〔ズレ〕と〔同期〕
何とか薄暗くなる前に、宿へと着いたのだが。
そこは、簡易宿場では無く。
【カーモ】と言う名の、立派な村だった。
何でも、清めの池及び滝周辺の管理を任されてるとか。
暮らしているのは、イヌ系獣人の中でも。
人間にとても近い姿。
ユキマリからの受け売りで表現するなら、【微イヌ系】と言った所か。
イヌの様な耳がピョコンと頭の上に付いているが、人間の耳も有り。
フサフサした尻尾以外は、全く人間と変わらない。
そしてややこしい事に、普通の人間も住民の半分位を占めている。
人口は数百辺り。
清らかな水が、池から村へと流れて来るので。
ここで入る風呂は、禊の力を持続する効果が有るらしい。
風呂の水も分けて貰えるので、それを道中体に振り掛ければ。
効果継続期間が伸びるのだとか。
だから池で禊を済ませても、無事にテトロンへと到着出来るのだ。
効果が切れては、何の意味も無いからねえ。
普通の人間である、宿の主人は。
効果持続に付いて、そう説明してくれた。
有り難く食事を頂戴し、風呂に入った後。
ジーノとヒィ、サフィとユキマリの。
2部屋に分かれて、寝床に付く4人。
その内、ユキマリを除く3人には。
驚きの朝が待っていた。
次の日の朝。
宿の食堂へ、朝食を取りに降りて来る宿泊客。
その中に、ヒィ達の姿も有った。
同じ席で4人固まり、モグモグと食べている。
そこでポツリと、ユキマリが言った言葉に。
ヒィとジーノは驚く。
「いよいよ明後日が、前夜祭かあ。楽しみだったんだよねー。」
「「えっ!」」
「何、驚いてんの。明後日よ、明後日。寝ぼけてるの?」
「いや!いやいやいや!」
そんな筈が無い!
思わず椅子からガタッと立ち上がり、大声を上げるヒィ。
周りの目線が突き刺さるが、これは言わないと気が済まない。
「俺達が出発したのは確か、受け付け開始の3日程前で……!」
「そうだよ!兄貴の言う通りだ!オラ達は旅に出てからまだ2日位しか……!」
テーブルを『ドンッ!』と叩いて、ジーノも続く。
対してサフィは一瞬、『あ!』とした顔になったが。
直ぐにパクパクと、食事に戻る。
ユキマリはヒィに、突っ掛かる様な口調で言う。
「何よ!私が嘘を付いてるって言うの!だったら周りに聞いて見なさいよ!」
ギャラリーからは、『そうだそうだ、姉ちゃんの言う通りだ』と援護射撃が。
状況は明らかに、ユキマリ優勢。
と言う事は、本当なのだろう。
だとすると、心当たりは1つしか……。
ヒィはユキマリに、素直に『ごめん!』と謝ると。
スタッと着席。
『え、ええ、分かれば良いのよ』と思わず返すユキマリ。
すんなりと謝られて、戸惑っているらしい。
ヒィの様子に、『前夜祭が明後日なのは事実だ』と感じるジーノも。
それ以上は追及せず、黙々と食べ出す。
ヒィはサフィに向かって言う。
「食べ終わったら、ちゃんと説明しろよ?原因はどうせ『あれ』だろ、お前。」
「分ーかってるって。しっしっ。」
食事中に、話し掛けないで。
そう言う素振りのサフィ。
食堂でのいざこざは、ここで終わった。
宿の主人に、後金をマールで支払い。
礼を言って、4人はカーモを後にする。
ここから先は、片側1車線のB級街道。
通行量も、それなりに多くなる。
それだけ、テトロンが近付いているとも言え。
身の引き締まる思いのヒィ達。
では有るが、食堂の話の続き。
前を歩くサフィに、ヒィが歩きながら声を掛ける。
「どうなってるんだ!日にちがズレてるぞ!」
薄々、理由は察しているが。
サフィの口から、はっきりと聞きたかった。
それに応える様に、サフィが後ろの方へ言葉を投げる。
「あんたの思ってる通り、【クリスタル】の中に見えた黒もやのせいよ。」
「クリスタル?あれって水晶だったのか?」
ジーノが疑問を挟む。
鉱石採掘は、ドワーフの専売特許。
鉱石自身に付いても、かなりの知識を持っている。
それなのに、一目見ただけで水晶だと考えなかったのは。
余りに大きかったから。
しかも黒もやを払った後に、ニョキッと突然伸びたのだ。
鉱石は、そんな成長の仕方はしない。
ゆっくり、時間を掛ける物。
だから、『鉱石では無い、特殊な何かだ』と思ったのだ。
それが、サフィの発言では〔クリスタル=水晶〕との事。
頭を左右に傾けて、『むーん……』と悩むジーノ。
サフィが話を続ける。
「言ったでしょ?『あれが邪魔してる』って。ゲートへ入れなくしていただけじゃ無いのよ。」
「そういや。『転送』って言葉、使ってたよな。」
ヒィが聞き返す。
潜り抜けるだけなら、『通過』と表現する所だ。
サフィが言う。
「鋭い所を付くわね。神経質なの?」
「はっきりさせたいだけだ。訳の分からないまま振り回されるのは、なるべく避けたいんでね。」
全然避けられていない様だけど?
話に口を挟まず、横でジッと聞いているユキマリは。
そんな風に思ったが。
サフィが続ける。
「ゲートは扉。ただの〔入り口←→出口〕。でもヘヴンズは、〔転移装置〕の役目を果たしてる。各ゲート間の時を調節し、同期させる為の物なのよ。」
「つまり……どう言う事?」
難しい言葉を並べられて、頭の中が掻き回されそうなジーノ。
『ふぅ』と一息吐いて、サフィが表現を変える。
「入り口からヘヴンズを通って、出口に出る。そこまでは良いわよね?」
「う、うん。」
頷くジーノ。
サフィがジーノを相手に、説明を続ける。
ジーノが分かれば、誰でも分かる。
そう思っての事だ。
「でも入り口と出口で、時間が違ってたら困るでしょ?」
「今回みたいに?」
「そう。だから全く同じに、時を揃えるのよ。あのクリスタルで。」
「へえ。あれって、相当凄いんだー。」
「お陰で時間をロスする事無く、移動出来るって訳。分かった?」
「おう!大体な。」
そう返事すると、ジーノは前を向いて荷運びに集中する。
すれ違う馬車の馬や、荷運び用の牛が。
荷物を舐めない様に。
荷物の中には、そいつ等の気を引く物が有るらしい。
やたらと荷物を見つめて来る。
どうせ、サフィの私物のせいだろうな……。
ジーノはそう思っていた。
そんな健気な彼の代わりに、ヒィが相槌を打つ。
「つまり、『あの黒もやが機能を阻害していた』と?」
「そっ。あんたが払ってくれたから、元に戻ったけど。その間若干、狂いが生じていたみたいね。」
「だから通り抜ける際に10日位、時が飛ばされたって訳か。」
「理解が早くて助かるわ。」
「そりゃまあ、合理的な説明だったし。『ファンタジーだからなのよ』より、よっぽど説得力が有るからな。」
「ふぁんた……じー?」
聞き慣れない単語に、ユキマリが疑問形。
ヒィが、『それで何でも済まそうとする、そいつの口癖さ』と話すと。
『ふうん』と流す。
サフィとヒィとのやり取りで。
2人の関係性に興味が湧いたらしい。
サフィと並んで、先頭を歩いていたユキマリは。
後ろまで下がり、『ねえねえ、聞かせてよ』とヒィに迫る。
少々困った顔になりながらも、これまでの事に付いて話してやるヒィ。
根は優しい少年なのだ、押し引きの上手い態度には弱い。
それを『フンフン』と聞いているユキマリ。
黙々と歩き続けるジーノ。
『余計な事を言わないでしょうね』と、お姫様キャラが崩れるのを内心心配するサフィ。
そして数時間程、経過すると。
街道の前の方が、騒がしくなって来る。
『武闘会の会場であるテトロンは、もう直ぐだ』と言う合図。
出店や応援合戦らしき声。
『やはり、お祭りに近いんだなあ』と。
一行に思わせる、華々しさだった。