マーキーの戦いぶりは
武闘会に臨む前、マーキーは考えた。
攻撃力・防御力を最大限発揮するには、どうしたら良いか。
ウォーゲンの様な大剣や、ジューラの様な双剣は。
攻撃面では優秀だが、防御の面では不安が残る。
ならばラモーがやっている様に、片手剣と盾装備で行くか?
いや、大きくて重量の有る盾を持ち歩いては。
獣人の中では小柄に分類される自分がやると、機動力が劣ってしまう。
うーむ……。
考えに考えた結果、こう成った。
利き手の右手に、片手剣の長剣。
刀身1.2メートル程の長さで、攻撃を担当。
左手には、片手剣の短剣。
刀身は40センチと小振りで、防御担当だが。
いざと言う時は、攻撃にも回す。
短剣は普通の武器より、堅くて軽い材質を使用。
『そんな都合の良い物質が……』と思うかも知れないが。
この世界には在るのだ。
サフィなら、『ファンタジーだから』で押し切るだろう。
何せ、サフィの持つ〔神器とやら〕も。
良く似た経緯の材質で出来ているのだから。
これにて、マーキーの戦闘スタイルが確立。
要するに、〔大太刀小太刀の構え〕で挑むのだ。
これで機動性を確保しつつ、攻撃面も防御面も高いレベルを保つ事が出来る。
大抵の相手には、これで十分通用する。
実際、マーキーは何人もこれで倒した。
短剣で相手の攻撃を捌き。
それで生まれた隙を突く形で、長剣による攻撃を当てる。
少々時間は掛かるが、確実に相手を倒す。
何せ真面にやり合うのだ、体力はラモー達より消耗が早い。
短期決戦には成りにくい戦い方。
一方マーキーは、その点をしっかりと理解し。
戦う相手を慎重に選んでいた。
闇雲にチョイスしていては、自滅を招く。
だから戦闘回避が出来るなら、それに越した事は無い。
しれっと戦線から遠ざかり、休憩を取りながら。
じっくりと観察し、『勝てる』と確信した相手にのみ挑んで行く。
臆病に逃げ回っている訳では無いので、観客から責められる事も無く。
『単なる頭脳プレー』、そう認識されていた。
〔テトロン出身〕と言うアドバンテージも有った。
観客の大半は、マーキーの味方。
応援の声の方が、罵声より遥かに勝る。
その中で着実に、勝ち残って行った。
ここまでは良かった。
しかし、残りの4人に成った時。
マーキーは完全に不利となる。
短剣で防げない程の強力な攻撃を繰り出す、ウォーゲン。
双剣を自在に操り、相手を翻弄するジューラ。
強固な盾で完全武装し、しかも何か取って置きを隠し持っている節が見えるラモー。
ジューラとは戦術が被り、ラモーは何か怪しい。
となると、攻撃が大振りのウォーゲンが。
一番、この中では与し易い。
マーキーはそう判断した。
一撃はとても重いが、当たらなければどうって事は無い。
それにどの道、ウォーゲンとの戦闘は避けられない気がした。
ならば、体力の有る内にけりを付けた方が良い。
マーキーは、ゆるりと立ち上がったウォーゲンの前に。
立ち塞がったのだった。
しかし、想定外の事が。
ウォーゲンの大剣は、振り回すのに不利な程刀身が長い。
だから、その懐に潜り込むのも容易いと思った。
ところが、剣を握る柄の部分も。
同様に、普通の剣より長かったのだ。
大剣だと、両手で持って少し余る程が通常の長さ。
対してウォーゲンの担ぐ大剣は、その倍は有った。
柄を器用に操って、マーキーの攻撃を防ぎ。
尚且つその部分で、接近するマーキーの肩を狙って来る。
上からゴツンと当てられただけでも、肩は使い物にならなくなる。
それ程の、強力な振り下ろし。
これで、迂闊には近付けなくなった。
離れざるを得ないマーキーに対し、これ見よがしに大剣を振り回すウォーゲン。
少しイライラし出したのか、がっかりし出したのか。
ウォーゲンがマーキーを挑発する。
「現長の系統にしては、情けないじゃないか!怖気づいたか!」
「何とでも言うが良い!お前を強敵と認めたからこそだ!じっくり行かせて貰う!」
「そんな後ろ向きな心構えでは、所詮は『貴様も雑魚だった』と言う事だな!」
「お前の煽りには乗らない!生憎だったな!」
「そうかい!残念だ!『これでもう終わりだ』と考えたらな!」
「何っ!」
ヒュンッ。
一瞬、マーキーの視界からウォーゲンの姿が消える。
次の瞬間、腹に激痛が。
「ぐほっ!」
身体を〔く〕の字に曲げ、口から血反吐を吐くマーキー。
あばらと肺の一部が、一撃で持っていかれた様だ。
堪らず蹲るマーキーの背中から、低いトーンで。
ややしわがれ声の、ウォーゲンの言葉が聞こえる。
「終わりだ。」
ビュンッ!
高く掲げられた大剣を、勢い良く振り下ろすウォーゲン。
とっさに振り向き、長剣と短剣を交差させ。
防御しようとするマーキーだったが。
交差点諸共押し潰す様に、大剣の動きは止まらなかった。
グギッ!
骨を砕いた様な、大きな音がして。
マーキーの身は、地面へと崩れ落ちる。
その瞬間、嵌められていた指輪がドロッと成り。
上空へと打ち上がる。
この時点で、雌雄は決した。
マーキーの完敗だった。
どうしたら勝てたのか?
別の奴と戦っていたら、勝てていたのか?
そんな事を考えながら、マーキーはネコ族に担がれ退場。
戦いの代償は大きかった。
負傷した身体は勿論だが、観客の声援が無駄になってしまった。
呆気無く倒された事によって、テトロンの住人のプライドがズタズタに打ち砕かれる。
しかし、マーキーを責める気は毛頭無い。
『相手が強過ぎたのだ』、皆そう思っている。
だから一瞬静まり返った。
でもやはり、結果を受け入れられない者と。
マーキーのズタボロの姿に、自分の未来を重ねた者が。
絶叫を上げる。
あんな凶暴な奴を長にしては、イヌ族の未来が無い。
そう感じたのだろう。
自然と、ウォーゲンに対する嫌悪と。
ラモーに対する期待が。
観客の中に芽生え、増幅されて行く。
何時の間にか、応援はラモー一色。
ゴーラの人々は勿論、他のイヌ族も。
マーキーに同情した、一般客も。
ラモーを後押しする。
ウォーゲンに声援を送るのは、同郷の者数名だけ。
実は、ウォーゲンの応援団は今回参加していない。
あいつは頭に乗り過ぎた、一度コテンパンにやられて性格を直した方が良い。
ウォーゲンの出身地の者でさえ、大部分がそう考えていたのだ。
何処に行っても嫌われ者、それが当たり前だったウォーゲンは。
闘技場を包む、今の雰囲気にも慣れたもの。
平然としている。
対してラモーは、やや冷静さを欠いているか。
メラメラと瞳の中で燃え盛る炎は、闘志なのか憎悪なのか。
区別が付かない。
このままでは、ラモーの敗北は明らか。
その目を覚ます様に。
ガイーンッ!
金属同士を打ち付ける様な、鋭く甲高い音が。
武闘会会場中をこだまする。
観客も、ラモーも。
少しは冷静に成れ。
そう主張している様だ。
その音で、ハッと目を覚ますラモー。
そうだ、この状態で戦うのは。
ウォーゲンの術中に嵌ったと同じ。
飲み込まれてどうする。
思考が鎮まり、落ち着きを取り戻すラモー。
その様子を見て、観客も。
罵声や怒声を押さえる様になって行く。
場の空気を変えたのは、ヒィとアーシェ。
表立って応援は出来ない。
客も興奮し過ぎて、暴動へと発展しかねない。
何が起こるか分からない状態になるのを懸念した2人が、お互いに剣を抜き。
頭上で思い切り刃先をぶつけ、金属音を響き渡らせたのだ。
これを真反対側から見ていた、運営トップ達は。
感心と感謝を持って、深々と2人の頭を下げる。
流石、立会人はこうでなくては。
何処かの槍使いや魔法使いとは違う。
『人間も捨てたものでは無いではないか』、そう思わせる行動。
ドギンも、隣でそれを見ていて。
火の精霊がヒィを選んだ理由の一部を、感じ取った気がした。
ヒィは剣を仕舞い、心の中でラモーにエールを送る。
今の俺にはこれ位しか出来ませんが、特訓を思い出して下さい。
あなたなら、勝てます。
頑張って下さい。
ヒィは、闘技場の中心をジッと眺めていた。
少しの間の後、仕切り直し。
中央付近に、2人が接近。
そこへ総合司会のユキマリが、インタビューへと向かう。
意気込みを聞く為だ。
決戦の時が、こうして着実に迫っていた。
果たして、勝者は何方か……?