イヌ族の長(おさ)、引退撤回かも?
『イヌ族の長が、引退を取り消す』などと。
途方も無い事を言い出したのは……。
運営長のミーリが答える。
「そなた、その鎧は……カッシード公国の者か?」
「如何にも。隣に座るテトロン代表、【マーキー】殿の立会人を相務める者。」
「その様な者が何故、そんな質問を……。」
ミーリが聞き返す相手は。
『報告に戻る』と故郷へ旅立った筈の、アーシェだった。
隣りのマーキーは、先程から一身に視線を浴びている人物。
耳と鼻、それに尻尾から。
〔柴犬〕らしく思える、温和そうな中イヌ系。
恐縮するマーキーを隣に置いたまま、アーシェは答える。
「私がこの役を仰せ付かったのは、つい先日。長殿と国王との会談で決定された事なのだが。実は……。」
そしてアーシェは、この場に居る全員に向けて言い放つ。
「誰かが、この武闘会を仕組んだらしいのだ。【イヌ族を乗っ取る】為に。」
「何だと!それは真か!」
驚きを隠せない、運営側。
アーシェは続ける。
「長殿には、何やら呪いが掛けられているらしい。それで体調を崩し、長の座を降りざるを得ない状況に追い込まれたとの事だ。」
「それが事実なら、何と不届きな!」
「どうされる、運営長!」
「そうさなあ……何にしても、前代未聞の事だからな。」
運営側3人が、話し合っている。
暫く揉めそうだ。
出席者側からも、困惑の声が。
「おいおい、冗談だろ!」
「しかし、確かに。長殿は最近までピンピンしていたのに、急な話だとは……。」
「開催は中止か?中止になるのか?」
「折角ここまで来たんだぞ!それに!お祭り気分で盛り上がっている町の連中は、どうするんだ!」
何年かに一度の、ビッグイベント。
そう簡単に、中止には出来ない。
それは誰もが分かっている。
変な質問を投げ掛けた、アーシェ自身さえも。
だから、問う。
その真意を。
ここから、ミーリとアーシェの問答が続く。
「この場で敢えて打ち明けたのには、訳が有るのだな?」
「御意。『この中に、裏切者が居る』との情報を受けたのだ。【或る御仁】からな。」
「う、裏切者とやらは何方だ?参加者か?立会人か?まさか……運営側か!」
「そこまで詳しくは、聞かされていない。ただ一言、『開催すれば分かる』と。」
「なるほど、これは牽制なのだな?裏切者に対しての。」
「その通り。怪しい動きをすれば、容赦しない。その宣言なのだ。」
「……相分かった。どの道、中止には出来んからな。予定通り、開催するしかあるまい。」
ミーリはそう告げると、再び話し合い。
今度はキュールも含めて、4人で。
お互い、疑心暗鬼になるのは。
運営上、宜しく無いのだが。
致し方あるまい。
お偉方は横に整列し直し、この場の出席者全員に。
以下の様に申し渡す。
対象には、アンビー達案内係も含まれていた。
「この事は、他言無用!町に混乱を齎すやも知れん!そうなれば武闘会は、即刻中止となるであろう!皆の者、確とそう心得よ!」
「大変な事になったな。」
ラモーがヒィにボソッと言う。
『そうですね』と返すしか無いヒィ。
参加者及び立会人は直ぐに、キャンプ地へと帰って行った。
残っているのは、ラモー・ビキュア・マーキーと。
その立会人を務める3人。
ヒィがアーシェに尋ねる。
「あなたが言っていた〔或る御仁〕って、ズバリ【サフィ】ですね?」
「流石、私の見込んだ男。そうなのだ。」
これで、合点が行った。
屋敷に住み始めてから、あちこちうろつき回っていたのも。
無理やり、何処かの立会人として潜り込んだのも。
知ってるな?
誰が、該当者かも。
わざと伏せて、状況を楽しんでるんじゃないだろうな?
そこまで怪しむヒィ。
いつの間にか、サフィの顔をジッと見ていたらしい。
サフィが、『あらやだ、こんな所で熱視線なんて』と。
身体をくねらせて、気持ち悪い態度を見せている。
ここからは、6人輪になって。
ひそひそ話。
『おいサフィ、さっさと誰なのか教えろよ。』
『この場に居ないのは確かよ。』
『それじゃあ答えになって無いだろ。』
『なってるわよ。ここに居る連中は信用出来る、それで十分でしょ。』
『私もサフィ殿と同意見だ。信頼に足る者が居るだけでも、動き易いと言う物。』
『アーシェさん!余りこいつを付け上がらせる様な事は、極力言わない方が……。』
『褒めて!もっとあたしを褒めて!』
ヒィとサフィ、アーシェが喋る一方で。
参加者3人は、やはり複雑。
何せこのまま勝ち残っても、長に成れないかも知れないのだ。
それを応援団に伏せたまま、戦いに臨むのは心苦しい。
しかしイヌ族乗っ取りが本当なら、そんな事は些末な事象に過ぎない。
マーキーがボソッと漏らす。
『サフィ殿に呪いの解除を願い出たのだが、〔それでは詰まらない〕と断られてな……。』
『こちらも〔ほらっほらっ〕と、これ見よがしに魔法を見せつけられて。強引に立会人へと……。』
ビキュアも同調する。
ああ、彼等も振り回されているのだな。
つくづくそう思う、ラモー。
彼等の声が聞こえたらしく、ヒィが必死に『済みません!済みません!』と謝って来る。
『いやいや、こちらこそ』と丁寧に返され、益々ペコペコし出すヒィ。
『何腰低くしてんのよー、あたしがまるで悪者じゃない』と、プンスカ怒るサフィ。
その間に入って、『まあまあ』と宥めるアーシェ。
どちらにせよ、武闘会本番では波乱が起きそうだ。
ふと思い出した様に、ヒィがサフィへ言う。
『お前、荷物はどうするんだ?ゴーラキャンプ地に置いて行くのか?』
『何言ってんのよ。とっくに運んだわよ、ジーノを使ってね。堅ーく口止めしといたけど。』
『うわぁ……。』
そう漏らし、可哀想な子を見る様な目付きになるヒィ。
その冷めた視線は納得が行かないらしい、漸く収まっていたプンスカがまた始まるサフィ。
一方、『どうしたものか』と考えながらも。
出場する以上、手は抜くまい。
お互い、頑張ろうぞ。
参加者3人は堅く、そう誓い合った。
アーシェは、打ち合わせの場に問いを投げ掛けてから。
辺りの挙動を逐一、観察していた。
心当たりの有る者が、動揺する隙を見せているのかどうかを。
そこで何人か、気になる素振りの者達が居た。
一応ヒィ達に、誰かを教えておく。
サフィは黙って聞いているだけで、頷きも反抗もしない。
ノーリアクション。
彼女の反応で、更に絞り込みを図ろうとしていたアーシェは。
肩透かしを食らう。
しかし、『ここで反応を示す位なら、そもそも実名で指定して来る筈』と思い直す。
と同時に。
彼女にも、武闘会を中止されると困る訳でも有るのだろう。
そう考えた。
だからここは大人しく、引き下がる事にした。
そしてこの場で、6人は解散。
2人ずつペアとなって、それぞれの本拠地へと戻って行く。
しかし、それを木陰からじっと見ている者が居た。
奴に気付いていたのは、サフィと……。