テトロンへと向かうまでに
「ゲートだって!」
驚きの声を上げるジーノ。
しかし直ぐに、首をかしげて。
「ゲートって、何?」
「知らんのかーーーー一いっ!」
豪快にジーノへ突っ込むサフィ。
だったら、知った風な口調で言わないで!
そう文句を言いながらサフィは、ヒィの方をチラッと見て付け加える。
「あんた、こいつが黒い板を斬ったのを見たんでしょ?」
「ああ!あれは凄かったなあ……って、あれの事か?」
「そうよ。開く所も見てたんでしょ?」
「板から虹色の光が『ピカーッ!』て出て来てからは、目が眩んじゃってさあ。ぼやけてしか見えなかったんだよぉ。」
ソイレンの町は、地上よりは薄暗い。
そんな所で、大半の時間を過ごすのだ。
暗さには慣れていても、急な眩しさはドワーフの目には強烈過ぎる。
モンジェは間近で見たから、その中が確認出来たのだ。
開いた時に距離が有った者は恐らく、あの板の正体を知るまい。
ジーノのリアクションも、当然ではある。
ジーノはサフィに尋ねる。
「で?あの板を使ってどうするんだ?」
「使うのよ。文字通り、通り抜けるの。」
「え!あれって、通れるのか!」
再びびっくりするジーノ。
ゲートが何たるかを知らないので、『あの黒い板は透過出来る』と勘違いしているらしい。
仕方無いわねー。
面倒臭がりながら、ゲートに付いて説明するサフィ。
フンフン頷きながら、それを聞くジーノ。
長くなりそうだなあ。
このまま、自分の部屋へと戻るか……。
こっそり客間から逃げ出そうとするヒィの首根っこを、ちゃっかりと掴み取るサフィ。
「ちょっと!あんたの話でしょ!当事者が居なくなろうとしないでよ!」
「え、ええぇーーーっ……。」
渋々残らされるヒィ。
サフィの話が終わるまで、大人しくしている他無かった。
「しつもーん。」
話が終わった後、ジーノがシュタッと右手を上げる。
サフィが先生気取りで、ジーノを指して言う。
「はいっ!ジーノ君!」
「結局、オラ達はどうするんだ?」
サフィの話では、ゲートの殆どは使い物にならない。
しかも、中継地点を経て目的地へと移動すると言う事は。
ゲートでテトロンの町に行けるかどうか、確証は無いと同じ。
そんな不確定要素の塊を、信用出来るのか?
失敗したら、ラモーからの依頼が果たせない。
もしもの為に、別の手段を持っていた方が良いのではないか?
そう懸念しての質問だった。
しかし自信満々の、サフィの顔付きは変わらなかった。
「あんたがそんな、大層な心配をしなくても良いの。こいつが、全部何とかするから。」
そうよねっ。
ヒィの顔を覗き込みながら、サフィはそう言う。
ジーッと顔を近付けて来るので、ヒィは無理やり手で押し返す。
照れ隠しなの?
やぁねぇ。
すっ呆けるサフィ。
ご機嫌なまま、自分の部屋へと戻る。
しかし、ヒィには分かっていた。
これは、恫喝に近い物である事を。
〔従え〕と暗に、圧を掛けている。
本当に食えない女だな、あいつは。
普段、ボケーッとしていると思えば。
偶に、こんな風に凄味の利いたオーラを醸し出す。
相手を丸ごと、飲み込もうとするかの様に。
これがサフィの、侮れない点。
相対する時に、気を抜けないのは。
その美貌に惑わされない為、だけでは無かった。
もっともそれは、ジーノには通じないらしいが。
やれやれ、うちのお姫様にも困ったもんだ……。
そう考えないとサフィとは、付き合ってられない。
一応俺達も、色々と方策を練っておくか。
ヒィはジーノと、旅の支度に付いて打ち合わせを始めた。
一息付いた所で。
新鮮な空気を味わいに、ヒィは屋敷の外へ出る。
そこで。
あ!
看板の傍から、ゆらゆらした黒髪ツインテールがはみ出ている。
屋敷の中をうかがう様に、聞き耳を立てている素振り。
ヒィには直ぐに、その正体が分かった。
「ブレアじゃないか。どうしたんだ、こんなとこで。」
そう声を掛けるヒィ。
しかし虚を突かれたのか、ブレアは慌て出す。
「い、いやー。偶然通り掛かったのよ。」
頭を掻きながらそう言うが、目が完全に泳いでいるブレア。
何と無く、言葉を発するヒィ。
「あれ?ここって。ブレアの住んでる地域からは、反対側じゃ無かったか?」
「だから、偶然だってば。」
「今日はお互い、非番の筈だし……。」
下を向き、顎に左手を添え。
考えるポーズを取るヒィ。
焦りが加速するブレア。
『じゃ、じゃあ!』と左手を上げ、スタコラと去って行った。
「一体、何だったんだ……。」
呆然と、後姿を見送るするヒィ。
まあ良いや。
気を取り直して、ヒィは。
門の前で、気分転換のストレッチを始めるのだった。
そして、3日間で。
ヒィとジーノは、働き先で事情を話し。
休みを貰って、旅の準備をする。
サフィは相変わらず、愛想を振りまきながら。
商店街を歩き回っている。
買い出しを手伝う訳でも無く。
ただ店主と、喋っているだけ。
『ちったあ、手伝ってくれよー』と、ジーノに文句を言われながらも。
『やーよ』と、逃亡を繰り返す。
その追い駆けっこに、『混ぜてー』と子供達も参戦。
和気あいあいとしながら。
ジーノの準備は、邪魔されるのだった。
代わりにヒィが、色々手配する。
サフィは『ゲートを使うから、馬車とかは要らないわよ』と言うが。
念の為に、馬車の管理者に声を掛けておく。
何時でも使わせて貰える様に、前金を払っておいた。
これで急に『馬車を使わない』となっても、文句は言われないだろう。
サフィが掛けている迷惑を、なるべく払拭しておきたい。
そんな思惑も有った。
こうして旅の準備期間は、過ぎ去って行った。
「兄貴ー!荷物、纏め終わったぞー!」
「ありがとう!後はこれを、っと。」
ヒィはシュッと小さな布袋の口を占め、腰の左部へぶら下げる。
これで旅の準備は、無事に完了。
ネロウとブレアが、『街道口まで見送る』と屋敷を尋ねて来たが。
サフィは丁寧に、それを断った。
『無事に戻って来いよ』と声を掛け、2人は屋敷前を去る。
遠くなって行く2人の背中を見ながら、フンッと鼻息の荒いサフィ。
少し残念そうな感じで、ヒィがサフィに言う。
「折角の申し出を、何も無下に断らなくても……。」
「何?あの娘が気になるの?」
唐突なサフィの言葉に、戸惑うヒィ。
しかし冷静な口調で、言い返す。
「そんなんじゃ無くてなあ。『別に見送り位良いだろ』って事さ。」
「良く無いわよ。」
直ぐさま、サフィの反論。
ヒィも言葉を返す。
「何でさ?」
「部外者が居たら困るのよ、ここからはね。」
その物言いに、引っ掛かる物を感じるヒィ。
まーた、変な事を企んでいないだろうな?
ジロッと睨み、サフィを牽制する。
そこへ、リュックサックの様な大きい袋をパンパンにして。
背中に担いだジーノが、門へとやって来る。
「お待たせー!早く出発しようぜ。」
「そうだな。じゃあ……。」
ヒィも門の外へ、足を踏み出そうとする。
その時。
「待ったーーーーーっ!」
ストーーーーップ!
右手のひらを前に突き出し、2人に止まる様命ずるサフィ。
そして左手親指でクイッと、屋敷の中を指し。
屋敷へ戻る様促す。
ふんぞり返っているサフィの態度は気に入らないが、従う事にする2人。
門の前で揉めている所を、道行く人に見られたく無い。
ただそれだけだったが。
サフィはスタスタと廊下を歩き、中庭へと出る。
そして高らかに宣言する。
「ここが出発地点よ!2人共!あたしの後に続けーーーっ!なんてねっ。」