対峙
鋭い剣先を向け、突っ込んで来る影。
刃先から。
刀身は長さ6~70センチ、幅15センチ程の大剣だと分かる。
素早く大振り出来る代物では無い。
ならば。
ヒィは剣を構えたままの姿勢で、ジッと相対する。
「己の未熟さに、諦めたか!」
煽る影。
しかしヒィは動じない。
ガインッ!
ヒィの持つ剣を横に払い、懐へ飛び込もうとする影。
その時。
ドスッ!
鈍い音。
ヒィの剣の刃の部分が、影の纏う毛布に密着。
そのままヒィは。
マッチを付けるが如く、剣を上へ擦り上げる。
度々言及するが、ヒィの持つ〔不殺の剣〕に切れ味は無い。
鈍器と変わらない。
しかし刀身の滑らかな曲線は、対象に密着させる事で真価を発揮する。
素早く擦り上げる事が出来る、その形状によって。
対象物との間に、強烈な摩擦が生じ。
毛布1枚位なら、簡単に焼き切る。
メラメラと火が灯る毛布は。
あっと言う間に燃え上がる。
慌ててバッと、毛布を剥ぎ取る影。
中から現れたのは。
「やはり、女性か。」
姿から察するに、女剣士。
銀色の長髪を後ろ手に束ね。
肩の下辺りまで垂れ下がったポニーテールが、後頭部で跳ねている。
キリッとした顔付きは、上品さを兼ね備え。
何処かのお姫様の様に、キラリと輝く物が有る。
美人と言うよりは、美形。
胴体の上下には、銀色に輝く金属製の鎧。
肩当て有り、籠手有り。
すね当てまで有るが、見た目程重くは無さそうだ。
軽やかなバックステップで、ヒィから距離を取る。
そして突く様に剣を横に寝かせ、チャッと切っ先をヒィの胴へ向ける。
そして、一喝。
「その程度の腕で、私は倒せんぞ!」
「倒す必要など無い!無益な事は止せ!」
「戯言を!」
女剣士とヒィとの睨み合い。
ヒィは再び、胴の前に剣を構える。
余りの緊張感からか、鼻がムズムズし出すジーノ。
駄目だと分かっていながら、止められず。
思わず、『ヘッキシューーーンッ!』
それを合図に。
「これで!終わりだーーっ!」
ヒュッと剣を突き出す女剣士。
その動き出しに、微かに筋肉の反応が見て取れた。
力む女剣士に対し、終始リラックスしていたヒィは。
スッと横へ切っ先を躱すと、刀身を銀の鎧へとぶつける。
そして無理やり押し返す様に、再び擦り上げる。
その時、後ろから声が。
「やっちゃえーーっ!えーーいっ!」
あの変な棒の先を振るって、ヒィ目がけ何かを発射するサフィ。
それは物凄い勢いで飛んで行き、擦り上げる途中の剣の刃先へと宿る。
すると。
ジューーーッ!
ドローーッ……。
何と、ヒィの剣はそのままなのに。
女剣士の鎧の、擦られた部分が溶け出した。
「ぐっ!」
余りの熱さに、女剣士は思わず剣を落とす。
そしてその場で転げ回る。
「うわああぁぁぁっ!」
もだえ苦しむ姿は、さながら地獄の様。
思いも寄らぬ出来事に、唖然とするギャラリー。
見ていたネロウも、棒立ちのまま。
口をあんぐりと開けたままのジーノ。
ヒィだけは、バッとサフィの方を振り向く。
そして一言、怒鳴る。
「何をした!」
余計な何かをやらかした。
それだけは分かった。
途中から、擦り上げる剣の手応えが変わったから。
ガシッと堅い固体では無く、ドロッとした液体を。
ぶった切る様な感覚。
その証拠に、苦しんでいる女剣士の鎧は。
鋭く斬られたのでは無く、ドロリと形を崩している。
顔を真っ赤にして、喘いでいる様を見て。
ここまでするつもりじゃ無かったのに……。
そう、心の中で呟くヒィ。
こうなるとヒィにも、どうして良いか分からなくなる。
不本意な結果なのは、ジーノも同じ。
凄い事は凄いが、痛々しくて見てられない。
このままでは、あの姉ちゃんは火傷で死んでしまうだろう。
それは、兄貴の意思じゃ無い。
ただ押し返して、『攻撃が無駄だ』と悟らせ。
剣を引かせるつもりだった。
兄貴は、根が優しいもの。
それなのに……。
オロオロする、ヒィとジーノ。
黙って見ているしか無い、野次馬達。
その中をスイーーッと、涼し気な顔でサフィが通り過ぎる。
女剣士の前まで来ると、こう呟いた。
「こいつの凄さ、思い知った?」
「わ、わ……。」
「え?何て?」
左耳に手を当て、わざと大声で聞き返すサフィ。
残酷な光景に思え、ギャラリーの中には顔を背ける者も出始める。
微かに女剣士が、声を漏らす。
「わ、分かった……。」
「そう!それで良いのよ。」
元気に声を出すと、サフィは女剣士を仰向けに寝かせ。
その右隣に『よいしょ』としゃがみ込むと。
鎧の、ドロリと溶けている部分に右手のひらを翳す。
すると、手の平から水色の光がパアアッと漏れ出し。
見る見る内に、鎧が直って行く。
顔の赤みも取れ、何事も無かった様に。
上体を起こせるまでに回復。
火傷なんて、嘘の様。
目をパチクリさせる、女剣士。
鎧を探ってみるも、傷1つ残っていない。
サフィは、女剣士の背中を『バシーン!』と叩き。
うんうん満足気に頷くと。
ドヤ顔で、ヒィの方を向いて。
胸を張り、自慢気に語る。
「どう?これが【女神の力】よ。信じる気になった?」