極秘特訓!
「済まねえ!兄貴!」
ゴーラキャンプ地に戻って来るなり、ジーノにそう謝られるヒィ。
『分かってる』と、ヒィが優しく声を掛けてやると。
ジーノは涙ぐんで、『ううっ』と嗚咽を漏らす。
ヒィにサフィの件を隠していた事へ、相当後ろめたさを感じていた様だ。
サフィは、こっちへは戻って来ない。
問題が解決するまで。
サフィが他の参加者の立会人となった事は、ゴーラの人達には伏せられた。
ハチロクにさえも。
ただ、『祭に浮かれて、我を忘れ遊び回っている』とだけ。
真相はイヌ族の未来を左右する根幹に係わるので、そう誤魔化すしか無かった。
サフィに懐いていた女の子達は、大層残念がる。
ハチロクは、ラモーの言動に何かを感じ取ったみたいだが。
武闘会当日を迎えるまで、不安が有ったヒィ。
その時になるまで、どう行動しようか或る程度決めておかないと。
ヒィはその日、ずっと思案していた。
次の日は、前夜祭当日。
テトロンの町は盛り上がり、町中の出店が賑わう。
イベント会場が各地に設けられ、色々と開催された。
歌合戦、ダンス大会。
早食い競争、オークション。
祭なので、何でも有り。
応援団も、この時ばかりは羽目を外し。
皆、ハイテンションで浮かれていた。
キャンプ地は、交代で見張りが立てられ。
不審な人物が入り込んで盗み等を行わない様、監視が強化された。
ハチロクは応援団長、率先して祭りを盛り上げたい所だが。
ゴーラキャンプ地の責任者でも有ったので、ここは我慢。
武闘会当日にはキャンプ地を畳み、総出でラモーの応援に掛かる事となるので。
その準備にも余念が無かった。
ジーノはヒィの頼みで、ハチロクの手伝いをしている。
その真意は、サフィの件に付いて悟られるのを防ぐ事。
不用意に、ゴーラの人々を巻き込みたく無かったから。
そんなヒィの優しさを知っていたので、ジーノは快く引き受けた。
唯一残念だったのは、〔特訓〕に立ち会えなかった事。
「ではヒィ殿、宜しくお願い致す。」
「こちらこそ。では、参ります!」
〔テトロンの足〕から遠く離れた、森林地帯で。
ラモーはヒィを練習相手に、最後の仕上げをしようとしていた。
獣人以上に機動力のあるヒィを相手に、剣捌きの確認等を行う。
ヒィもあの、ブースト機能を備えた黄色い炎のコントロールを。
ラモー相手に、鍛え上げようとしていた。
鬱蒼と茂る木々は、混戦模様の獣人の群衆に見立てられ。
それ等を避けながら、素早く動き。
対戦相手に攻撃する、その動作を身に染み込ませるのに打って付け。
木と木の間隔は、2メートルも無い。
しかも並びは不規則なので、ラモーもヒィも初めはきつかったが。
徐々に慣れて行くと、どんどんアイデアを試して行く。
屈強な獣人を相手に、真剣勝負。
自然とヒィの、ブーストコントロールの性能が高まって行く。
一方的に押していたラモーだったが、次第に押され出す。
ヒィが一歩リードした所で、お昼の休憩。
女性陣が作ってくれたお弁当を食べながら、ヒィとラモーは語らう。
明日の事に付いて。
「武闘会が、無事終了出来れば良いが……。」
「俺も、全力を尽くしますよ。水を差す様な輩は許せませんから。」
「これは心強い。感謝致す。」
「いえいえ。」
「それにしてもヒィ殿、上達が早いですな。天賦の才、真に素晴らしい。」
「褒め過ぎですよ。」
照れるヒィだが。
ラモーの目は真剣だった。
珍しく、ボヤく。
「そなたが獣人で有れば。獣人の歴史にその名を刻む、凄腕の戦士となったであろうに。それこそ、長に相応しい……。」
「それは言いっこ無しですよ。人間だろうと獣人だろうと、関係有りませんから。」
「……そうだな。また、そなたから教わった様だ。」
つくづく感心するラモー。
ヒィにしてみれば、当たり前の事を言ったまでだが。
ヒィは誰に対しても優劣無く、対等に接する。
優しく、柔らかく。
珍しく投げやりな態度を取らざるを得ない、サフィが特別なのだ。
何かにつけて、ヒィに絡んで来ては。
変な事に巻き込んで行く。
今回もそうだ。
アーシェさんも多分思った様に、何かあいつにも考えが有るんだろうが。
行動は分かり易いが、本心は絶対に見せない。
でも、これだけは分かる。
あいつも、見かけ等で人を差別しない。
誰に対しても、同じ態度を取る。
あいつなりの平等主義らしい。
まあ、『あたし以上の美少女なんて居ない、だから外見に拘るなんて無意味なだけ』と。
考えているに過ぎないのかも知れないが。
それでも、その歪な公平さに救われている者も居る。
きっと、きっと。
ユキマリとサフィのやり取りを思い出しながら、そう考えるヒィだった。
少し食後の休憩を取った後、ヒィとラモーは特訓再開。
休憩中、ラモーはヒィに尋ねた。
例の、黄色い炎の事を。
午前中で既に、或る程度自由に出せる様になっていたので。
ラモーは太刀筋が読めなくなっていた。
だから『仮想獣人として、剣を動かす事は出来るのか』。
『だとしたら、是非とも再現して欲しい剣捌きが有るのだ』と。
それは、ラモー最大のライバルであるらしい。
ヒィは火の精霊に尋ねてみる。
帰って来た答えは、『今の君なら可能だよ』との事。
『ならば』とラモーは、事細かにヒィへその特徴を伝える。
ヒィは真剣に耳を傾ける。
何とか役に立ちたい、その一心で。
その必死さは、火の精霊にも伝わっていた。
彼がそう望むなら、ボクも応えよう。
こうして、ヒィと〔不殺の剣〕は一心同体と成り。
ラモーの前に、ライバルのコピーとして。
立ちはだかるのだった。
ライバル攻略は、困難を極めた。
流石ラモーが注目するだけあって、その強さは尋常では無い。
しかし、勝機は有る。
ヒィも火の精霊も、挙動を体現する事によって。
それに気付いていた。
口で説明するのは簡単だが、身体で理解して貰わないと意味が無い。
だからラモーがそれに気付くまで、ヒィは黙っていた。
そして、再開してから数時間。
或る瞬間に、ヒィの剣が弾き飛ばされ。
胴体にラモーの攻撃が届く。
加減などしている余裕は無かったので、ヒィは思い切り吹っ飛ばされた。
吹っ飛ぶ最中に、何本か木の幹をへし折り。
漸く止まった所で、動けない程の怪我を負った事に気付くヒィ。
『大丈夫か!』と駆け寄るラモー。
ヒィはただ、にっこり笑うだけ。
ラモーに心配を掛けまいとして。
それでもオロオロするラモー。
ヒィは段々、意識が遠のき始める。
ああ、この怪我じゃあ駄目だ。
立会人の務めが果たせない。
何よりも、乗っ取りを阻止するなんて……。
悔しさが込み上げるヒィ。
2人には、回復の手段など持ち合わせていない。
テトロンまで運ばないと、治せそうにない。
こんなボロボロの姿を、町の人達に晒すなんて出来ない。
ゴーラの人達が、怪しい目で勘繰られてしまう。
どうすれば……!
考えても、何も思い付かない2人。
そこへ。
「なーにやってんの。情けない顔して。」
「……サフィ?」
弱々しい声で、ヒィが問い掛ける。
サフィの元へ駆け寄り、直して貰う様頼もうとするラモー。
しかしサフィは左手のひらを前に突き出し、静止する。
そして辺りに、チラッチラッと目線を送る。
そこで漸く気付くラモー。
誰かが見ているかも知れない。
その可能性は、排除出来ないが。
特段夢中になって、周りの気配を見失っていた訳でも無い。
特訓は極秘、ラモーの必殺技も通用するか試していたのだ。
誰かに探られては、元も子もない。
それでもサフィは、手を貸す気は無いらしい。
『ポイッ』と、持っていたヒィの剣を放り投げ。
ラモーが慌ててそれを受け取る。
あくまで、偶然通りかかっただけ。
良いわね?
そう言った目付きでラモーを見るサフィ。
黙って頷くラモー。
その後サフィは一言だけボソッと吐いて、この場を去る。
『油断するな』と忠告するかの様に。
「あんたに退場して貰うと困るのよ。剣に、何とかして貰いなさい。」
本当に剣に何とかして貰った2人は、ライバルの弱点を確認し合う。
もうこれで十分だろう。
それに、ヒィが下手に動けなくなっては。
それこそ、不味い事となる。
特訓はここで終わり。
まだラモーには、試したい事が山ほど有ったが。
ヒィがかなり消耗している。
『無理をさせてしまったな』と、ラモーは反省すると共に。
『そこまでして付き合ってくれた彼の男気に応える様、精一杯戦おう』と。
心の中で誓うのだった。
こうしてキャンプ地まで戻った2人。
辺りはすっかり暗くなり、前夜祭はヒートアップ。
町は夜通し、明るく光って。
賑やかさが途切れる事は無かった。