煌めきの湯、ピンチ!
急上昇と急降下を繰り返しながら、ミギィとラピスに波状攻撃を仕掛ける相手側。
向こうは全員、腕から羽を出して。
宙を飛び回っている。
羽の特徴から、『同じ種族だ』とミギィも感じるが。
何者か、その特定までには至っていない。
肉弾戦は疎か、戦闘自体に慣れていないラピスを庇いながら。
懸命に攻撃を凌ぐミギィ。
敵の内、或る男が。
ミギィへ言い放つ。
「賢者ってのも、大した事無いんだな!」
その顔は、余裕たっぷり。
悔しい表情を、うっすらと浮かべながら。
ミギィはラピスに囁く。
『魔法を使って、何か向こうに仕掛けられませんか?』
『温泉の湯を掛ける事位は……。』
『構いません!お願いします!』
『……分かりました。』
キッと、敵の方を睨むミギィ。
対してラピスは、やや弱気。
魔法使いに成りたかったのは、戦う為では無く。
大事な物を守る為。
しかし現実を、まざまざと見せつけられている。
時には、戦闘を避けられない事態も在るのだと。
攻撃は最大の防御、それを実践しないと守れない事も有るのだと。
賢者だと思われているミギィが、自分の盾となって必死に守ってくれている。
ならば私は、その思いに応えるまで。
漸く心の整理が付いたらしい。
チャポッと左足を、湯船に突っ込む。
そして目を閉じて手を組み、精神を集中する。
続いてラピスは、呪文の様な言葉を唱え始める。
《水の精霊よ、我が願いを叶え給え。》
《巡り巡って、また巡る。》
《その先に居座る、我が敵を。》
《逃す事無く、排除したまえ。》
《良しなに、良しなに……。》
「不味いっ!魔法を仕掛けて来るぞ!」
ラピスの詠唱に気付いた敵側が、それを阻止しようと。
攻撃対象を、ラピスへ絞る。
その前へ立ちはだかるミギィ。
「させんっ!」
「邪魔だっ!」
ミギィと敵側が罵り合い、拳を交えている間に。
ラピスの詠唱が終わった。
目をカッと見開き、渾身の力を込めて。
湯船に左手を叩き付け、ラピスが魔法を放つ。
「タイタンハンド!」
すると、湯船から。
湯で出来た無数の腕が、敵を襲う。
人の身体を軽々と隠せる程の大きさの、湯の手のひらが。
ドスーン!
飛び回る者達の身体を貫き、上空に張られている膜へグイッと押し付ける。
ぐっ!
唸りながら、湯船に落下する敵側。
もがきながらも、何とか全員立ち上がる。
その隙にミギィとラピスは、脱衣所へ直行。
素早く着替えると、通路側へと抜ける。
それを追い駆ける様に、敵側も脱衣所へ。
着替えるのが面倒臭かったのか、その時間も惜しかったのか。
水着のまま外へ出て来た。
騒ぎに気付いた番台の受付係が、応援要請を出し。
それを受けて、大勢の警備兵が駆け付けた。
たった2人に襲い掛かる、水着の集団を見付けると。
間に割り込む警備兵。
「こら!お前達!大人しくしろ!」
「抵抗するなら、容赦せんぞ!」
剣をちらつかせながら、牽制する警備兵達。
その内の1人が、ミギィに声を掛ける。
「何が有った!」
「湯船でいきなり襲われました!」
「何だって!」
ミギィの言葉を受け、敵をキッと睨みつける。
敵のリーダーだろうか、大声で叫ぶ。
「仕方ねえ!プランBだ!」
号令と共に、腕から羽を出し。
空へ飛び立つ敵側。
その飛んで行く方向で、ミギィはハッとし。
警備兵達に知らせる。
「奴等は吊り橋を落とすつもりです!早く対応を!」
「あいつ等、正気か!」
警備兵は『わーっ』と、番台の方へ駆け寄るが。
時既に遅し、吊り橋は真ん中からぶった斬られ。
両端で、ブラーンと垂れ下がっていた。
番台近くへ避難していた客が、呆然をその光景を眺めていた後。
急に、金切り声を上げ始める。
「ぎゃああああぁぁぁぁっ!」
「も、戻れなくなったぁ!」
「た、助けてぇ!誰かぁ!」
頭を抱えて、叫び続ける客達。
辿り着いた警備兵達が、『落ち着け!』と宥めるも。
『落ち着いていられるか!』と、逆に詰め寄られる。
流石の警備兵も、吊り橋を修復する力は無い。
助けを待つ他無いのか……!
悔しがる者も、中には居た。
陸の孤島と化した、〔煌めきの湯〕。
そこから向こう側を見つめる、客達。
すると、対岸側が騒がしくなる。
向こう側に在る関所が、連中に襲われたのだ。
敵の内の1人が、ミギィの剣をその手に掴み。
ミギィへ向かって言い放つ。
「これが無いと、碌に魔法も使えないだろう!ざまあ見ろ!」
ハハハハハ!
高笑いしながら、町の方へ飛んで行った。
焦るラピス、自分のせいで剣を奪われてしまった。
何よりも、橋を落とされては成す術が無い。
申し訳無さそうに、ミギィを見るラピス。
しかしミギィは、諦めていなかった。
何故なら。
「済まねえ、兄貴!遅くなった!」
関所の下の方に、ボコッと横穴が開いたかと思うと。
ジーノ達が姿を現した。
ミギィがジーノに、声を掛ける。
「全くだよ!遅刻した罰として、しっかりと働いて貰うからな!」
「任せとけ!行っくぞーっ!」
ゴニョゴニョと、何かを唱え出すジーノ。
そして、対岸の切り立った崖から、土がニョキッと生え。
ズズズズズーーーッ!
煌めきの湯が在る土台の側面と、くっ付いて。
ズアアアァァァァッ!
上方へ盛り上がって行く。
そして見事に、アーチ状の橋が完成。
前と幅は同じ、しかし土とは思えない頑丈さを備え。
荷車も楽々通行出来そうな程。
両側には、転落防止用の柵が有る。
それも、金属製。
土の中に含まれる、鉄や銅と言った金属粒子を掻き集めて。
合金に仕立て上げた。
これも、オイラスの協力が有ってこそ。
橋の上で、ミギィ達とジーノ達が合流。
アーシェがミギィに告げる。
「コミュの主とは、話を付けてある。警備兵を自由に使って良いそうだ。」
「分かった。アーシェは彼等を率いて、町を守ってくれ。」
「了解。」
アーシェは、ミギィの言葉に頷く。
警備兵の下へ向かうと。
指揮官と思しき者に、コミュ主と交わした約束状を見せる。
アーシェがカッシード公国の者と知り、驚きながらも。
彼女に従う事を選択する指揮官。
警備兵全員にその旨を伝えると、隠れている者が居ないか探しに。
戦力の約半分が、通路や脱衣所へと散った。
残りは、客達の護衛に当たる。
アーシェに続いて、アンビーがミギィへ。
「あたしは?あたしは?」
「町中の気配を探ってくれ。そしてここに居るお客さん達を、安全な場所へ。」
「はーい!」
敬礼の様な恰好をして、返事をするアンビー。
客の方へ向かって、アンビーは話し掛ける。
「あたしが誘導するから、指示に従ってねー。大丈夫だからねー。」
ミギィを『賢者だ』と、未だに思い込んでいる客達は。
賢者様の仲間の言う事に、従った方が良い。
そう思い、意外と素直にアンビーの言葉を受け入れた。
安心感を得たのか、或る客が。
アンビーに、恐る恐る尋ねる。
「だ、脱衣所に。まだ、置き忘れた荷物が……。」
「良いよ、取って来て。ここはこの、ちっこいのが守るから。ね?ジーノ。」
「ちっこいは余計だろ!まあ、守るけどさ。」
反発するジーノ、『まあまあ』とミギィ。
そのやり取りにほっこりしたのか、他の客も『荷物を取りに戻りたい』と申し出る。
『安心させるのが先決』と、理解していたアンビーは。
客の申し出に、許可を出す。
「忘れ物が無い様に、みんなも取りに戻って良いからね。でも出来るだけ、早くしてね。あいつ等が戻って来るかも知れないから。」
「「「「「ありがとうございます!」」」」」
一斉に脱衣所へと向かう客達、それを見ながら。
『ここは任せて!』と、アンビーはミギィへ告げる。
『オラも居るぞ!』と、ジーノが胸を張る。
ここは、ジーノ達が居れば大丈夫だ。
町中の様子が気になるし、何よりも剣を取り戻さないと。
仲間に後を託し、一足先に橋を渡るミギィ。
それに続くラピス、ミギィ達の手際の良さに感服しながらも。
頭に過ぎっていたもやもやが、気になっていた。
私達を襲った人達、何処かで見た事が……。
あっ!
思い出したらしい、ラピスは。
敵の正体を、ミギィに告げる。
「あの人達!【シジュウカラ科ガラ族】の鳥人ですよ!間違い有りません!」