武闘会、開始す
「えーっ、それは酷いなあ。」
ドギンを突き放す為とは言え、〔邪魔だ、失せろ〕の口調がキツ過ぎる。
そう捉えたヒィは、思わず口に出してしまう。
ヒィの言葉が聞こえたのか、ドギンが涙目でジッと顔色をうかがって来る。
もの欲しそうな目、でも『何としても手に入れたい』と言う程では無いらしい。
無理強いをすれば、火の精霊に嫌われるだけ。
あくまでもお願いする立場、そのスタンスは変わらない。
だからこそヒィの事が、羨ましかったのだろう。
自分をあっさりと退けたのに、こいつには気軽に話し掛けている。
火の精霊のそんな態度を見て、ヒィに嫉妬しているのを。
ドギン本人も分かっていながら、押さえられず。
ヒィに尋ねる。
「〔譲ってくれ〕とは言わないよ。その剣を少しの間だけ、俺に貸してはくれないか?」
「〔貸す〕?また変な事を言い出すなあ。」
余程切羽詰まった事情を、ドギンは抱えている様だ。
一連の問題が解決したら、話位は聞いてやっても良いだろう。
まだ何かをドギンは言い掛けたが。
タイミング悪く、総合司会のユキマリからコールが。
「試合、開始!」
うおおおおぉぉぉぉぉぉっ!
闘技場内をうろついてるだけだった参加者が、一斉に動き出す。
事前に、最初に戦う相手を決めていたのだろう。
打ち合わせの時か、ウォーミングアップの時か。
それとも、闘技場へ入ってからか。
相手をじっくりと観察し、『こいつだ!』と狙いを定めて。
各々が突進して行く。
参加者は40人と偶数なので、最初の戦いに余る者は出ない。
それでも競合は生まれる。
強い相手を欲する者、弱者を叩いて体力を温存したい者。
それ等同士がまず、戦う羽目に。
そのせいであぶれた者は、傍観するか。
『今の内に』と退避するか。
第一戦目は、あっさりとけりが付く事が多く。
直ぐ、次の戦いが勃発。
そうやって繰り返して行く内に、強者だけが残って行く。
今回はスムーズに事が運び。
指輪がドロリと変化し、ドンドン空中へと打ち上がる。
打ち上げ花火の様に、様々な色を纏った光を放ちながら。
その中をピョンピョン飛び回る、中継役の微ウサギ系が。
逐一戦況を報告し。
退場を手助けする係のネコ族が、闘技場へ跳び出しては。
着々と、リタイア者を担ぎ出して行く。
そうこうしている内に、開始から30分程が経過した。
意外にも、この時点で勝ち残っている参加者は4人。
残念無念、本キツネ系のビキュアは。
微タヌキ系のポントに、僅差で敗れてしまった。
『あと少し、先が読めていれば……』とは、ビキュアの弁。
心理戦に持ち込んだが、読み切れなかったと言う事らしい。
差し詰め、〔化かし合いに負けた〕と言った所か。
そのポントも、読み合いに持ち込む間も無く。
本オオカミ系のウォーゲンに、一振りで吹っ飛ばされてしまった。
ウォーゲンは、物足りなさそう。
もっと歯ごたえのある奴は、居ないものか。
対戦相手を待ち侘びている様だ。
ドカリと闘技場の中心に座り込む。
彼の濃いグレーの毛並みが、堂々とした態度をより大きく見せる。
ポントの呆気無さを見た他の出場者は、ウォーゲンを意識的に避ける。
一方で、ラモーは。
中キツネ系のバカッソーを含む10人と対戦し、いずれもサクッと返り討ちにしていた。
こんな所で苦戦していては、ウォーゲンには勝てない。
それでは。
あんな怪我を負ってまで、特訓に付き合ってくれたヒィ殿に。
顔向けが出来ぬ。
ヒィからの恩義に応えようとする姿勢が、ラモーを奮い立たせていた。
後2人、勝ち残ったのは。
中ジャッカル系のジューラと。
本命と目されていたマーキー。
リタイア者を全て運び出し、場が収まると。
ゆっくりと立ち上がるウォーゲン。
辺りを見回すと、満足そうな顔で。
こう言い放つ。
「誰でも良い。とっとと掛かって来い。〔処理〕してやる。」
ウォーゲンは担いでいた大剣を、ゆるりと身体の前で構える。
刀身は約3メートル、幅は40センチ程。
厚みも3センチと、大剣としても大きい方。
戦いのスタイルとしては。
大きく育った木の幹を、ブン回している感じが近いか。
余りに大き過ぎるので、両手持ち。
それでも本オオカミ系は怪力揃いなので、容易く使いこなす。
こんな物を真面に食らえば、胴体は千切れる様に分断されるだろう。
ポントは風圧で飛ばされ、難を逃れたのだ。
武闘会に参加するまで、ウォーゲンは戦闘に飢えていた。
本オオカミ系の中でも敵無しとなって。
異種族にも戦いを挑んでは、勝ちを積み上げる。
その噂に恐れを成し、正面切って戦いを挑む者が激減してしまった。
退屈していた時に、武闘会の話が来たので。
直ぐに乗っかった。
出場すれば、少しは骨のある奴と戦えるだろう。
そう考えての事。
そしてその願いは叶った。
ここに残った3人は、いずれも凄腕らしい。
精々、俺を失望させないでくれよ?
そんな事を考えていたウォーゲンの前に、立ちはだかったのは。
マーキー。
観客席からも、歓声が上がる。
地元の英雄が、屈強な相手に挑むのだ。
応援がヒートアップするのも、当然か。
と言う訳で、必然とラモーの相手は。
ジューラになった。
オオカミに似た顔、でも耳はキツネ似。
ピクピクと辺りの様子を、音を拾って量りながら。
ジリジリと、獲物を狙う様に。
慎重に、ラモーへと近付く。
その黒茶交じりの身体が、ガッとラモーの方へ突進し。
小振りの双剣で、その腹を狙う。
一方ラモーは、戦いのスタイルとしてはハチロクと同じ。
右手に片手剣、左手に鱗の浮き出た円盾。
ジューラは円舞の様に華麗な舞で、ラモーを翻弄しようとするが。
スピードでは、ブーストを掛けたヒィより遥かに劣る。
確かに双剣は攻撃力が高く、何処から飛んで来るか分からない太刀筋は脅威だ。
ここで、ヒィとの特訓が生きる。
ヒィの太刀筋も、回を追う毎に読めなくなっていた。
それに対処する為、ラモーの動きが変化。
目だけでは無く全身で、辺りの動きを感じ。
〔後の先〕で、相手の攻撃に反応出来るまでとなっていた。
なので逆に、ジューラが翻弄される。
先に攻撃を繰り出している筈が、何時の間にかラモーの剣先の方が早く突き出て来るので。
近付き辛くなっている。
元々双剣は、片手剣よりやや刀身が短い。
ジューラはそれに加えて、機動性重視で。
従来の物より更に刀身が短く、軽い物を使用していた。
だから。
こちらより先に、向こうに動かれると。
攻撃が当たらないばかりか、防戦一方となってしまう。
その際、剣の軽さが仇と成り。
防ぎきれなくなって、剣が弾き飛ばされる。
ジューラの決断は早かった。
双剣の攻撃が駄目だと見るや、ラモーに向け双剣を投げつける。
ラモーが剣と盾でそれ等を弾くと、一瞬でジューラはその懐へと入り。
投げを打とうとする。
上空へと投げ飛ばし、更にその上へとジャンプして。
相手の身体を極めながら落下し、着地時のクラッシュを狙う。
ジューラはラモーの腰を掴み、思い切り上へと。
投げ上げた。
つもりだった。
追随する様に、『ビュンッ』と。
ジャンプしたその先に在ったのは、ラモーの身体では無く。
鎧のみ、しかも胴の前方部だけ。
ラモーは剣同士の戦いだけでは無く、素手で挑んで来る相手も想定していた。
剣や盾では、到底躱せない。
ならば意図的に鎧を外せる様、細工をするしか無い。
幸いにもこちらには、ドワーフのジーノが居た。
『こんな風に改良したいのだが』と相談してみると。
『お安い御用さ』と、トンテンカンテン。
すぐさま、要望通り仕上げてくれた。
まあ、元々の発想源は。
ヒィの剣戟を体でもろに受け、そのまま吹っ飛ばされてしまったハチロクの。
ざまぁない姿を目の当たりにした事だが。
真面に受けずサラリと流す事も、接近戦では大切。
そう教えられた気がしたのだ。
ラモーの策にまんまと嵌り、空の鎧を空中で掴んでしまうジューラ。
下を見ると、落下地点で待ち受けるラモーが視界に入る。
ああ、これは負けだ。
完全にしてやられた。
認めざるを得まい、向こうの力が上だった……。
そう思いながら、ヒュルリと落ちて行くジューラだった。
こうしてラモーは、ジューラに勝利した。
あっちはどうなった?
ウォーゲンとマーキーとの対戦が気になり、辺りを見回すラモーだが。
一瞬の静寂の後、観客席から悲痛な叫びが。
金切り声にも似た、悲鳴。
そこには、ぐったりと地面に横たわっているマーキーの身体と。
その横でふんぞり返って仁王立ちしている、ウォーゲンの姿が。
右肩にガツッと、血の滴る大剣を背負い。
ウォーゲンがボソッと呟く。
「まあ、ましな方だったな。雑魚には変わらんが。」
「き、貴様ーーーっ!」
ウォーゲンの不遜な態度に、怒りを隠さないラモー。
一体、ウォーゲンとマーキーの戦いは。
どんな物だったのか?