神秘的な温泉、その色々
温泉宿へ1泊した、その翌日。
運ばれた朝食を、ミギィ達は綺麗に平らげると。
宿に荷物の大半を預け、早々にここを出た。
敵がいきなり襲って来て、宿に迷惑が掛からない様に。
そうとは知らず、宿の主人は。
名残惜しそうに見送ってくれた。
『心遣い、感謝する』と、偉そうに告げると。
ミギィはラピスを伴って、例の温泉へと向かった。
ジョーエンに在る特殊な温泉は元々、秘湯扱いだった。
こっそり鳥人達が立ち寄る程度、窪地の中も閑散とした物だった。
所々で蒸気が噴き出すので、大きな木は育ちにくく。
熱に強い草が生えている程度。
或る時、人間族がここを訪れた。
その時、秘湯の存在を知り。
『これは金になる』と踏んだ者達が、特殊な温泉をもっと増やそうと。
窪地のあちこちで、ボーリング調査を開始した。
その時、大量の資材を運び込む為。
荷運び用の道やトンネルが整備され、資材置き場も造られた。
調査の結果、湧き出た温泉はどれも普通の効能。
それでも、これを切っ掛けにして物流が盛んと成り。
荷運びする者が温泉で疲れを取れる様、宿も設けられ。
一大温泉地へと発展した。
温泉街は評判と成り、噂が噂を呼んで。
鳥人以外にも、訪れる者が増えた。
人の往来が激しくなって来たので。
それに伴いトンネルが拡張され、人もスムーズにアクセス出来る様になった。
秘湯扱いだった温泉も、最早観光の目玉と成り。
ジョーエンへのアクセスを良くしようと、辺りの宿泊小屋や村が整備され。
〔ケッセラ〕と言う人間コミュが出来上がった、と言う訳だ。
曽ての資材置き場は、倉庫街へと変わり。
道も作り変えられ、出店が立ち並ぶ様になった。
出店では、倉庫街から仕入れた各地の逸品が売られている。
一方商店街では、温泉用具やお土産品が多く取り扱われている。
町の特産は、〔蒸気を浴びて育つ〕と言う不思議な果物【タマリンゴ】。
鳥の卵の様な形をした、拳大の真っ白なリンゴ。
蒸気の熱で発育が活性化され、立派な木となった後大きな実を付ける。
実を温泉に浸けると、白い表面が真っ黒と成り。
その代わり、果肉がトロトロの蜂蜜状へと変化する。
生のまま齧っても良し、温泉に浸してトロットロにしても良し。
タマリンゴはジョーエン原産では無い、別の場所から持ち込まれ栽培された物。
物好きな人間が、『面白いお土産品を作りたい』と。
ここに植えたのが始まり。
それが今では、元在った場所よりも評判が高くなって。
これ目当てでジョーエンを訪れる者も、少なからず居る。
蜂蜜状になった果肉を使って、創作スイーツを研究する者や。
表面に細工をして、皮に白黒で模様を描き。
中をくり抜いて、ランプなどの様なインテリアに仕立てる職人など。
ここでしか出会えない物を求めて、集まる人々。
彼等の移住により、町は益々活性化して。
物流拠点と言うよりは、温泉関係が主産業となった。
それでも、物流の重要拠点なのには変わり無い。
何しろ、ここは。
人間族三大国のどれとも、良好な関係を保っていたから。
ジョーエンの町を進んで行く、ミギィとラピス。
昔は秘湯で、今は観光の目玉。
【煌めきの湯】と呼ばれるその温泉は、トンネルから見て窪地の真反対側に在る。
離れ小島の様に、窪地の端からポツンと離れていて。
外側から眺めれば、山の斜面からツンと真上へ突き出た格好に見えるだろう。
窪地からの距離は大体50メートル、道理で秘湯に成る訳だ。
そこをどうやったのか、吊り橋が間に敷かれた。
飛べない種族は、橋をえっちらおっちら渡る事に。
飛べる種族は、温泉の周りへとまず着地し。
受付を済ませた後、湯にへと浸かる。
源泉の保護の為、直接湯へと入り込めない様に。
今は、ドーム状の膜が空中に張られている。
何処かの種族と協力を取り付けたのだろう、鳥人でも破れない特別製。
湯はそれで囲まれている為。
鳥人も、人間族の作ったルールに渋々従っている。
初めは、カワセミ科・ヤマセミ科を筆頭に。
人間族による独占を嫌っていたが。
町が発展するにつれ、温泉の価値が高まり。
結果として、『温泉の保全に繋がる』と判断を変えた。
人間族も、鳥人に対しては格安で提供している。
お互い持ちつ持たれつ、そんな関係へとなって行った。
その証が、湯を囲んでいる通路に整備された〔脱衣所〕だ。
〔煌めきの湯〕は。
直径30メートル程の、やや楕円形な湯と。
その周りに在る、幅が50メートル程の外周から成る。
外周にはその幅と同じ程の、訪れた者が通る為の木製の通路と。
橋から渡って来た者がまず遭遇する、番台の様な木製の建物が。
それぞれ整備され、活用されている。
土や金属はなるべく使わない、湯によって錆びたり崩壊したりするから。
人間ならではの知恵、これにより構造物は成り立っている。
普通は番台で受付を行う、それは魔物の様な飛べる種族でも同じ。
但し鳥人は特例で、〔特別なパス〕を持っている。
それを。
通路の途中に4か所在る脱衣所、そこへ入る為の扉へ翳す事によって。
『受付をした』と見做し、番台からでなくとも入る事が出来るのだ。
脱衣所には、ロッカーの様な棚が並んでいて。
番台で受付時に渡された、この中でしか使えないパスを翳して。
棚の扉をロックして、荷物の盗難を防止している。
鳥人専用の棚も、勿論備わっている
安心して湯に浸かれる仕組み、これにはどうもエルフが絡んでいるらしい。
パスの造形は、エルフの十八番だからだ。
脱衣所からのみ、湯の方へ進める。
桟橋の様な物が湯の側へやや出っ張っていて、そこから湯の中へ入る。
深さは成人の股下程度。
肩までゆっくりと浸かれる様に、端に腰掛け用の岩が幾つも設置してある。
煌めきの湯は1箇所しかない為、当然混浴。
裸を見られるのが恥ずかしい者が殆ど、そこで商店街の出番。
そこではシャンプーの様な洗剤と共に、混浴用の水着が売っている。
サイズが豊富、デザインも様々。
季節が変わる毎に新作も出る、この水着は。
川や湖などと言った場所でも使用出来る。
他の場所でも水着は売っているが、ここのバラエティさには到底敵わない。
うっかり買い忘れた、そんな人も安心。
番台でも水着は売っている、但しサイズ等は限定される。
トンネルからジョーエンに入る時にも、ちゃんと注意喚起の看板が立っている。
『煌めきの湯で楽しみたいあなた!水着はちゃんと用意しておきましょう!』と。
トンネルから煌めきの湯へ行く者達にとっては、商店街は必ず立ち寄る場所。
そう言い切っても良い。
だからこそ、商店街は。
『怪しい者を監視する』と言う、裏の役目も負っている。
不審人物は見つけ次第、警備兵に通報する。
警備兵はその者を、こっそりと見張る。
盗み等を働こうとした瞬間には、既に何人かの警備兵に囲まれている。
セキュリティの意識も高い、この町は。
こうして成り立っているのだ。
警備兵の数は、かなり多い。
それを雇えるだけの経済力も、ジョーエンは持っている。
そんな町を取り仕切る者とは、如何なる人物か?
いずれ、登場する事も有ろう。
それよりも今は、ミギィ達の動向だ。
商店街で、嬉しそうに水着を選んでいるラピス。
騒動に巻き込まれているとは言え、やはり乙女。
水着選びも、慎重に。
一方で、デザイン等に興味の無いミギィは。
『身だしなみは、大事ですよ!』と、ラピスに怒られる。
自分にとっては、どれも大して違いが無い。
しかしそんな事を、口にする訳には行かないので。
『任せる』と、一言だけ。
それを受け、ラピスは。
ご機嫌な感じで、ミギィの分の水着も選び始める。
こんなミギィの姿を、サフィ達女性陣が見たら。
何て言うだろうか?
吊り橋の袂まで来た、ミギィ達。
この先には、何が待ち受けているのか。
考えたくもないが、これも役目。
ここにも一応、関所の様な建物が建っている。
そこで、怪しい者では無い事を示す。
大概は、ほぼ素通り。
荷物は温泉宿に預けている者が殆ど、持っている物は水着や洗剤。
物騒な物を持ち込もうとする者は、まず居ない。
しかしここで、ミギィの剣が引っ掛かった。
サラからは、『いざとなったら飛んでくから、安心して』と言われたので。
仕方無く、ここへ剣を預ける。
『儀式用の剣なので、大切に扱う様に』と、念を押すミギィ。
切れ味が全く無い事に加え、真っ二つにぶった切られた形状をしていた為。
関所の番人も、ミギィの主張をあっさりと信じた。
予期せぬトラブルが有ったが、何とか通過。
楽々対面通行出来る程の幅を持った、吊り橋を渡りながら。
ミギィ達は、煌めきの湯へと向かうのだった。