急襲する怪物、それに乗じて〔例の作戦〕が
《『俺に出番は回って来ない』、そう言ってたな?》
「予定が狂ったんだ!あんたも『強い奴と戦いたい』って言ってたじゃないか!」
《まあ、竜人なら。相手に不足無し、か。良いだろう。》
「頼むぜっ!」
何か見えない者とやり取りをしていた、シジュウカラ科のリーダー。
そのまま外周に沿って飛び、トンネルの方へ向かおうとする。
しかしその前に、ウルオートが立ち塞がる。
「お前!逃げられると思うなよ!」
「そうら、お出でなすった!さっさと地上へ出て来てくれ!」
《おう。》
重低音が、辺りに響く。
ゴゴゴゴゴ……。
それは地下深くから、段々地表へ近付いて来て。
ボゴンッ!
町の中心、大きな通りが交わる箇所へ。
尖った鼻が、まず現れ。
ドーーーーン!
一気に地上へ飛び出す。
その姿は。
「何だ!あの巨体は!」
竜人の1人が叫ぶ。
シジュウカラ科は、殆ど捕らえられた。
後はリーダーと、その傍で滑空している1人さえ捕まえれば。
そこまで来ていたのに。
地下から出て来たそれは、まるで重戦車だった。
モグラの様な風貌、しかし背中には。
アルマジロの様な、鱗状の硬い板が。
体長30メートル近く、地表から背中までの高さ5メートル程。
大きな体のくせして、中々動きが素早い。
コロコロと方向転換しながら、全方位に向け挑発を仕掛ける。
「さあ!竜人共よ!掛かって来い!」
ぐおおおぁぁぁぁ!
大声で吠えると、ドスドスッと足慣らし。
その衝撃で、周りの家々が揺れ。
屋根が落っこちそうだ。
ウルオートは、他の竜人達に命ずる。
「あいつを仕留めるんだ!一斉に掛かれ!」
「「「「「おーっ!」」」」」
自慢の爪を尖らせながら、竜人達は。
現れた怪物へと突っ込んで行く。
ガキンッ!
確実に攻撃をヒットさせるも、板に阻まれ中まで通らない。
怪物が嘲笑う様に言う。
「どうした!その程度か!」
「くそっ!思ったより硬い」
「一点集中で行くぞ!」
「今度こそ!」
てやあああぁぁぁ!
怪物の背中、その真ん中辺りを。
10人近くで集中攻撃するも。
ポロリと表面が剥がれ落ちるだけ。
怪物は、口から長い舌を伸ばして。
竜人を搦め捕っては、地面へと叩き付ける。
素早く正確な舌の動きに、次々と捕まる竜人達。
「ぐおっ!」
「ぐはっ!」
地面の上で、苦しむ竜人達。
プライドの高い彼等には、味わった事の無い屈辱だろう。
その時、遠くから猛スピードで。
怪物へと突っ込んで行く者。
「おりゃああああぁぁぁ!」
「馬鹿め!どれだけ攻撃を仕掛けようと、無駄だ!」
怪物は叫ぶ、それに構わず。
皆が攻撃していた、背中の中央へ突き刺さり。
ドリルの様に回転しながら、板を削って行く。
ガシンッ!
ガガガガガッ!
ギュルッ!
「ぎにやぁっ!」
思わずもんどり打つ、怪物。
割れた板の中から、緑色の液体が滴り落ちる。
それが怪物の血なのだろう、辺りが緑色に染まって行く。
その後直ぐ、板の割れ目からビュッと飛び出たのは。
「お前等!情けない顔をしてんじゃねえ!誇り高き竜人だろうが!」
「リュ、リュード様!」
輝竜帝の孫、リュードだった。
彼は〔鉄属性〕、皮膚を硬化させると鋼並みの強靭さを持つ。
それで何とか、怪物の頑丈な板を砕いたのだ。
地面へ這い蹲っていた竜人達も、怪物が暴れる光景を見て躊躇していた竜人達も。
リュードの心意気に励まされ、開いた傷口へと突進して行く。
対して、怪物は。
「た、堪らん!」
思わず丸まって、板の中に身を隠そうとするが。
身体が接する地面の片側が、急に盛り上がり。
ゴロンと、仰向けの状態になった。
「く、くそっ!」
もがいて、ひっくり返ろうとする怪物。
その横では、土を操って盛り上がりを生み出したフォウルが。
「俺も、良い所を見せないとな!」
存在感をアピールするフォウル。
土属性の面目躍如、と言った所か。
流石に腹側には、背中に在る様な板が無い。
多少ブヨブヨしている、そこを竜人達が突いた。
どんどん表面が引き千切られて行く、怪物。
倒されるのは、時間の問題。
「時間稼ぎにも成らんのか!情けない奴め!」
吐き捨てる様に怪物の事を罵る、シジュウカラ科のリーダー。
こうなれば、トンネル付近の奴等を人質に取って……!
外周を通るのを止め、一直線にトンネルの方角へ。
『待て!』と宙を追い駆けるウルオート、このままでは追い付かれる。
そう判断したリーダーは止む無く、関所で奪ったミギィの剣をウルオートへ投げ付ける。
簡単にそれを躱すウルオート、カランと剣が道の上へ転がる。
そこへ、ミギィと共にリーダーを追跡していたラピスが。
「あ、あの剣は!」
ラピスは剣を見付けると、そこへ不用意に駆け寄る。
しめたっ!
〔例の作戦〕を仕掛けるなら、今だ!
一瞬で閃いたリーダーは、急旋回して。
地面すれすれまで高度を下げると、ラピスへ目がけ飛んで行く。
剣を拾おうと、屈んだ姿勢になったラピスの。
背後を取り、持っていた黒い小さな球を。
ギュッと、ラピスの身体へ押し込む。
「し、しまった!」
ワンテンポ遅れて、現場に付いたミギィは。
ラピスの異変に気付き、彼女の身体を押さえ付けようとする。
「い、いああああぁぁぁぁぁ!」
言葉にならない声を上げるラピス、相当苦しいらしい。
手足をバタバタさせて暴れている、抵抗が強くてミギィ1人では押さえられない。
ミギィがラピスの下へ辿り着いた時には、既に。
リーダーは怪物の傍まで移動していた、ラピスと同様に黒い球を傷口へ放り込む。
すると、怪物ももがき出し。
真っ黒に変色したかと思うと、目を血走らせながら。
辺りをうろちょろしていた竜人達を、周りの建物毎薙ぎ払おうとする。
怪物の様子が明らかにおかしい、自我を失った様に見える。
リーダーは高笑いしながら、上空高く飛び上がり。
辺り一帯に叫ぶ。
「ハハハ!まんまと〔悪魔の素〕を植え付けてやったぞ!これでその魔法使いと奴は、俺の手駒となる!ハハハハ!」
はっ!
リーダーが気付いた時には、黒く長細い物が胴体に巻き付き。
ビターン!
道路の硬い部分へ、打ち捨てられた。
「げほっ!」
口から赤い血が垂れる、骨ごと内臓がやられた様だ。
は、話が違う!
あれを埋め込めば、俺の操り人形に成るんじゃ無かったのか!
そう憤りながらも、意識が遠のくリーダー。
そして直ぐに、グタッとなった。
真っ黒に染まった怪物と、抗戦を続ける竜人達。
既に起き上がっていて、腹側を攻撃する事は不可。
背中に開いていた傷も、何故か塞がっている。
板の代わりに、黒い霧の様な物が漂っているのが不気味だ。
それを見たミギィは、竜人達へ声を掛ける。
「その黒い物に触れては駄目だ!その怪物と同じ様に、悪魔に乗っ取られるぞ!」
「あ、悪魔だって!」
あの鳥人が言っていた戯言は、本当だったのか!
怪物から距離を取り、宙を舞う竜人達。
しかしこのままでは、成す術が無い。
下では、仰向けで暴れているラピスを。
ウルオートとフォウルが、2人がかりでやっと押さえている。
「しっかり!今、浄化しますから!」
ラピスが拾ってくれた剣を取り、正面に構えるミギィ。
しかしそこでふと、頭を過ぎった事は。
今の不安定な状態で、炎を使ったら。
辺り一帯が、どうなってしまうのか?
力を制御出来無い、中途半端な自分。
ここで浄化の炎を発しても、周りにどんな影響を及ぼすのか。
皆目、見当が付かない。
それにラピスは魔法使いである前に、1人のか弱い女性。
見切り発車して、万が一の事が有れば……。
そう考えると、力の行使が怖くなる。
気付かぬ内に、ミギィの握る剣が。
カタカタと震えていた。
目の前には。
悪魔の素による乗っ取りと懸命に戦っている、ラピスの姿が。
悪い事に、魔法を使いたくない。
その一心からだろう、何とか耐えているが。
何時気絶して、身体を奪われるか分からない状況。
迷っている場合か、俺っ!
しかし……!
心の中で、激しい葛藤を繰り広げるミギィ。
せめてこの身体が、真面だったら……。
そう考えていた、その時。