは。
サフィ曰く、〔神器の1つ〕らしい。
全く、あいつはルーズだなあ。
サラの説明を聞きながら、サフィのいい加減さに改めて呆れるヒィだった。
翌日。
ヒィ達3人は、門の前で。
ユキマリとアンビーの見送りを受けていた。
「後は任せといて!」
「留守はしっかりと守るから!」
2人から声を掛けられるヒィ。
昨日の買い物の間に、少しだけ2人のわだかまりが溶けた様だ。
口調から、やや棘が取れた様な気がする。
このまま上手く行って欲しい。
そう思いながらも、ヒィはにこやかな笑顔で2人に言う。
「じゃあ、後は頼んだよ。」
「「行ってらっしゃーー一いっ!」」
元気に手を振りながら、ヒィ達の背中をジッと見ている2人。
彼女達の見栄っ張りな競争は、既にここから始まっていた。
さて。
目的地のペルデュー国は、ここからかなり遠く。
馬車を使っても、30日以上は掛かる。
ロイエンスに、旅に出る報告をした時も。
『大丈夫か?』と心配された。
それに対してヒィは、『はい、こちらには【秘策】が有りますから』と返す。
自信たっぷりの顔付きだったので、ロイエンスはそれ以上聞かず。
『これも甥の成長の為』と、旅立つのを認めた。
名残惜しそうなのは、ブレア。
「やっと帰って来たと思ったのに。人気者なのね。」
ツンとした、皮肉交じりの言葉に。
ネロウが慌ててフォローする。
「引っ張りだこなのは、〔何でも屋〕として成功している証だよ。良い事じゃ無いか。」
「そうかしら?」
どうやら、屋敷へ転がり込んだ女性2人の事も。
ブレアの耳に入っているらしい。
やっかみなのか、不満なのか。
膨れっ面のブレアに、ヒィが言う。
「また、お土産を持って帰って来るから。な?」
「そう言う問題じゃ……。」
ボソッと漏らすも、ヒィには届いていなかった様だ。
照れ隠しの様に『さっさと行きなさいよー』と、突き放す感じで言うと。
そっぽを向くブレア。
ネロウはヒィと固い握手を交わす。
「面白い土産話、期待してるぜ。」
「ああ。」
ヒィが有名に成れば成る程、友達として鼻高々。
そんなネロウの期待に、しっかりと応えたい。
ヒィはそう思いながら、自警団の集会所を後にした。
「あ!兄貴が来た!おーい!」
大きく手を振るジーノ。
ジーノとアーシェは、ヒィが自警団へ報告している間。
街道口で待機していた。
それぞれが、それなりに大きい荷物を抱えていた。
だから、留守番役の2人は『さぞ、大変な旅になるだろう』と思っていた。
しかし今回の旅は、別の意味で大変だった。
それは……。
各々の荷物を担ぎ上げると、そのまま歩いて行く。
A級街道では無く、途中で逸れるC級街道へ。
フキから出て、左側に当たるその道は。
〔町の飛び地〕として認識されている、だだっ広い空間へと続いている。
フキから半日程で到達する、その広場は。
直径約100メートルの、円状。
〔円形〕では無く〔円状〕と言う表現なのは。
境目に生えている木々のせいで、形が曖昧にされているから。
それも奇妙な事に、広場の内側へと出っ張っている部分に規則性が有るのだ。
等間隔に、同じ種類の木が生えている。
この辺り一帯の木々は、種類も豊富で。
それが、緑の豊かさを作り出している。
なのにその木は、幹が人の胴体程と太く。
その表皮は、縦にガサついている。
葉っぱもツンと尖った、針状で。
青々とした、見事な物。
例えるなら、〔神社の周りに植わっている、御神木の杉の木〕が適当か。
ヒィに指摘され、アーシェがじっくりと観察する。
すると驚いた事に、出っ張りを結んで行くと。
正六十四角形を描く事が判明。
ここに行く様、サフィから指示された。
『行き止まりで何も無いから、ここがぴったりだ』と言われたので。
何か有るとは思っていたが。
それを示す様に、この地面に草は生えていない。
無い代わりに、空気に神聖さを感じる。
澄んだ感触と言うか、何と言うか。
ヒィには覚えが有った。
ジーノも、やっとそれに気付く。
「ここの感じって、〔あそこ〕に似てるな。兄貴もそう思うだろ?」
「ああ。〔ヘヴンズ〕とか言ってたな、あいつは。」
「それは、あの〔ゲートが集まっている場所〕の事か?」
アーシェがヒィに尋ねる。
ゲートの中継地点、ヘヴンズ。
あそこも芝生こそあれど、目立つ草木等は殆ど見られず。
天高く、空気は澄んでいた。
そして、不気味な静寂も。
ならここもきっと、神々と縁の深い場所。
だからこそ、『あれ』を使うのに適している。
サフィが残して行ったヘンテコな物、それである。
ジーノが、広場と街道との接続部で。
門番の様に、見張りをしている間。
ヒィは広場の中心に立つ。
服の左ポケットから、小さく四角い物を取り出すと。
ちょんと地面に置き、5メートル程距離を取る。
そして剣を取り出し、置いた物体へ剣先を向けると。
ヒィは空間に響き渡る位の音量で、こう叫ぶ。
「サラ!お願い!」
『はーい。』
返事が返って来ると、剣先から【緑の炎】が立ち上る。
高さが3センチ程のそれは、剣先から離れると。
ひょいっと物体の上へ乗る。
すると。
グオオオァァァッ!
見る見るうちに大きくなり。
高さと幅が約3メートル、長さが約6メートル程の直方体へと変わる。
材質は分からない、ただ鈍く黒光りしている。
ずっしりとした重量感、なのに地面へとめり込んではいない。
不思議な不思議な箱、そう思える外観。
そして直方体が現れると同時に、地面には青白い筋の光が走り。
出っ張った木々を頂点とする正方形が、幾つも現れる。
更にグルリと周回する様に、青白い正六十四角形。
その中で存在感を主張している、沢山の正方形。
どうやらこれ等は、外敵を避ける結界の様な物らしい。
『兄貴ー!外の景色が見えなくなったー!』と、ジーノが駆け寄って来る。
アーシェも直方体を見て、感嘆の声を上げる。
流石、〔神器〕と言い張るだけは有るな。
そう思うアーシェだった。
さて、サフィが置いて行ったこれは。
一体何だろうか?
旅立ったばかりのヒィ達は、早くも。
先の見えない道へと、迷い込もうとしていた。