黒マントの2人に纏(まと)わり付く〔噂〕とは?
森を出ると、見かける植物は少ない。
それ程尾根は、荒廃している様に感じる。
標高が高く、生育出来る草木の種類が限られている事も有るが。
敵が潜みながら、町や村へ近付くのを。
防ぐ狙いも有る。
植林されているのは、宿泊小屋を風から守る為の防風林位。
だから、賢者の住まうとされる森は。
異質さが際立っている。
ここをわざわざ通り抜ける者は居ない。
山の斜面に、迂回路が設置されている程だ。
森へと通じる道は確かに在る、しかし注意喚起を兼ねた案内標識が分岐路に立っているので。
旅人は疑う余地も無く、迂回路へと回る。
地元の人々が、辺りの事を一番良く知っている。
そんな者達の意見に逆らう奴は、大概痛い目に遭う。
それが旅人の常識。
何かの目的、余程の事情が無い限り。
すんなりとルールに従うのだ。
そんな訳で。
尾根伝いに歩いて来て、分岐路まで来たミギィ達を。
不思議そうな顔で見つめる、旅人達。
聞こうか聞くまいか、迷っている様だ。
その中でも、好奇心が一際強いのだろう。
或る者が思わず、ミギィ達に尋ねる。
「あんた達、あの森から来たのかい?」
後ろに見える森を指す、尋ね人。
黙ってコクリと頷くラピス。
質問を投げ掛けた者は、更に尋ねて来る。
「中はどうだった?俺達も通れそうか?」
今度は首を横に振るラピス。
そして、フードを深く被るミギィに向かって。
ボソッと呟く。
「急ぎましょう、〔師匠〕。」
「し、師匠だって!?」
ラピスの言葉に反応する、旅人。
軽く会釈をし、黙って旅人達の横を通り抜ける2人。
その時ミギィは、わざとフードをめくり上げ。
薄くなっている左側を、旅人達に見せた。
そして慌てた振りをして、また深く被る。
スタスタと歩いて行く2人、それを立ち尽くしながら呆然と見送る旅人達。
2人の姿が小さくなると、途端に騒がしくなる。
旅人達の口から出た最初の言葉は、こうだった。
「【あの噂】は本当だったのか……!」
暫く歩くと、宿泊小屋が見えた。
丁度日も陰って来たので、今日はここで1泊する事に。
小屋と言う位なので、特に設備は無く。
眠る為のスペースだけ、食事等は自前で用意しなければならない。
ラピスから食べ物を受け取り、モグモグ食べると。
直ぐに横になるミギィ。
2人は相変わらず、フード付きマントを脱がない。
そのまま小屋の隅で、眠りに就くミギィ。
その前へ立ち塞がる様に、ラピスもゴロンと寝転がる。
辺りの警戒を怠る事無く。
真っ黒な出で立ち、余所余所しい雰囲気。
2人は眠ってしまった、そう思い込んだ他の宿泊者は。
ボソボソと話をし出す。
『チラッと村で耳にした話だけどよお。あれって、あの2人の事じゃあ?』
『私もそんな気がするわ。』
『俺は信じらんねえなあ。』
『そう?なら、そうで良いんじゃない?』
そんな声が、微かに耳へ届くと。
眠った振りをしていた、ミギィとラピスは。
見合ったまま、ニヤッと笑う。
そして今度は、本当に眠りに就くのだった。
翌日の早朝、宿泊小屋を出るミギィ達。
ハッタリが効いたのか、寝ている間も。
相部屋状態となった者達からは、何もされなかった。
尾根に沿って伸びる街道を、ボーデンクライフの後ろ側へ向かう感じで。
ドンドン進んで行く。
2~3時間は歩いただろうか、街道に分かれ道が出現。
ボーデンクライフの在る側とは反対の斜面に、向かっているらしい。
標識には、こう書かれてある。
尾根伝いに登って行く方角へは、《この先、【ジョーエン】》。
分かれ道の方角へは、《この先、【カベンタ】》。
そして2つの標識の上には、更に。
《ようこそ、〔ケッセラ〕へ》との標識が有った。
つまりここは、ケッセラと他コミュとの境界点。
人間コミュへと入る事を意味する。
歓迎しているのか、牽制しているのか。
ミギィには今一、良く分からないが。
前日ラピスが風呂に入っていない事も有って、ここは一旦カベンタへと向かう事にした。
スッと脇道に逸れると、標識の辺りに居た旅人達が。
『あっちに行ったぞ?』『付いてってみようか?』などと話している。
それに目もくれず、ミギィ達は。
カベンタへと歩いて行くのだった。
カベンタは、山の斜面に開いた大きな洞窟を。
人間が暮らせる様に改装して、誕生した村。
標識から尾根伝いに、そのまま行くと。
特別な温泉が有る、ジョーエンの町までは。
宿泊小屋を1つ挟むので。
一度身体を綺麗にしたい旅人は、カベンタへと立ち寄るのだ。
だからここを訪れるのは女性が多い、勿論風呂は常時使用可能。
ここにも温泉が湧いている、それを利用しているのだ。
効能は、一般的な温泉と変わらず。
〔血行促進〕や、〔関節痛に効く〕など。
じゃあ、ここで良いじゃないか。
わざわざ苦労して、頂上付近まで登らなくても……。
そう思うかも知れないが。
ジョーエンの温泉は、前に記した通り。
〔鳥人の羽を艶やかにする〕と言う、謎の効能が有る。
それ以外の種族にも、不思議な効能が有るので。
そこへ浸かるのを、楽しみとして取って置く人達も多い。
2~3日風呂無しでも我慢する、その方が喜びが大きい。
温泉マニアの様な思考が、旅人を駆り立てている。
好き好きに行動している結果、カベンタとジョーエンの分かれ道では。
それぞれに向かう人々の数は半々。
そもそも鳥人は飛んで、直接ジョーエンに向かうので。
カベンタには寄らない。
そう考えると、温泉マニア思考の旅人の数は。
侮りがたいのかも。
しかし、殆どの旅人は知らない。
カベンタは元々、鳥人の暮らす場所だったと言う事を。
カベンタの中でも、一番豪華そうな宿へと入るミギィ達。
宿の主人は、如何にも怪しげな格好の2人を。
快く出迎えた。
宿代も、『前もって頂いております』との事。
法外な金額を払ったらしい、この宿は2人の貸し切り。
この宿は混浴では無い、2人は分かれて風呂へと浸かる。
身体や頭を洗う為の洗剤らしき入れ物が、壁際に備え付けられている。
高級感を演出する様に、豪勢な飾り付きで。
中身は微妙に違うらしい、種族に応じて使い分けると言う事か。
何とも、至れり尽くせり。
来ていた衣服は、ラピスの魔法で綺麗にした。
黒マントの方は、汚れや臭いが付かない仕様となっている。
宿の中では、黒マントを脱いで。
明るい表情を、宿の主人に見せつける。
和やかな2人、仲良く食事を取っている。
しかし会話の内容は、何やら変だ。
「明日はいよいよ。ジョーエンまで行きますよ、師匠。」
「うむ。楽しみであるな。」
「はいっ!」
ラピスはミギィの事を、〔師匠〕と呼び。
ミギィは慣れない、偉ぶった言葉遣いで。
ラピスに話し掛けている。
会話の内容を聞いて、宿の主人は思う。
やはり、あの話は本当だったんだなあ。
【賢者とその弟子が、湯治目的でジョーエンに向かう】なんて。
初めは、宿の主人も疑っていたが。
気前良く大金を払ってくれた、自称〔賢者の知り合い〕の存在と。
こうして、2人の姿を目の当たりにしたら。
信じざるを得ない、そう言った心境。
ようし、明日2人が宿を離れたら。
村中に自慢してやろう。
そうすれば、きっとお客も増える筈。
ふっふっふ、引き受けて良かった。
商売根性に火が付いた、宿の主人は。
ほくほく顔で、食事中の2人を眺めるのだった。
「世話になったな、ご主人。良き宿で有ったぞ。」
「有り難き幸せにございます。」
「では。」
「またのご利用、お待ちしております。」
「うむ。」
翌日。
宿の主人に見送られながら、ミギィは建物を出る。
後に続いて、ラピスも。
主人に軽く会釈し、タタタとミギィの後ろへ。
2人の姿が見えなくなると、宿の主人は。
自ら自慢しに行くまでも無く、住民や旅人達に囲まれていた。
お目当ては勿論、噂の件に付いて。
根掘り葉掘り聞かれる主人は、嬉しい悲鳴を上げていた。
こんなに広告効果が有るなんて!
きっと、夢心地だったに違いない。
本当に夢なのだと知ったら、主人はどう思うだろうか?
分かれ道まで戻り、再びジョーエンへと向かう2人。
以上の事で。
〔オイラスが考えた策〕の半分位は、お分かり頂けただろう。
それを着々と遂行する、ミギィ達。
与えられた役割をこなしながら、皆黙々と。
目的地である町へと、歩んで行くのだった。