新しい依頼(2件目)
アーシェがカッシード公国へ帰ってから、数日後。
ヒィの屋敷の前にドスンと置かれている、『何でも屋!』の看板をジッと見る者が。
それは、普通の人間では無く……。
「おう!オラ達に何か用かい?」
鍛冶屋からの仕事帰り。
頬に真っ黒な煤を付けたジーノが、陽気に声を掛ける。
共に茶と緑の迷彩塗装の様な柄が施されている、フードを被りマントを羽織って。
正体が知られぬ様気を付けている風にも思える、その恰好は。
明らかに不審人物。
看板をマジマジと眺めているのも、何か怪しい。
ヒィはまだ、町中の巡回から戻っていない様子。
サフィが居れば勢い良く飛び出して来そうなのに、屋敷内から反応無し。
誰も居ないのか……。
じゃあここはオラが、しっかり応対しないと。
気を引き締めるジーノ。
明るく振る舞っているのは、自分を鼓舞する為わざと。
一応ドワーフなので力は強いが、立ち回りはまだまだ。
戦士としては未熟者。
相手は屈強そうな体付き、マントの中に包まれていても雰囲気で分かる。
背も高く、2メートル近く有りそうだ。
シルエットだけでも、圧倒されるジーノ。
なのでこちらも出来るだけ姿を大きく見せ、『負けないぞ!』と言う意思を示す。
戦いへと持ち込ませない為に。
『ふふっ』と鼻で笑われた様な気がするが、関係無い。
2メートル程間合いを取りながら、気丈に振る舞うジーノ。
「用が無いなら帰ってくれ。オラ達も暇じゃ無いんでな。」
語気を強めると。
『これは失礼した』と、ジーノの方を振り返る。
すると。
顔まですっぽりと隠している。
つもりなのだろう。
フードから顔面へと垂れ下がった布が、前へ突き出ている。
大人の拳1つ半と言った所か。
膨らんだ布の先が、フゴフゴ動いているので。
こいつはもしかして……。
勘繰るジーノ。
怪しげな者は、話をこう切り出す。
「お主は、ここの主人では無いのか?」
「お、おう。兄貴なら、もう直ぐ戻って来る筈だぜ。」
意外に礼儀正しい物腰だったので、思わず答えてしまうジーノ。
その者は、尚も続ける。
「主人に頼みたい事が有って来たのだ。看板通り、『何でも屋』なのだろう?」
「い、一応は……。」
『兄貴は認めてないけどな』と、ボソッと付け加えるジーノ。
相手には聞こえなかったらしい。
どうしようか?
兄貴の居ない時に、勝手に入れるのもなあ……。
うーん、うーん。
悩み出すジーノ。
そこへ。
「なーに?お客さん?」
「あ!」
思わず声を上げるジーノ。
タイミング悪く?サフィが戻って来た。
そして、ジーノが相手をしている者の格好を。
あちこちのアングルから、舐め回す様に見つめる。
んーーーーー?
ん!
「おいおい!失礼な態度を取るなよ!」
サフィを叱る様に、ジーノが言う。
彼の者も、戸惑っているらしい。
思わずサフィに話し掛ける。
「私はここの主人に、依頼事を……。」
〔依頼〕と言う単語に。
大喜びで反応するサフィ。
『バンバン』と彼の者の胸元を叩き、屋敷の中へと誘う。
「依頼!依頼人なの!だったら、遠慮無く言って頂戴!内容を詳しく聞かせて貰おうじゃないの!」
「あ、ああ。」
サフィの気さく過ぎる態度に面食らいながらも。
依頼人らしき者は、彼女の後に続き屋敷内へと入る。
「お、おい!勝手にそんな事してー!兄貴に怒られても知らねえぞ!」
慌ててジーノも中へ。
取り敢えず客間へと、3人は向かった。
「もう布を取って良いわよ、【獣人】さん。」
客間の、入り口に近い席へ座った依頼人へ。
そう声を掛けるサフィ。
驚きながらも、眼前の布と共にフードを脱ぐ。
すると、頭はフサフサ。
イヌの様な耳がひょこっと突き出ている。
顔はほぼオオカミっぽいが、少し違う様だ。
グレー掛かった毛並み、突き出ていたのは鼻。
その両側からツンと生えている、何本かの髭。
着席した時に見えた腕も足も、獣の様にフサフサ。
不思議そうに、獣人はサフィに対し尋ねる。
「どうして、『人間族では無い』と分かった?」
獣人は、普通の人間を。
自らと区別して『人間族』と呼ぶ。
人間族と獣人族が共に暮らすコミュでは、姿を隠しはしないが。
フキは、純人間族コミュ。
人目を憚る様に、目立たない様に。
して来たつもりだったのに。
あっさりと見抜かれてしまった。
その言葉に呆れる、サフィ。
「バレてないとでも思ったの?こいつでも気付いてたのに?」
おっとととっと。
よろけながらも、客人用の飲み物をお盆の様な丸い板に乗せ。
客間へ入って来るジーノを指差しながら、サフィが言う。
獣人が答える。
「そう言えば。この町へ入ってから、痛い程視線が……。」
「でしょうね。」
呆れ具合に拍車が掛かるサフィ。
アーシェの件で、怪しい者は一般人からも警戒されている。
そんな状況下、全身を隠す格好でうろついたら。
注目の的になる事は必至。
町が置かれている事情を、ジーノが話すと。
『それは情報不足であった』と、素直に非を認める。
そして席から立ち上がり、改めて名乗りを上げる。
「私は〔ゴーラ〕の町から参った、イヌ族イヌ系の獣人【ラモー】と申す者。」
「あたしはサフィ。このちっこいのは、ジーノよ。」
「『ちっこい』は余計だろ!」
投げやりな物言いに、プンスカ怒るジーノ。
こんな形ではあるが、サフィとジーノも自己紹介。
いつもはヒィが座る、屋敷の主の席へ。
サフィがツカツカと歩み寄り、ドカッと座る。
そして自分がこの屋敷を取り仕切っているかの様に、足を組んで偉そうに反り返り。
ラモーに尋ねる。
「で?依頼の内容は?」
「主人が戻られてから、詳しく話すとするが。実は……。」
ラモーの依頼から、また面倒事に巻き込まれてしまうヒィ。
それは。
「イヌ族の長を決める【武闘会】、その〔立会人〕に成って頂きたいのだ。」