〔賢者の森〕に、集合!
ラピスは予定通り、尾根から堂々と森へ入る。
その時、幾つかの影を見た。
これが恐らく、オイラスの言っていた〔見張りとして立たせている分身〕なのだろう。
ラピスは考えながら、同時に。
師匠の心配りに、改めて感謝する。
その思いから自然と森へ一礼し、中へと進んで行った。
その頃、土の中のミギィ達は。
モコモコと外壁が波打つ中、順調に進んでいる様だった。
『進んでいた』と言い切る事が出来ないのは、土の精霊によって自動的に運ばれている為。
ミギィ達も。
どの辺りに居るのか、森へ近付いているのか。
皆目、見当が付かない。
土の精霊を、ただ信じるだけ。
オイラスは賢者、契約している精霊のランクも高い。
その中でも最高位と締結しているらしい、土が素直に動いている。
土の精霊は、この世界では良く見かける方。
大地が土で出来ているから、当然と言えば当然か。
場所によって土の特色が著しく違う為、土の精霊は種類が豊富。
明確に名前を挙げ、区別するのも面倒なので。
この世界の住人は、一括りに〔土の精霊〕と呼んでいる。
但し、最高位の内の1つ【ノーム】と。
最低位の内で、その他大勢扱いの【ツチクレイ】は。
別途、名前で呼ばれる。
〔存在が抜きん出ている〕と言う事だろう。
ツチクレイは、土の粒子一粒一粒に宿る精霊で。
粒子に魔力をふんわり乗っける程度。
土属性の魔法を習得するには、まずツチクレイの大群を制御する事から始まるので。
最低位ながら、人々に意識される存在。
逆にノームは、『賢者の中でも、契約者が殆ど居ない』と言う気難しさから。
賢者を目指す者達の間で、引く手数多な存在。
つまり、土属性の魔法を極める為には。
ツチクレイから始まり、ノームで終わるのが理想。
流石のオイラスも、ノームと契約するまでには至っていない。
別系統を複数取得する事さえ、普通は困難。
余程、精霊に好かれる体質でもない限りは。
賢者はそれを実現した者、だからこそ少ない。
『ラピスには、その資格が有る』と、オイラスは見抜いていた。
魔法使いの才能とは、何も魔力の扱いに長けている事だけでは無い。
複数の属性を同時に操る、その為には色々な精霊に好かれ契約を成し遂げる。
精霊を魅了する力もまた、才能なのだ。
と言う訳で、何と無く。
ズズズと、土の中を動き回っているミギィ達。
横に暫く進んでいたかと思うと、少しずつ上昇気味になり。
或る地点で、垂直に上がり出した。
不思議とミギィ達の頭の上には、土が降って来ない。
パラパラと落ちる事も無く、綺麗に横へ逸れている。
ここからも、土の精霊の統率が取れている事が分かる。
土の精霊が実体化する事は、滅多に無い。
姿を現しても、小さ過ぎて気付かないだろう。
そんな存在、だからこそ可愛がる者達も居る。
ドワーフの様に。
ジーノは、ランタンを高く掲げ。
天井をジッと見つめながら、上昇加減をうかがっている。
ドワーフは、周りの土の状態で。
地表からどれ位の深さに居るかを、測る事が出来るのだ。
うんうん頷いているジーノ、地表は近いらしい。
上昇速度が落ちて行き、人が木に登る程度の速さまでになると。
程無く、天がパカッと開き。
優しい光が、上から降り注ぐ。
ミギィ達の立っている地面がじんわりと、周りと同じ高さになると。
ピタッと動きが止まる。
そして表面には、草が生い茂り。
ここで、土の精霊の役目は一旦終了。
下手に動くと、うっかり森の外へ出かねないので。
森へと辿り着いたミギィ達は。
ラピスが見つけてくれるのを、その場でジッと待つのだった。
ラピスが来るまで、辺りを見回していたミギィ達。
特殊な物が有るのではないか、そう思っていたのだが。
何の変哲も無い、木々の集合体。
生えている草も、山間では当たり前に見かける物ばかり。
オイラスは本当に、ここで暮らしているのだろうか?
疑問を持つアーシェ。
ジーノも、土の精霊に対する強い魔力は。
辺りから感じなかったと言う。
あれだけの芸当を成すのなら。
この土地に作用した魔力の痕跡が、何処かに残っていてもおかしくないのだが。
考え込む、ジーノとアーシェ。
対照的にアンビーは、気楽な物で。
「良いじゃん、別に。こうやって、無事に来れたんだから。」
「そうは言うがなぁ……。」
「アーシェは、何でも難しく考え過ぎ!そんなんじゃ、モテないぞっ!」
「モテなくとも良い。」
「ふふーん?『誰かさんさえ振り向いてくれれば』って事?」
「ち、違う!断じて否だっ!」
どうも今回の旅、アーシェはアンビーにペースを狂わされっ放し。
サフィは、これも計算済みだったのだろうか。
『堅苦っしいのは、いい加減無し!』と、この場に居たら言っていたに違いない。
その役目を、アンビーに肩代わりさせたとか?
ミギィ達が森へ入った後少しして、木々の間からラピスがやって来る。
オイラスから、『あそこに居る』と聞かされたのだろう。
迷う事無く、真っ直ぐやって来た感じ。
急いで駆け付けてくれたのか、ラピスの息が少し上がっている。
息を整える様、ミギィが声を掛ける。
「急がせてしまって、申し訳ありません。」
「いえいえ。こちらこそ、待たせてしまった様で……。」
ラピスはそう言いながら、ミギィの後ろで繰り広げられている光景を見つめる。
オラが感じない、そんな力の使い方が有るのかなあ。
そう思いつつ、首を捻っているジーノと。
ぎゃあぎゃあ言い争っている、アーシェとアンビー。
「ああ、あれは違います。こちらの都合ですよ。」
「そうですか。」
ミギィにそう言われ、ホッとするラピス。
『ほらほら、こっちを見る見る!』と、手をパンパンと叩き。
3人に声を掛けるミギィ。
それでやっと、ラピスの到着に気付いたらしい。
『遅ーい!』と叫ぶアンビー、『いや、十分に早いだろ』と冷静に突っ込むジーノ。
振り回され過ぎて、少しヘタっているアーシェ。
『か、構わず続けてくれ』と、こちらも息が上がっている。
「だらしないのーっ。」
アンビーにそう言われても、反応する気にならない。
ここからは、打ち合わせ通りに。
ミギィ達は準備を始めた。
〔準備〕と言っても。
ミギィとラピスが、フードの付いた黒マントを羽織るだけ。
しかしこのマント、そんじょそこらの代物とは全く違う。
賢者の様な、魔力の強い者が。
世界を移動する際、魔力感知を逃れる為に着用する物。
居場所を察知されない様に開発された、特別品。
誰が、これを編み出したのか?
賢者? いや違う。
これも、神々の仕業。
地上へ視察に来た時、『神だ』と言う事がバレない様。
使用していた物を、賢者が拝借したのだ。
お陰で旅路の途中、窮屈な思いをしなくて済む。
すれ違う旅人さえも、賢者だと分からないのだから。
賢者にとって、〔自由度を高めてくれた逸品〕と言えよう。
そんな神々も、地上へ降りて来なくなって随分経つ。
だから賢者は、完全に自分の物にしてしまった。
製法も、研究の末に体得し。
マントを作っては、弟子に譲る事も有った。
師弟関係を築くのにも好都合だったのだ。
己が作ったマントは、はっきり『それだ』と感じる事が出来る。
そうやって、身内かそうで無いかを明確にした。
感じなければ弟子では無い、不用意に姿を現さずに済む。
無駄な衝突を避ける手段でも有った。
今回は、オイラスが作った黒マントに。
サラが魔力を橋渡しして、ミギィとラピスの間でもお互い認識し合えるようにした。
これならどちらかが逸れても、居場所を察知可能。
〔師匠と弟子〕の関係を示す、都合の良い手段。
では何故、こんな手の込んだ事をするのか?
それこそが、〔オイラスが考えた策〕の肝だった。
「じゃあオラ達、また潜るから。」
「えーっ、もう移動なのー?」
「駄々を捏ねるな、アンビー。これも作戦なのだ。」
「アーシェ、あんたねー。淡々とし過ぎ。」
「与えられた役割を遂行するだけだ。ほら、行くぞ。」
「ちぇーっ。」
「兄貴!また後でな!」
そう言って、ミギィに手を振るジーノ。
地面に何やら囁くと、再びズズズと沈み出す。
『先に行ってるねー』と、アンビーも手を振る。
「あんたも、ほれっ!手を振るっ!」
「し、しょうの無い奴だな……。」
アンビーに促され、照れながらアーシェも軽く手を振る。
『直ぐに追い付くからな!』と、下がって行くジーノ達に叫ぶミギィ。
深々と沈むと、穴はゆっくり閉じ。
ジーノ達の姿は見えなくなる。
何事も無かった様に、草むらへと戻る地表。
「さて。俺達も向かいましょうか。」
「ええ。」
フードを被り、森の中を進んで。
尾根へと出る、ミギィとラピス。
目指すは、〔ケッセラ〕内に在る温泉。
温泉なんて場所で、オイラスは。
ミギィ達に、何をさせようとしているのか?