依頼内容は意外にも、『見てるだけ』
武闘会の立会人になって欲しい。
ラモーがそう切り出して、少し時間が経過。
日が暮れ、夜の帳が下りようとしている頃。
ヒィが屋敷へ戻って来る。
今日も疲れたな……ん?
何か、客間の方から賑やかな声がするな。
来客か……?
ヒィはそう考えながら、屋敷へと入る。
廊下を歩いて、客間の入り口まで来ると。
部屋の中では。
縮こまりながら、黙々と食べているジーノ。
サフィは、普段はヒィが座っている席で。
夕食を取りながら、『それがねー、大変だったのよー』と誰かに愚痴をこぼしている。
その先を目線で追うと。
彼が客らしい、入り口近くの席に獣人が座っている。
しかも、『は、はあ……』と困惑気味。
獣人はヒィに気付き、バッと立ち上がって振り返り。
〔ラモー〕と名乗って、深々と頭を下げる。
サフィの愚痴を躱す、絶好の機会と捉えたのだろう。
ヒィもお辞儀を返し、挨拶すると。
サフィの傍まで駆け寄り、その頭をげんこつでゴツン。
「痛あ……。いきなり何すんのよ!」
「それはこっちの台詞だ!俺の席に勝手に座るだけじゃ無くて、お客さんに向かって愚痴るだと!何て、はしたない真似を……!」
「愚痴じゃ無いもん!自慢だもーん!」
「どう見ても、お客さんが困ってるじゃないか!ふざけるな!」
「ふざけてないもーん!」
ぎゃあぎゃあ言い合いになり、取っ組み合いにまで発展しそうだ。
ラモーは、そっと部屋の中を歩き。
騒動に構わず夕食を食べ終わったジーノへ、ボソッと漏らす。
『彼等は、いつもこうなのか?』
『さてね。オラも兄貴達とは、知り合ってから日が浅いから。』
『と、止めなくても良いのか?』
自分のせいではと、ラモーは思っているらしい。
ジーノは首を振って、こう言い切る。
『もう直ぐ収まるさ。ほら。』
ジーノはクイと顎を、揉めている2人の方へと向ける。
すると。
プンスカ怒りながら、サフィは食器を片付け。
そのまま自分の席へと移動。
ヒィも自分の分の食事を取りに行き、そして着席。
黙って食べ出すヒィ。
ジーノがラモーに言う。
「な?収まったろ?あんたも席に着いたら?」
「あ、ああ。そうさせて貰うよ。」
3人はどう言った関係なのだろう?
本当に、彼等に依頼しても良いのだろうか?
悩みながらも、着席するラモー。
いつの間にか、サフィの目に輝きが戻っている。
ラモーを手で指しながら、食べている途中のヒィに向かって言う。
「彼がね!あんたに依頼したいんだって!やったね!」
やったね! じゃねえよ。
そう思いながら、ヒィも心優しいので。
このまま帰してしまっては、お客さんが気の毒だ。
話だけでも聞いてあげよう。
その上で判断すれば良い。
後は、どうとでもするだろう。
サフィが。
そんな風に、気楽に構えていたヒィだったが。
ラモーの話を聞くに。
どうも『そうとは行かない』と、感じ始める事となるのだが。
屋敷の主が帰って来たので、ここからは正式な依頼として話し出すラモー。
おもむろに、フードとマントを取る。
ジーノがそれを受け取ると、そそくさと壁のフックに掛ける。
初めて見た時、ジーノが感じた気配は。
やはり本物だった。
マントやフードと同じく、茶と緑の迷彩風模様が施された衣服。
半袖にハーフパンツと言う軽装では有るが、素材は丈夫そう。
フサフサな毛で覆われていてもはっきり分かる、盛り上がった筋肉。
関節部分でくっきりと浮き出たくびれ、それがより精悍さを強調する。
腕や足に所々見られる傷は、歴戦の戦士の勲章か。
靴は何時でも脱げる様、紐で縛ってはいない。
直接足で地面を蹴った方が、素早く動けるのだろう。
眼光が鋭いのは、獣人だからと言う訳でも無く。
確固たる意志の表れ。
なるほど、戦闘慣れしてるって事ね。
サフィは即座に理解する。
逆に対話は不慣れらしい、妙にそわそわしている。
自分の伝えたい内容が伝わるか、不安に思っている。
それ位はヒィにも分かるので、こう声を掛ける。
「ゆっくりで良いので、落ち着いて話して下さい。相手が聞き取り易い様、それがコツですよ。」
「済まない、気を遣わせてしまって。お陰で少し落ち着いて来たよ。ありがとう。」
ヒィに軽く頭を下げ、ラモーは依頼内容を話し始めた。
イヌ族が形成するコミュは、世界のあちこちに在るが。
その長は、ただ1人。
各コミュには、長の代表として〔補佐〕と言う役職が有り。
余程の事が無い限り、長からは勅命を受ける事も無く。
補佐がコミュの自治権を有している。
補佐は各コミュの事情に応じて、コミュの住人の中から選ばれる。
住人間の推薦による投票だったり、強いと自賛する者同士が殴り合ったり。
長も補佐もはっきりとした任期は無く、交代するかどうかは本人次第。
特に長は、コミュの統括者なので。
イヌ族の代表として恥じる事の無い振る舞いが、要求されるのだ。
だから長は大抵、体力の衰えから引退を宣言する。
獣人はその戦闘能力故に、戦いに身を置けば置く程衰えが早い。
多種族に舐められない様、力を誇示する場面が多い長は。
平和な世界で有っても戦闘を強いられ、大変なのだ。
獣人の寿命は人間とほぼ同じ位だが、長はやや短い。
仕方の無い事では有るが。
これ等の理由により、長は補佐より代替わりが激しい。
今回開かれると言う武闘会は、次の長を決める為の物。
イヌ族にとって重要な催事で有り、同時に祭でも有るのだ。
この時ばかりは。
現在の長が暮らし、舞踏会の会場が置かれる事となる町が。
異様な盛り上がりで活気付く。
何しろイヌ族の各コミュから、出場者や応援団が大挙して押し寄せるのだ。
観客目当てで出店を開く人間も居る程だ。
そして見事勝ち上がって長となった者を、輩出したコミュは。
代が替わるまで【或る物】を守ると言う、大切な役目を負う。
それが有る町こそ、イヌ族の中心と成り。
首都的な役割を担う。
その行事にラモーは、ゴーラの町の代表として出場するそうだ。
武闘会は予選も本戦も無く、1箇所でバトルロイヤルが行われる。
その中で最後まで立っていた者が、最強として認められ。
晴れて長に任命される。
そのバトルロイヤルの監督役として、ヒィには出席して欲しいと言う。
強い者は、強い者しか認めない。
だから多種族の強者を立ち会わせ、その一部始終をチェックして貰う。
不正が無いか、卑怯な手を使っていないかを。
正々堂々と戦い、勝利する。
それこそが、長に相応しい資質なのだそうだ。
ラモーは適任者を探し、各地を探し回ったが見つからず。
帰りに偶々寄った街道で、ヒィとアーシェのやり取りを目撃。
金属製の鎧を溶かす剣戟に、凄まじい物を感じ。
『頼める者は彼しか居ない』と考えた。
そして彼が何でも屋を始めたと聞き、早速依頼をしようと尋ねて来た。
と言う事だった。
「頼む!どうか引き受けてはくれまいか!」
深々と頭を下げられ、ヒィは困った顔に。
それもそうだ。
鎧を溶かしたのは、ヒィの実力以上。
サフィが火を放ち、その援護で成し得た所業。
剣に火の精霊が宿っているとは言え、ヒィがその力を存分に引き出した訳では無い。
適任とは、とても思えなかった。
正直に話して、断ろう。
ここまで来て貰って、申し訳無いが。
そう考え、断りの言葉を告げようとするヒィ。
しかしそれを、思い切りサフィが遮る。
バッとヒィの前に被さる形で、テーブルに顔と身体を突き出すと。
ニカッと笑って、バンザイし。
『ひゃっほう!』と叫びながら、ラモーに言う。
「流石ね!見てる人は、ちゃんと見てるのよ!」
そして今度はビュッと、ヒィの方へ振り向き。
右手でヒィの顎をスゥッとなぞりながら、ねっとりとした口調で訴える。
「こーんなに切羽詰まった表情で、必死に頼んでるのに。〔断る〕なんて選択肢、無ーいわーよねーえ?」
「ぐっ!こ、こいつ……!」
分かってたな!
訪ねて来るのを!
知ってたな!
依頼内容を!
段々イラついて来る、ヒィ。
そこからモジモジしながら、口を挟んで来るジーノ。
「オラも。兄貴の凄さが認められた様で、ちょっぴり嬉しいかなあって。」
えーーーーっ!
お前、こいつの肩を持つのかよ!
この場には最早、ヒィの味方は居ない。
居るのは。
縋る様な思いで懇願する、依頼者と。
『ほーれほれ、さっさと引き受けちゃいな』と嘲る、美少女の皮を被ったコンチクショウと。
ドキドキワクワクの顔付きになっている、戦士としては未熟者のドワーフだけ。
煮詰まる思考、それでもフル回転させ。
何とか逃れようとするも。
『無理』、これしか浮かばない。
ヒィも漸く、覚悟を決める。
念押しで一応、ラモーに確認を取る。
「見ているだけで良いんですね?俺が戦う事は無いんですね?」
「おお!引き受けて下さるか!」
ありがとう、ありがとう。
ヒィの下へ駆け寄り、両手を握って。
縦にブンブン振り、感謝の意を。
ラモーの手は人間のそれと形状は同じだが、指と爪が人間より長く。
握手しているヒィの手を不用意に傷付け、血がポタリポタリと滴り落ちる。
その痛さを感じない程、ヒィの肩には責任感がズシリと伸し掛かる。
『どうなる事やら……』と、先の心配ばかり。
サフィは小躍り、ジーノもにっかり。
客間からは3人の喜びの声と、1人の悲痛な叫び声がこだまする。
屋敷が大きいせいで、町中までは届かなかったが。
こうしてまた、面倒事に巻き込まれるヒィ。
さて本当に、見ているだけで済むのだろうか……?