湯船へ、湯船で
吊り橋を渡り、番台の役目を果たす建物へと到着したミギィ達。
と言っても、銭湯の様に。
一段高い所へ鎮座している訳でも無く。
受付カウンターの様な物が有って、そこに。
何人かの受付係が、客の向こう側へと座っている。
列を作って、皆行儀良く並んでいる。
或る列の最後尾へ付く2人、賢者と言えど例外は無いらしい。
十数分後、漸くミギィ達の順番が回って来た。
受付係の女性が、ミギィに声を掛ける。
「いらっしゃいま……せっ!」
ミギィの姿にびっくりする受付係。
虚を突かれた様に、身体がやや固まっている。
そこをラピスが、代わりに受付係へ。
「師匠のお姿が、何か?」
「い、いえ。失礼しました。」
ラピスの後ろでうんうん頷いているミギィ。
『分かれば良いのだ』、と言ったアピール。
受付係と話をした後、ラピスはミギィの方を振り返って。
嬉しそうに言う。
「さあ、入りましょう!」
ラピスさん、作戦の事を忘れてるんじゃないだろうな?
ミギィがそう心配する程、ラピスははしゃいでいた。
番台から木製の通路を通り、奥へ奥へと進む2人。
その間も、ミギィの姿を見て。
客が何やら盛り上がっている。
みんな、ミギィの事を。
『賢者だ』と思い込んでいる様だ。
中には、話し掛けようとして止める者も。
それに構わず、1つ目の脱衣所の横を通り過ぎる。
2つ目の脱衣所、丁度裾野の景色が鮮やかな方角で。
2人は、湯へ入る事にした。
客は、好きな箇所の脱衣所を自由に利用出来る。
幅約50メートルの外周の上、その目一杯に。
木製の板が敷かれ、通路が確保されている。
脱衣所はその半分の幅で有る為、外側に設置された転落防止用の柵との間に。
通り抜けられる部分が有るのだ。
グルリと通路を周った後、お目当ての箇所に入る客も居れば。
外の眺めをじっくりと堪能する客も居る。
それだけ、ここからの眺めは良い。
湯に浸かっていても眺める事は出来る、その時は。
建物に邪魔されない位置までスイーッと移動し、縁に両腕を付けた格好で外側を向く。
肩が湯から出てしまうが、下が浸かっているので。
湯冷めの心配は無い。
脱衣所と脱衣所の間のスペースには、石畳が敷かれ。
そこが、身体や頭を洗う為の敷地。
湯船から桶の様な物を使って湯を汲み、身体の泡等を流す。
汚れが付いたまま直接入浴するのは厳禁、湯が濁ってしまう。
前もって体を洗ってから、湯に浸かるのが常識。
この辺りのルールは、各家庭に在る風呂と同じ。
〔煌めきの湯〕を末長く楽しむ為に、必要な事なのだ。
脱衣所は、湯船の方に向かって。
右側が男性用、左側が女性用。
それぞれ入り口は異なり、中でも繋がってはいない。
ここまで来て、覗きを働こうなんて輩は居ない。
水着とは言え、混浴なのだから。
耳を欹てて、隣の様子をうかがう者も稀に居るが。
声を聞いているだけなので、特に御咎めは無し。
皆が何しにここを訪れたかを考えれば、そんな事をしようなんて気は湧かない。
覗きの様な下衆な真似は、ここでなくとも出来るのだから。
ミギィと分かれ、脱衣所へと入るラピス。
周りの女性の様子も、何だか賑やか。
皆楽しみに、ここまでやって来た。
嬉しさが爆発しているのだろう。
ラピスは鳥人用の棚を使わず、一般の棚に衣服を入れる。
鳥人に対して発行されているパスを、ラピスは持っていない。
近くて遠い場所、そんな風に感じていた。
魔法使いとしての修行に明け暮れる毎日、真剣に取り組んでいたので。
パスを受け取る機会を逃していたのだ。
こんな形では有るが、湯に来れて。
ラピスも少々舞い上がっているらしい。
商店街で選んだ、鮮やかな群青色のビキニタイプを着た後。
脱衣所を出て、桟橋の様な物へ出て行く時。
心なしか、スキップ気味だったから。
桟橋は、脱衣所の横に在る洗い場へも伸びている。
そこをスタスタと歩いて、着席すると。
持って来たシャンプー等を使って、早速身体を洗い出す。
腕から羽を出し、一枚一枚丁寧に。
ラピスが身体を洗い進めている所へ。
隣りに座っていた若い女性が、声を掛けて来る。
「素敵な羽ね。羨ましいわ。」
「ありがとうございます。」
「あなた、何処の種族?」
「カワセミ科カワセミ族です。」
「あら、ここに近いコミュじゃない。ここへは、しょっちゅう?」
「いえ。お恥ずかしながら、初めてです。」
「そう。それは残念ね。」
残念?
変な事を言う人だなあ。
そう思っていると、話し掛けて来た女性から。
殺気を感じ取った。
まさか!
そう思った瞬間。
「初めてなら、思いっ切り味わいな!」
両脇を、2人の女性に抱えられると。
ブンッ!
湯船の方に投げられた。
成す術無く、湯の中に落下するラピス。
プハアッ。
顔を上げるも、追撃の様に。
後頭部をガシッと捕まれ、頭を湯の中にガバッと突っ込まれる。
ゴボゴボゴボ。
お、溺れる!
焦ったラピスは、何とか振り解こうと。
両手両足を湯船の底に突け、思いっきり押し返す。
ブワァッ!
湯の中から何とか脱出し、宙へ浮くと。
洗いたての羽を広げ、空中で羽搏く。
しかし天には膜が張られているので、上空高く逃れる訳には行かない。
ハッとそこでラピスは、ミギィの様子が気になり。
下を見渡す。
すると、十数人の者達が、ミギィを取り囲んでいた。
思わずラピスが叫ぶ。
「大丈夫ですか!」
「あんたは、自分の心配だけしてなっ!」
「くっ!」
宙では、さっきの女性が。
同じく羽搏いている。
その羽は、〔青みがかったグレー〕と〔黒っぽい茶色〕が入り混じっている。
同じ様な羽を持った女性が他にも、何人か宙を飛んでいる。
何処かで見た事の有る様な……。
考えながらも、向こうからの攻撃を避けるラピス。
余りにも厳しくて、ミギィの方へ近付けない。
一方、ミギィは。
困り果てていた。
脱衣所から男達が、ゾロゾロと付いて来たかと思うと。
洗い場でいきなり殴って来た。
よろけたミギィは、そのまま湯船にドボン。
立ち上がると、既に囲まれていた。
騒動に驚いて、他の客は慌てて脱衣所へ。
煌めきの湯は大混乱。
湯船に残されたのは、ミギィとラピス。
それと、敵対心丸出しの者達のみとなった。
ミギィは、宙を舞うラピスに叫ぶ。
「どうやらここは、奴等の貸し切りになった様です!」
「どうしましょう!」
困惑しながらもそう返すラピスに、ミギィは。
がなる様に、言った。
「予定通りに!こいつ等を殲滅しましょう!」