武闘会開催、この後直(す)ぐ!
テトロンの町中は、最後の掻き入れ時と言わんばかりに。
出店の呼び込みにも、熱が入る。
何せ一度武闘会が始まれば、町中は伽藍洞になる。
客は皆、会場へ乗り込んでしまうからだ。
そうなればもう、終わるまで帰っては来ない。
つまりは、店仕舞い。
その期限が迫っていた為、ここでどれだけ稼げるか。
店側にとっては死活問題。
今の売れ筋は。
観客席でも食べられる、弁当型の食事。
祭特有の食べ歩き物を主に扱う者達は、早々に店を畳み始める。
そして町には段々と、空白域が広がって行く。
それは同時に、新たなる長の誕生が間近である事を示している。
裏事情を知らない者は、そう思い込んでいた。
しかし運営側は、事後対応を決めかねている。
〔イヌ族乗っ取り〕が本当か否かを、未だに見定められていなかった。
レンガと木材で建設された武闘会会場は、コロッセオの様な荘厳さを醸し出している。
その中央、直径250メートル程の円形の地面は。
便宜上、【闘技場】と呼ばれ。
出来るだけ障害となる様な物は取り除かれているが、それでも小さな石ころ等が転がっている。
その周りにレンガで、高さ3メートルの壁が築かれ。
〔幅1メートル程・高さ1メートル程〕のドーナツ型段差が、幾つも設けられている。
3メートル間隔でアーチを描く、レンガ積みによるしっかりとした基礎部。
その上に木板が何層にも敷かれ、床を形成している。
そうやって出来た人工台地は、各々座布団らしき敷物が置ける様に平らに均されて。
柵等は無いので、参加者から何か飛んで来た時は自己防衛。
観客もその辺を良く分かっており、何らかの防御手段を持って来ている。
純粋に〔盾〕とか、代わりに〔鍋蓋〕や〔木の板切れ〕とか。
それぞれ、思い思いの物を持ち寄る。
それも、武闘会の見物の1つ。
何を所持しているかで、普段の暮らしが垣間見られるからだ。
テトロンの町が在る方角に、〔総合司会席〕と〔運営トップの座る席〕が。
その真向かいに〔立会人席〕が、それぞれ段の一番上に設置されている。
かなりの段数の最上部なので、闘技場の中心は良く見えない。
と思いきや、何やら仕掛けが施されているらしい。
最上段でも中心が、細部まで見える。
これもエルフの能力なのだろうか。
とにかく、三万人は入れるであろう観客席は。
応援団や武闘会を見に来た客で、直ぐに一杯となった。
総合司会は、ユキマリが務める。
その他、微ウサギ系ウサギ族から数人が中継役として参加。
ユキマリと同じ、バニーガールの姿で。
闘技場の端から端へと、状況を喋りながらピョンピョン飛び回る。
これも、武闘会恒例。
何時もかなりの乱戦となるのだが、しっかりと中継を務めてくれるのと。
その派手な衣装から、微ウサギ系は人気が高い。
本ウサギ系と中ウサギ系は、手足の毛がフサフサし過ぎて。
網タイツの様なバニーガールの衣装を着ても、そこを毛が貫通して。
衣装が台無し。
その点、微ウサギ系は。
人間に近いので、際どい衣装でも問題無し。
だから司会・中継役に起用される事が多い。
男くさいバトルの中の、数少ない癒し。
観客もそれを求める為、駆り出されるのは女性ばかり。
男性はと言うと。
故郷で留守番か、司会・中継役の女性の荷物持ち。
どの道、武闘会の様子は分からない運命。
唯一特権があるとすれば、真っ先にバニーの衣装を見られる事だろうか。
採寸合わせ、外見のチェック等。
微ウサギ系の町でも、見かけるチャンスはすこぶる多い。
町の男共の反応を見て、もっと際どく出来るか協議する。
そして、ギリギリの線を責め続ける。
武闘会の主役は、彼女達では無いのに。
応援団がそれぞれ固まって、客席に陣取る中。
武闘会が始まろうとしている。
行事としては、主催の挨拶等まどろっこしい物は省かれている。
まずは、参加者の紹介が。
『闘技場まで降りた司会者がインタビューする』と言う形式で、進められる。
マイクの様な、音声を拾う道具を持って。
ユキマリが次々と紹介して行く。
観客席には、望遠レンズの他。
スピーカーらしき機能も備わっているらしい。
とても聞こえ易い音の中、最後まで紹介し終わると。
今度は、立会人の紹介。
こちらはサラッと流される程度。
しかしその中でも、不思議な形状の深紅剣を背負うヒィは。
やはり目立ってしまう。
サフィとヒィは特に、ユキマリと親し気に話していたので。
観客から目を付けられたのか、興味を引いてしまったのか。
ブーイングと歓声が、半々に飛び交う。
目立つつもりは無かったので、恐縮するヒィと。
逆に注目を浴びて、『どもどもー!』と観客に愛想を振り撒きまくるサフィ。
2人の様子を見て、『大丈夫だろうな……』と心配になるアーシェ。
紹介が終わると、参加者と立会人は。
一旦、打ち合わせが行われたあの広場へと下がる。
そこで参加者はウォーミングアップを行い、立会人は再度注意点を説明される。
ラモーの様子を見ているヒィ。
そこへ、アンビーがラモーに声を掛けて来る。
「やあ。調子はどう?」
「まあまあだな。身体は思う様に動く。問題無かろう。」
そう答えるラモー。
アンビーの心情としては、大きな声で応援したい。
知り合いが長と成れば、鼻高々で自慢出来るから。
しかし裏方として、運営側として。
露骨に、その様な態度は取れない。
それに〔あの話〕は、まだ解決していない。
アンビーはこっそりと、ヒィに尋ねる。
ニヤニヤしながらだったので、何故か警戒されていたが。
『君はもう、目星が付いているのかい?』
『何がです?』
『例の件だよー。〔不届き者〕って奴?誰か、気になる奴が居るんじゃないの?』
彼の目がギラリとしているから、間違い無い。
ネコ族特有の直観が、そう言っている。
ヒィは少し考えると、『内緒ですよ』と前置きして。
大きく息を吐いた後、アンビーに告げる。
『この中に居ますよ、奴は。確実にね。』
『!』
声に出しそうになって、慌てて口を塞ぐアンビー。
しかし誰かまでは、ヒィは話さない。
『取り逃がす事に繋がるから』と。
そしてこう付け加える。
『あなたを信用して、打ち明けたんですよ?誰にも喋っちゃあ駄目ですよ?』
『分かってる!分かってるって!』
そんな事がバレたら、上から大目玉を食らう。
そんなの御免よ。
アンビーはそう思いながら、『じゃあね!』とラモーに声を掛けた後。
広場を後にする。
その後スッと、ヒィにサフィが近付き。
すれ違い様、『仕込みは完了ね』と呟く。
『ああ』と、ヒィもボソッと返す。
何事も無く、サフィはヒィの元を離れる。
そのやり取りに気付いている者は、アーシェしか居ない。
3人は分かっていた。
〔ネコ族〕と言う者は。
念を押されれば押される程、我慢が出来なくなって。
あちこちで喋りまくる性格だ、と言う事を。
こうやってわざと噂を流し、敵の心中を動揺させる。
『観念しろ』と警告するが如く。
しかし本当の狙いは、別に有った。
そうとも知らず、うずうずして堪らないアンビーは。
心の中で謝りながら、『あのねあのね』と。
同僚にペラペラと、話してしまうのだった。