成り行きで、髭(ひげ)もじゃと
ん?
低いトーンで、ヒィへ呼び掛けて来た主は。
その穴の底に居た。
穴の深さは大体、1メートル弱。
ちょこんと胡坐を掻いて座っている、髭もじゃの小男。
『よっこらせ』と立ち上がり、穴へ降りる様ヒィへ呼びかけて来る。
不用意に降りる訳にも行かないし……。
どうしようか、考えるヒィ。
その時。
「早く行きなさい、よっと!」
ドスンッ!
うわっ!
穴の中を覗き込んでいたので、前屈みになっていたヒィ。
その背中を蹴り抜く、それは。
サフィだった。
何とか上手く態勢を取って、底へ無事に着地出来たものの。
余りの乱暴さに、ヒィはムカつき。
サフィへ一言、文句を言いたくなる。
何て事するんだ、急に!
そう怒鳴ってやろうと、立ち上がって穴の縁を見上げようとする。
しかし、それは叶わず。
立っていられない程、底がグラッと揺れ。
急速に沈み始める。
『ゴゴゴーーーッ!』と不気味な轟音を立てながら、下がり続ける底に。
必死にしがみ付き、身体が浮き上がらない様伏せった状態のヒィ。
最早、背中を蹴られた事はどうでも良くなった。
『うわあーーっ!』と叫びたいが。
迂闊にそんな事をすると、唇や舌を噛んでしまう。
顎をガクガクさせながらヒィは、口が開こうとするのを押さえる。
幾時、過ぎたのか。
気付くと、いつの間にか。
穴の深さは、空が点に見える程深くなっていた。
急に、床の沈みが収まる。
どうなってるんだ……?
眉間にしわを寄せるヒィ。
悩みながらも、辺りを確かめようと立ち上がる。
クラッとよろけそうになる程、周りは真っ暗闇。
穴の入り口は、夜空に現れた一番星の様だ。
天高く、キラッと光っている。
上を見上げて、それを確かめた後。
これからの事を思い、ヒィは俯く。
その時、暗闇に輝く2つの点と目が合う。
下からヒィの顔を見上げる、髭もじゃ。
ヒィに穴の中へ降りる様促していた、あの小男だった。
小男は、開口一番。
「お疲れさん。だけんども儂等の町は、ここから更に奥なんじゃ。」
「町? 奥?」
「何じゃいな。あの娘から、何も聞いとらんのかい?」
怪訝そうな顔で、小男は尚もヒィの顔を見つめる。
やっと冷静になって来たのか、暗闇に目が慣れて来たのか。
小男の姿がおぼろげながら見える様になったので、ヒィはマジマジと観察する。
背丈は80センチ程、成人の腰をやや上回る位か。
ゴツい手足は、皮が分厚く見える。
靴は丸っこいが、木靴では無さそうだ。
長袖長ズボン、その上にチョッキを羽織っている。
ぼんやりとしか見えないので、それ以上は分からない。
そこで、『あ、そうか』と小男が言葉を発すると。
『よいしょ』としゃがみ込み、服に有るポケットから何やら取り出すと。
ゴソゴソし始める。
それは直ぐに、小さな明かりと成り。
小男が持っていた棒の先へ、ちょこんと取り付けられた。
直径2センチ、長さ30センチ程の。
先が少しぷっくりと膨らんでいる他は、ただの金属の棒。
膨らみの中に、先程の明かりが入れられた様で。
赤々と周りに光を放ち、それで漸く土の壁が把握出来た。
『よっこいせ』と、棒を掲げたまま小男は立ち上がると。
ヒィの方を向いて、低いトーンながら柔らかい感じで話し掛ける。
「あんたも災難じゃのう。こんな事に巻き込まれて。」
小男の優しい言葉で、ヒィは幾らかホッとする。
彼に悪気は無かったらしい。
済まなそうな顔で話し掛けて来るので、ヒィもそれなりの対応を取る。
無理やり笑顔を作り、横に軽く手を振って応える。
「いいえ。お気になさらず。」
「しかし、聞かされておらんのじゃろう? 儂等の【頼み事】を。」
「頼み事、ですか……。」
「そうじゃ。どうしたものか、議論になってのう。その時、あの娘が現れたんじゃ。」
「え?」
困惑するヒィ。
空き家を物色してたんじゃないのか?
何処かに行く余裕が有るのなら、何でわざわざ俺を出迎える様な真似を……。
取り敢えず、話を続ける小男。
頼み事に至る経緯は、どうやらこう言う事らしい。
彼等が暮らす町で、最近【或る物】が発見された。
しかし今まで見た事の無い物で、しかも材質や用途が謎。
邪魔なので動かしたいのだが、下手に弄ると何が起こるか分からない。
町のあちこちで、対処法が話題の種に。
皆がどれだけ騒ごうとも、妙案は浮かばない。
ホトホト困り果てている所に。
彼等の長の下を訪れた人間の娘が、こう言ったらしい。
『何とかしてくれる奴を、ここに向かわせるから。それで万事解決よ。』
余りにも自信満々に、長へ詰め寄るものだから。
藁にも縋る思いで、その申し出を受け入れた。
『じゃあ、またね』と告げて、いつの間にか娘は居なくなっていた。
その、〔何とかしてくれる奴〕の居場所を言い残して。
小男は、長の命で迎えに来たのだそうだ。
穴の外へ呼び掛けたら、ヒィが覗き込んで来た。
そしてヒィを蹴り飛ばしたのが、あの娘だったので。
『こいつがそうなのか』と思い、ここまで連れて来た。
娘と話は付いているとばかり……。
そこまで話すと小男は、謝罪の意味合いを込めてお辞儀をした。
「何なんだ、あいつは……。」
益々、サフィの事を怪しむヒィ。
あちこち顔を出しては、首を突っ込む厄介者か?
話から良く良く考えると、小男達もサフィに巻き込まれただけの様だ。
何だか気の毒に感じ、元々持ち合わせている正義感も相まって。
ヒィは彼等に、力を貸したくなった。
顎に右手を添え、すりすりと擦りながらヒィは考える。
これが、サフィの策略の範疇だとしても。
困っているなら、自分の出来る範囲で助けたい。
腹は決まった。
ヒィは小男の前でしゃがみ、目線を合わせてこう答える。
「俺で良ければ、力になりますよ。あなたの町へ、案内してくれませんか?」
「良いのかい? 失礼ながら、あんたに。〔問題を解決出来るだけの力が有る〕様には見えないんだが……。」
「俺もです。でもあいつが、『何とかしてくれる』って言ったんでしょう? ならその言葉に、一度乗っかってみるのも有りかと。」
「まあ……確認も取らずにここまで連れて来てしまった儂にも、非は有るからのう。」
「決まり、ですね。」
「宜しく頼むよ。」
ヒィと小男は、左手で堅い握手。
火の灯った棒を、或る方向へ向けると。
小男はトコトコと歩いて行って、左手で土壁に触れる。
すると、『グワアンッ!』と言う音と共に。
ぽっかりと横穴が開いた。
ヒィがやや屈んで通れる位の高さ、幅は人2人分だろうか。
縦に並べば、2人でも余裕で歩ける。
驚きの技に、目を丸くするヒィ。
こんな凄い力が有るのに、解決出来ないなんて。
果たして俺に、何が出来るだろう?
そう思いながらも、ヒィは小男に付き添い。
横穴へと向かう。
入る前に小男が、『済まぬ、自己紹介がまだじゃったのう』と告げた後。
ヒィに向かって、改めて自己紹介をする。
「儂は、〔ドワーフ〕の【ナンベエ】と言う者じゃ。これから向かうはドワーフの町、【ソイレン】じゃよ。」