少女は図々しい態度で、少年を振り回す
《今日からここで暮らすから。こいつと。》
その言葉にギョッとするヒィ。
『ニタリ』と、不敵な笑みを浮かべる少女。
ヒィの右腕へ、自身の両腕を絡ませて来る。
いきなりな展開に困惑し、強引に振り解こうとするヒィだったが。
少女はグリッと、大きく膨らんだ胸をあてがいながら。
『ほーれほれほれ』と、意地でもしがみ付く。
「何照れてんのよー、これ位でー。」
「そんなんじゃ無い! 図々しいにも程が有るだろ! 礼節を弁えろ!」
「どう言う意味よー。」
棒読み気味の、その答え方は。
この事態が、少女にとって既定路線で有るかの様。
ヒィが『これでもか!』と、ブンブン振り回すも。
どうやっても腕組みを解かさせない少女。
流石にここまで抵抗されるのは、少女も予想外だったのだろう。
『こんな美少女に抱き付かれて、嫌がる筈が無い』、そう思い込んでいたらしいから。
『このっ! このっ!』と、お互い言い合う2人。
変なやり取りに呆然としていた、ロイエンスが。
はたと気付き、ヒィへ加勢する。
「みんな! この怪しい女を引っぺがせ!」
「「「「お、おーーーっ!」」」」
野郎共は慌てて、少女の腕をガシッと掴み。
強引に2人を引き離す。
『何すんのよ、もーーうっ!』と、抵抗する少女だったが。
待ち受ける為に自分で置いた椅子へと、縄で縛り付けられた。
そこまでされて、漸く大人しくなる少女。
しかし、薄ら笑みを浮かべている事に。
この場に居た者達は誰も、気付いていなかった。
取り敢えずだが、問題は解決した。
犯人を捕まえ、原因を特定。
残すは。
〔サフィ〕と呼ばれたがっている、この少女の処遇だが……。
ロイエンスを初めとする大人達は、話し合いを始めた。
その隙にサフィは、ヒィへ目配せする。
必死に片目を瞑っているが、ヒィには何の事やら。
その内今度は、頭を上下にブンブンと振り始める。
流石に『挙動がおかしい』と思い、サフィへと近付くヒィ。
初めにサフィがしていたのは、ヒィを呼ぶ為のウィンクだと分かったのは。
ヒィへサフィがヒソヒソ話を持ち掛けた、その後だった。
『気付くのが遅いわよ! 何て鈍いのかしらねえ、あんたは!』
『良く言うよ。そんな成りで。』
『へいへい』と言った口調で、何と無く返すヒィ。
心優しい少年とは言え、犯罪者に同情する気は無かった。
ムカつくのを押さえて、サフィがヒソッと。
『さっきも言ったでしょ、あんたはあたしとここで暮らすの。分かる?』
『分かんないね、全然。』
『もう、仕方無いわねー。まあこれから、嫌でも思い知るから。』
『どう言う事だ?』
『これはね、【運命】なの。あんたのね。』
「冗談じゃ無いっ!」
思わず大声を上げ、『バッ!』とサフィの下から退くヒィ。
ギロッとサフィを睨み付けたまま、動こうとしない。
まるで未来が決められているかの如き、その言葉。
〔運命〕。
それが嫌で、流浪の旅を捨て定住しようと思ったのに。
自分の歩みは、自分で決める。
なのに、何で……!
余程の形相で発したのだろう。
ヒィの雄叫びに反応して、振り返った大人達が。
皆、目を丸くしていた。
サフィも、強烈な拒絶反応に口をあんぐり。
しかしヒィは、必死だった。
ヒィにとって運命とは、未知。
抗う物でも身を任せる物でも無く、己で選択する物だから。
そんな姿に呆れるサフィ、と同時に。
一筋縄では行かない頑固者だ、と感じた。
なら。
これから起こる事に、どう対処するのかしら?
寧ろヒィに対し、益々興味が湧いた。
心の中でサフィは、『ふふふ』と笑っている。
瞳にそれが浮き出ていたらしい、ヒィの警戒心が増す。
半身になって、静かに腰を落とし。
敵に相対する時の、空手家の様な挙動。
『ふうーーっ』と深く息を吐き、左手の手刀をサフィの眼前へ。
ヒィとサフィの間に、緊張が走る。
サフィの眉がピクッと動いた、それにヒィの手刀が反応し。
彼女の顔へ突き出されんとした、その時。
「た、大変だー!」
慌てた様子で飛び込んで来た、若い男。
町の住民らしきそれは、息を切らしながら。
屋敷の家主の前へと進み出て、こう言い出した。
「一大事だ、【町長】!」
「こっちも取り込み中なんだ! 要件は後に……!」
何と家主は、この町の長だった。
だから今回の問題に対する気苦労も、人一倍だったのだ。
やっとこっちが解決しそうなのに……。
表情に出ていたらしい、嫌そうな顔付きで応対する町長。
その胸ぐらを掴んで、男は言った。
新たな問題が発生した事を告げる為に。
そして。
サフィの思惑通りに事が進むのを、示す為に。
「町の真ん中に突然、大きな穴が開いたんだ! しかも中から、不気味な呻き声が……!」
突然の事態に、驚く町長。
『済まん』と、しかめっ面のまま。
男に付いて、屋敷を出て行った。
野郎共も、町長の後に続く。
ヒィが不安そうな顔をしているので、ロイエンスが一言声を掛ける。
「お前はここへ来たばかりだろう? なら取り敢えず、部外者になっておけ。」
「で、でも……。」
傍観者で居るのは、何か申し訳無くなる。
力に成りたいのはやまやまだが、確かに叔父の言う通りだ。
訪れたばかりの自分が口を挟むと、余計にややこしくなりそう。
それは避けなければ……。
そう思い直し、ロイエンスに対して静かに頷く。
『じゃあ、また後でな』との言葉を残し、ロイエンスも外へ出た。
さて、屋敷の中は。
持て余し気味のヒィと。
椅子に縛られ、大人しいサフィ。
大人は皆、騒ぎの元へ。
シーンとした中、2人きり。
時間が長く、ゆったりと過ぎる。
そうヒィは思っていた、しかし。
「さて、と……。」
確かに雁字搦めになっていたサフィが。
何時の間にか、椅子から立ち上がっている。
縄はと言えば、ハラリと床へ。
「ふーっ、疲れたーっ。」
平然としているサフィ、何事も無かったかの様に中をうろつく。
ポカーンと口を開けているヒィ、『ハッ!』と気付き。
思わずサフィへ向け、大声で叫ぶ。
「な、なな……何をした!」
サフィに対する、ヒィなりの牽制。
おかしな事態が続く中、心を折られない様に。
寧ろ、心を奮い立たせる様に。
それが異常な状況を打破する鍵、放浪の旅の中で学んだ事。
経験から来る勘が、そう告げていた。
しかしサフィの語り掛けは、それを上回る。
突拍子も無い言葉で、ヒィの心を飲み込もうとする。
「どうでも良いじゃない、そんな事。《ファンタジー》なんだから。」