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我、対話に成功せり

「『信じなさい』って言われてもなあ。」


 剣に宿っているとサフィが指摘する、火の精霊。

 存在は確認しているが、まだ真面まともな意思疎通をした事が無い。

 応援団長と、ラモーの推挙した立会人が。

 何かおっぱじめるらしい。

 噂はゴーラ一行内を駆け巡り、ハチロク所有のテント前には人が殺到。

 戦いの様子を一目見ようと、あっと言う間に人の輪が出来た。

 テントとテントの間には、荷車等が通れる様に十分なスペースが確保されている。

 特に、団長の泊まるテントの周りは。

 大体直径20メートルと言った所か。

 熱気ムンムンな観衆によって、円形に空けられた戦いの場が出来上がる。

『頑張れー!』と、子供達の声も聞こえて来る。

 何方どちらを応援するか、予想は付いていたが。

 圧倒的に、ハチロク側が占める。

 緊張感が増して来る、ヒィ。

『ふんっ!』と鼻息の荒いハチロク。

 両者の態度を見ても、既に雌雄が決している感がある。

 それでも、ラモーと共に見守るサフィとジーノは。

 ヒィに声援を送る。

 ヒィは思わず、ハチロクに背を向け。

 しゃがみ込むと、抜いた剣をジッと見つめる。

 そして、ポツリと。


「せめて、火の精霊の声が聞こえればなあ。」




 呼んだ?




「うわっ!」


 思わず大声を出し、剣を放り投げそうになるヒィ。

 しかし確かに剣の方から、10才位の少年らしき声が聞こえた。

 念の為、剣に話し掛けてみるヒィ。


「き、君が火の精霊かい?」


 そうだよ。

 もっとも、君の頭の中に直接話し掛けてるから。

 周りの人達には聞こえないけどね。


「あいつの言った事は、本当だったのか……。」


 あいつ?

 ああ、彼女の事だね。

 余り、怒らないであげて欲しい。

 彼女には彼女の都合が有るんだ。

 こうして君と話せる様になったのも、彼女の助力の賜物だしね。


「え?そんな事、何時の間に?」


 連れのドワーフ君も言っていたろう?

 あの女剣士さんと戦った時さ。

 おっと、これ以上は時間が無い様だね。

 手短に話すよ。

 君はこの剣をまだ、使いこなしていない。

 相手には悪いけど、練習台になって貰おう。

 君の成長の為にね。

 君が問い掛けた時に、ボクと意識がリンクされたんだ。

 だからボクを信じて、剣を振るって欲しい。

 何が起きても、狼狽うろたえず。

『当たり前の行為だ』と言う意識を、常に持つ事。

 分かったね?


「あ、ああ。分かったよ。」


 じゃあ、始めるとしよう。

 向こうさんも、お待ちかねらしいしね。

 さあ、剣を構えて!




 火の精霊との会話が、一先ひとまず終わり。

 スッと立ち上がると、ハチロクへ剣先を向け構えるヒィ。

 観客には『ただブツブツと独り言を言っている、気持ち悪い人間』と映っただろう。

 しかし、ハチロクは感じ取っていた。

 さっきまで取っていたオドオドした態度から、雰囲気が一気に変わった事を。

 確信めいた決意が、そこには有る。

 気の抜けない相手の様だ。

 ならば、俺も相応の技を以て応えよう。

 ギラリと目を光らせるハチロク。

 彼も右手に剣を構えるが、武器は片手長剣。

 刃先までの長さ2メートル程、幅10センチ程に見える。

 ブン回しタイプで、攻撃特化の様だ。

 それをカバーするかの如く。

 左手には、半径が肘から手首まで程の円形盾。

 特殊な生き物の皮で出来ていて、うろこが表面にびっしりと並んでいる。

 軽くて丈夫、一目で分かる。

 剣を振るった時に生じる隙を埋める為の、最善手なのだろう。

 ハチロクも剣先をヒィへと向け、身体の右側をやや前にした半身の構え。

 後ろ手に持つ盾は、おもて面をヒィの方へ向け。

 身体を隠す様にしている。

 お互い、ジッと睨み合う。

 徐々に緊張感が、場を支配して行く。

 固唾かたずを呑んで見守る観衆。

 ドキドキワクワクしているジーノ。

『さっさと片付けなさーい!』と。

 右手拳を上に付き上げながら、ヒィに声援を送り続けるサフィ。

 ジーノとサフィの間に、挟まれた形で立っているラモーが。

 審判の様に右手を高く上げ。

 振り下ろすと同時に、叫ぶ。




「始めっ!」




「おうらぁっ!」


 先手必勝とばかりに、剣先を槍の様に突き出すハチロク。

 それをヒィは『カシィンッ!』と刃先で受け流すと、そのまま剣を左後方へ横に振り被り。

 握り手を中心に円を描く様な軌道で、剣先がシュッと進んで行く。

 その滑らかさ故に、最速でハチロクの胴体へと届く。

 それを読んでいたのか、容易く盾で回避。

 と同時に盾でヒィの剣を押し出し、突き飛ばそうとする。

 ヒィは、咄嗟のバックステップで回避。

 そこへハチロクの追撃が。

 突き出したまま強引に、剣を左へと振るう。

 後方へ下がる時に、振り上げた剣を。

 ヒィが鋭く下ろそうとする、その時。

【それ】は発動した。




 ボッ!




 剣先が軽く感じるヒィ。

 そのままの勢いで、ハチロクの盾に刃先をブチ当てると。

 ゴリッ!

 思い切り密着させ、一気に擦り上げる。

 ゴウッ!

 刃先と盾の表面との間から、真っ赤な炎が立ち上り。

『ジュッ!』と言う音と共に、鱗ごと盾を切断。

 不味いっ!

 咄嗟の機転で、盾を離すハチロク。

 しかしヒィは又、振り上げた形を取っている。

 剣を再び振り下ろす。

 ボシュッ!

 今度は明確に、何かの爆発音がした。

 剣の速度が急に上がり。

 ハチロクが剣で防ごうとするも、間に合わず。

 左鎖骨から胸辺りで、受けざるを得なくなった。

 それでも獣人は、人より筋肉や皮膚が丈夫。

 人間の打撃程度では、中々ダメージは通らない。

 このまま、弾き飛ばすっ!

 グッと筋肉に力を入れ、毛並みを逆立て。

 足を踏ん張って、ヒィを剣諸共もろとも押し出そうとする。

 その時、『ニヤリ』と薄ら笑いを浮かべたサフィの顔を。

 ラモーは見逃さなかった。

 掛かったわね、素直に引いていれば良いものを。

 ラモーにはサフィの感情が、そう読み取れた。

 まさか!

 チラッと視線を逸らしていた間に。

 決着は付いていた。

 勢い良く吹っ飛んだのは、ハチロクの方。

 それも、数メートルは離れていた群集を突き抜け森の奥へ。

 ドッススズズーーーーーンッ!

 避ける間も無く、巻き込まれる者多数。

 そしてハチロクの吹っ飛んだ方向へは、ヒィが擦り上げた時に生じた火炎の斬撃が。

 見事に森を突き破っていた。

 結果として辺りは、大惨事と化した。

 うめき声を上げる者、狼狽えてばかりの者。

 余りの光景に、子供達は泣き出す始末。

 当然ヒィは『やり過ぎてしまった』と思い、ガクッと肩を落とす。

 ここまでするつもりは無かったのに。

 何処まで吹っ飛んだのか見当も付かないハチロクを。

 剣を抱え、拝みながら心配する。

 そこへ火の精霊がヒィに、話し掛けて来る。




 しょうが無いよ、向こうが舐めてたのさ。

『たかが人間』ってね。

 そうは見えなかったって?

 本能の部分で、そう感じてたんだよ。

 獣のさがって言えるかもね。

 君は『やり過ぎた』と思ってるかも知れないけど、こんなの序の口さ。

 本気になれば、もっと凄い事が出来る。

 ただ、君は優しいから。

 無意識に手を抜いてるんだろうね。

 まあ、そこが気に入ってるんだけど。

 あ、そうそう。

 目の前で繰り広げられてる、酷い有様はねえ。

 〔彼女〕が居るからこそ、わざとやった物なんだ。

『人間風情が』と君が舐められたままじゃあ、ボクとしてもたまったもんじゃあ無いからねぇ。

 逆に言うと君は、彼女が居れば多少の無茶も出来る。

 そこの所をしっかと、肝に銘じておくんだね。

 おっと、そろそろ始める様だよ。

 彼女が、この場の回復を。

 良ーく見てなよ。

 君達が『アホの子』呼ばわりする少女の、凄さの一端を。

 じゃあ取り敢えず、ボクの出番はここまでって事で。

 何時でも話し掛けてね、歓迎するよ。

 ボクは君と話すのを、ずっと楽しみにしてたんだから。

 ではではー。




 会話が終わって、ハッと気付くヒィ。

 一瞬の間だったらしい。

 会話の前後で、状態は変わっていない。

 しかし、ヒィの方に目線を向ける者が。

 サフィ。

 彼女はおもむろに、右ポケットからあの小さな棒を摘まみ出すと。

 ポイと軽く上へ放り投げる。

 すると。

『ボンッ!』と言う音と共に、棒は大きくなり。

 前に〔神器〕と称して持ち歩いていた、あの棒へと変化へんげした。

 スチャッとその真ん中を掴み、天高く先を突き上げると。

 大声で叫びながら、ハチロクの吹っ飛んだ先の方へ。

 振り下ろす。




「ヒーリング・スプラーーーーーーーーッシュッ!」




 すると、泡で形成された斬撃が。

『ビュッ!』と飛び出し、ハチロクの方へと飛んで行く。

 燃え盛る森の木々、巻き込まれ傷付いた者達。

 それ等を全て、ブクブクと泡状の液体が包み込むと。

『ゴポッ!』と言う音を立てて、一気に掻き消える。

 綺麗に晴れた後に見える、光景を見て。

 一同が、唖然とする。

 地面に転がっていた、ぶった切られた筈のハチロクの盾が。

 傷1つ無く、元通りに。

 ハチロクが吹っ飛んだ時に巻き込まれた観客も、完全回復。

 寧ろ巻き込まれる前より、体調が良い。

 森全体へ広がろうとしていた業火も、あっさりと鎮火。

 炭と化した筈の木々も、何事も無くそこに生えている。

 そして極め付けは、森の奥から聞こえて来るハチロクの声。

 元気そうに、『そちらは大丈夫かーっ!』と叫んでいる。

 結果として。

 ヒィの斬撃による、辺り一帯のダメージはゼロ。

 しかし、『ヒィがハチロクを圧倒して勝った』と言う事実は残り。

 ゴーラの人々の中からは、ドッと歓声が沸き上がる。

 あ、謝らないと!

 剣を背中に仕舞い、盾を拾って。

 ハチロクを迎えに走り出すヒィ。

 その穏やかな表情を見て、複雑な気分になりながらも。

 後を付いて行く、子供達数人。

 すっげー!すっげー!

 ピョンピョン子供の様に跳ねながら、『ここまで来た甲斐が有った』と喜ぶジーノ。

『エヘン』と自慢気な顔になった後、棒を再び放り投げるサフィ。

 シュルルルーッ、スポン!

 また小さな棒へと変わり、『ポンッ』とサフィの右手のひらへ落ちる。

 それを右ポケットに仕舞い込むサフィ。

 興奮が収まらないのか、サフィの両肩をガシッと掴み。

 グラグラとサフィの体を揺らしながら、ラモーが言う。


「凄い!凄いではないか!彼も!そなたも!」


「まあねぇ。あたしは女神だから、当然として……。」


 そこまで行って、サフィは黙る。

 尚もサフィの体を揺らし続けるラモーの、成すがままになりながらも。

 サフィは思う。

 良かったわね、思いが通じて。

 でもここからよ。

 しっかりとあたしの為に、働いて貰うんだから。

 ヒィと火の精霊、何方が対象なのかは分からないが。

 こき使う気満々の、サフィだった。

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