密会なんて、酷い!
応援団の連中は、夜遅くまで祭りに参加していたらしい。
夜中過ぎに続々と、キャンプ地へ戻って来る。
十分堪能したとは言えないが、何せ翌日早くキャンプ地を解体せねばならない。
名残惜しそうに、テントの中へと入って行く。
翌日が本番のラモーは、既に就寝。
ハチロクの手伝いを終え、ちょこっとだけ祭に出向いていたジーノも。
テントへ帰って来た。
そこには、小難しい顔で考え中のヒィが寝転がっていた。
「ただいまー、兄貴。」
「お帰り。どうだった?」
「金ぴか光り過ぎて、オラには眩しいや。後、音が大き過ぎ。耳を塞いでも聞こえて来るんだぜ?」
「その割には、嬉しそうな顔をしているな。」
「へへーん。」
上機嫌なジーノの首筋を良く見ると。
キスマークの様な、齧った後の様な。
変な跡が残っている。
どうやらテトロンの町を訪れていた女性に、やたらとモテまくったらしい。
ドワーフのトレードマークの髭を全部剃って、子供の様な顔になっているのだ。
愛玩動物の様に弄られたのだろう。
ジーノが本来持っている愛嬌は、抜群なのだ。
「疲れたぁ。兄貴、お休みー。」
そう言ってジーノは、毛布を被ってそのまま寝付いてしまった。
スースー、スヤスヤ。
寝息を立てるジーノの横で、ヒィはジッと考える。
明日、いよいよ始まる。
それはただの試合なのか、それとも凄惨な地獄絵図なのか。
傍観者である自分には、何も出来ないのだろうか?
いや、怪しい奴を牽制する事は出来る。
武闘会を何としても、無事に終わらせなければ。
使命感に駆られるも、これ以上夜更かしすると翌日に響くので。
ヒィはもう、寝る事にした。
翌日、朝早くから。
シュルルル、シュルルル。
トンテン、ガンガン。
テントの布を柱へ固定していた縄を、スルリと外し。
柱を固定していた、がっしりした杭を次々引っこ抜いて。
あちこちのテントで、解体が始まる。
その大きな音で、目が覚めるジーノ。
ガバッと起き上がり、隣を見ると。
既にヒィは起床していた様だ。
オラも、荷物の整理をしないと。
ゴソゴソとテント内を動き回るジーノ。
そこへ、キャンプ地の様子を一通り眺め終わったヒィが戻って来る。
「ジーノ。済まないが、荷物の整理と管理を全て任せて良いか?」
「お、兄貴。お早う。オラは大丈夫だぜ。荷物の大半は、サフィの物だったしな。」
『全部詰め込んでもスカスカだぜ』と言いながら、ジーノは荷物袋を指差す。
ジーノとヒィの着替え等は、既に入れ終わっているが。
袋にはかなりの余りが有って、来た時はパンパンだったのが『シュボーン』と萎んでいる。
残りの荷物を入れても、ドワーフにとっては重荷にはならない。
それに、何時もは鬱陶しく絡んで来るサフィも居ない。
だから、余裕だぜ!
グッと右手拳を突き出すジーノ。
『任せたぞ』と言った目付きで、右手拳をチョンと合わせるヒィ。
ヒィはテントを抜け出し、或る地点へと向かった。
「ごめん、遅れた。」
「ホントよ、もう。」
頭を掻きながら、ヒィが現れたそこは。
〔テトロンの左手〕と呼ばれる沼地。
〔テトロンの足〕から見て、昨日特訓していた森とは真反対に位置する。
沼地なので、キャンプ地には適さず。
そのジメジメしている土地は、『縁起が悪い』と応援団から避けられている。
勿論、参加者からも。
武闘会当日にこんな所を訪れるのは。
気まぐれな祭りの見物客か、敢えてジンクスを背負おうとする物好きか。
人目を避け談合を画策する者達位だろう。
武闘会ならではの性質を利用して、『ここで話し合いをしよう』と提案したのは。
他ならぬ、アーシェ。
この日までに得られた情報を、3人で共有する為だ。
アーシェとサフィは、既に来ていた。
ヒィが遅れたのは、昨日の特訓が響いたから。
消耗が激し過ぎて、体力の戻りに時間が掛かったのだ。
アーシェはヒィを気遣い、声を掛ける。
「大層な怪我を負ったと聞いたのだが、大丈夫か?」
「ええ、お陰様で。まさか、【あんな展開】になるとは思っていませんでしたけど。」
サフィを見ながら、ヒィが答える。
特訓の現場に姿を現したのは、ここに集まる旨をヒィに伝える為だった。
『やれやれ』と言った表情で、サフィが言う。
「相手の要求通りに動いたら、そうなるわよ。本来のあんたの実力じゃないんだから。」
「何の事だ?」
不思議がるアーシェに、サフィがぼそぼそと耳打ち。
『そんな事が……!』と感嘆の声を上げそうになるも、辛うじて抑える。
それよりも今は、時間が無い。
あと数時間で、武闘会が始まる。
〔怪しい〕と打ち合わせ会場で目星を付けた奴等の内、更に絞って。
何名かをピックアップ。
そいつ等を重点的に見張る事となった。
その者達は。
まずは参加者。
微タヌキ系の、【ポント】。
中ジャッカル系の、【ジューラ】。
中キツネ系の、【バカッソー】。
そしてラモーのライバルである、本オオカミ系の【ウォーゲン】。
次は立会人。
人間族の国【ヘムライド王国】から、槍使いの人間【ベッシード】。
同じく人間族の小国【エンメ国】から、魔法使いの人間【メランダ】。
火の妖精【エルモン】が暮らす町【バーファ】から、赤緑色の髪がトレードマークの小人【ドギン】。
そしてアーシェが一番怪しいと考えている、妖精〔エルフ〕の町からやって来た者。
妖艶なオーラを身に纏った、無表情の【レッダロン】。
以上、ピックアップ終わり。
ふむふむと聞き入る、ヒィ。
ここでも尚アーシェは、サフィの反応を確認するが。
ピクリともしない。
そこでアーシェは、ヒィに尋ねる。
「どうだろう?あなたの意見を聞きたい。」
「そうですね。うーん……。」
精一杯考えるヒィ。
イヌ族乗っ取りが本命なら、出場者は実力で勝ち取れば良い話。
ピックアップされた中に、謀略頼みの実力しか備えていない者が混じっているとは考えにくい。
ならば、立会人か?
確かに一癖も二癖も有る、曲者揃いだが。
サフィが反応しないのは、何故だ?
こいつの思考をトレースすると……。
あれこれ考えた挙句、ヒィが辿り着いた答えは。
それをボソッと、サフィに耳打ちすると。
ニンマリとした顔で、『流石ね!』と。
ヒィの背中を思い切り叩く。
どうやら図星だった様だ。
辺りに聞こえない程の囁きで、その内容をアーシェにも伝える。
一瞬ギョッとした顔になるも、直ぐに元に戻る。
信じられない!
サフィの思考も、ヒィの洞察力も。
どう考えたら、そこへ辿り着くのか!
〔黒幕の正体〕と〔その目的〕を、今こそ2人に明かすサフィ。
それを聞いて、何と無く納得するも。
気持ちが何かモヤモヤする2人。
サフィは、『ピックアップされた人物の監視は止めない』と言う。
それが正に〔餌〕なのだ、と。
その点は同意し頷く、アーシェとヒィ。
これからの活動を、ちょこちょこ打ち合わせした後。
3人は散会した。
さて。
これからいよいよ、武闘会が開会する訳だが。
何が起こるのか?
そしてヒィ達は、それを阻止する事が出来るのか?