誤魔化し、誤魔化す
アーシェが隠密行動を取っている理由は分かった。
ヒィを特別視している理由も。
しかしまだヒィには、疑問に思う事が有った。
それは。
「アーシェさん。何故内情を、ペラペラと喋っちゃったんですか?動きを知られてはいけないんでしょう?」
「あ!それもそうか!」
ネロウが相槌を打つ。
ヒィは当事者かも知れないので、話しても問題は無かろう。
しかしネロウやこの家の家主は、どう考えても関係無さそうだ。
そんな一般人にまで、打ち明けてしまっても良かったのだろうか?
懸念を示すヒィに、アーシェは答える。
「『私達が隠密に動いている』と言う噂を、あの町の上層部へ話してしまったのだろう?ならば知れ渡っていると同じ、隠す必要の無い事だ。」
そう言って、フキの有る方角を指差す。
確かに、『町の安全を脅かすかも知れない』と考え。
自警団の集会所で、ロイエンス達に話してしまった。
それもこれも、サフィが何処からか噂を聞き付けたせいだが。
改めてアーシェは、サフィに尋ねる。
「噂の出所を知りたい。それ次第では、我が国の対処が変わるのだ。」
「先制攻撃するって事?なら教えられないわね。」
面倒事に感じ、サフィは詳細を明かさない。
逆にアーシェへ言い返す。
「他の魔導士や賢者も、その予言とやらは知ってるんでしょ?だったら〔そいつ等〕の動きも見張るべきなんじゃ?」
魔導士・賢者すらも、そいつ等呼ばわり。
神々の事も馬鹿にするし、こいつは本当に何者なんだろう?
ヒィの疑惑の目線が、サフィに刺さる。
しかしサフィは。
あたしが気になってる様ね、何て罪作りな美貌なのかしら。
と、思考が斜め上を行っている。
うっとりとした顔になるサフィを見て、『駄目だこりゃ』と呆れ顔に変わる。
アホの子は放って置いて。
サフィのアーシェへの質問は、確かにもっともな物なので。
返事を聞こうと身構える。
アーシェはこう答える。
「魔導士の居場所が判明している所へは、既に間者を送ってある。しかし魔導士は、何処にも仕えずひっそりと暮らす者が大概なのだ。」
魔法使い程、出世欲は無く。
賢者程、俗世離れする訳でも無い。
かと言って、この世界の動きが追えなくなると困る。
だから特定のコミュに長く留まらず、渡り歩くのが通例で。
ウェインが特殊なのだとか。
余程、その国を重要視しているのだろう。
それにしても、魔導士は〔救世の御子とやら〕を自ら探そうとするだろうか?
ヒィはふと思う。
それを悟ったかの様に、サフィが言う。
「魔導士にも、色々思惑が有るのよ。気を付けなさい。」
今一ピンと来ない、サフィの忠告めいた言葉。
その意味が分かるのは、ずっと先の事だった。
アーシェは一連の報告の為、一旦本国へ戻るとの事。
別れ際に、アーシェが言う。
「〔混沌を齎す存在〕に付いてだけは、まだ誰にも話さないで欲しい。正体が知れぬまま虚像だけが先行しては、無用な混乱を招く。それこそ、奴の思うつぼだからな。」
よって。
噂の中の〔怪しい存在〕とは、〔或る大きな人間コミュの手の者〕。
目的は、大きな戦に備えた〔人材発掘〕。
【K】と仮称が付けられた、奴の存在を知る者は。
アーシェから聞かされた5人のみに限定。
そう言う事となった。
ソイレンの町の平穏を保つ為、ジーノはモンジェに知らせたかったが。
『それは逆に、町を危機に陥れるかも知れない』と、アーシェから告げられたので。
心苦しいが、黙っている事に。
モヤモヤした気持ちのジーノに、目をキラキラさせてアーシェがヒソッと。
『済まぬ!これで最後にするから!ギューーッとさせてくれないか!』
ギューーーーッ!
嫌々ながら、成すがままにされるジーノ。
げっそりとした姿に変わって行く。
気の毒そうに、その光景を見ているヒィ。
『嫌がっている振りをしてるだけでしょ』とは、サフィの弁。
〔今度は殆ど抵抗しないから〕、それが根拠らしいが。
〔ジタバタしない方が早く解放される〕、ジーノがそう考えただけ。
サフィは偶に鋭い事を言うが。
基本は何処か、ずれているらしい。
その間に。
たっぷり堪能したのか、満足気なアーシェ。
最後に『必ず再び合流する、また会おう』と言い残し。
アーシェは去って行った。
ネロウの叔父である家主に礼を言って、ヒィ達もフキへの帰路へ就く。
運転は相変わらずヒィ、隣にはネロウ。
荷台には、サフィとジーノ。
ジーノは抱き締められ続けた疲れで、ぐったりしている。
ヒィがサフィに向け、悪戯心で言葉を投げ掛ける。
「『癒しの力が女神の証』ってんなら、そこに居る哀れなドワーフも治してやってくれよ。」
「やーよ、面倒臭い。それにこいつの場合は、緊張で身体が硬直してただけでしょ?対象外よ。」
ぶっきらぼうに、そう返すサフィ。
それでもヒィは続ける。
「馬車を引く馬は、さっき疲れを取ってやったろう?」
「彼はあたしの為に、ちゃんと働いてくれたもの。当然よ。」
「何だよ。女神も、救う相手は選り好みするってのか?」
「そんなんじゃ無いわよ。無暗に力を使いたくないだけよ。」
「『女神だ』って認められたいならさあ。『奇跡』と称してバンバン力を使いまくるのが、手っ取り早いんじゃないのか?どうしてそうしないんだ?」
「安売りしたって、信用度が下がるだけじゃない。馬鹿なの?」
「そうかいそうかい。まあ、そう言う事にしてやるよ。」
「しっつれーな!今に見てなさい!ぜっったいに、後悔させてやるからぁ!」
シュッシュッ!
顔を真っ赤にして。
シャドウボクシングの様に、代わる代わる両拳をヒィの背中へ向けて突き出し続けるサフィ。
その一方で。
サフィとの会話の意図を、何と無く感じ取るネロウ。
ヒィは正体を探ろうと、わざと嗾けた。
しかし肝心な所で、スルッと躱される。
意外と頭が回るじゃないか。
ボロは、すんなりとは出さないか。
ヒィはサフィの主張を、未だに疑っている。
女神では無く、魔法使いだと考えている。
結果的では有るが。
この世界の4大元素【火・水・風・土】の内、今回は3つも使ったのだ。
ジーノの帽子を転がす為に、風の力を。
ヒィの剣の威力を上げる為に、火の力を。
そしてアーシェの治癒の為に、水の力を。
野心的な魔法使い、そう考えるのが妥当だろう。
ただ魔法の威力が、魔法使いが行使出来る範疇を越えている様な気はするが。
それはあいつの事だ、『ファンタジーだから』で押し通すだろう。
ヒィも煩わしくなったのか、帰路の中でそれ以上は考えなかった。
フキの町へと戻り、町長達に影の正体を報告。
とある国の手先が、より良い人材を求め。
あちこちを嗅ぎ回っている。
そう伝えておいた。
これなら、Kの事を伏せながら。
町の警戒度を上げ辺りを牽制し、周りの不審な動きを抑制出来るだろう。
それでもこちらには、トラブルメーカーと化しているサフィが居るので。
安心は出来ないが。
余りにスラスラとヒィが話すので、町長が怪しみ。
同行していたネロウへ、念を押すが。
『彼の言う通りです』と、はっきり言い切るので。
町長も、その場では報告を受け入れた。
ヒィ達が下がった後、町長はこっそりと【或る者】を呼び寄せ。
彼等を監視する様、命を下した。
ロイエンスの身内を疑っている訳では無い。
あの女、何を企んでいる……?
サフィに対する恨み節。
目を離した隙に、とんでもない事を何れ仕出かす。
そう思えてならなかった。
サフィのせいで気苦労が増えた町長の懸念は、果たして現実の物と成るのだろうか?
こうして。
街道に現れた影の件は、無事に幕が引かれた。
しかし、ヒィの平穏な日々はそう長く続かず。
数日後、新たなトラブルが。
『何でも屋!』の看板の下に、持ち込まれる事となった。