厄介な者、あちこちに
ヤンゴタ渓流にミギィ達が来てから、4日目。
それは丁度、ヒダリィ達が〔アマレイ〕で休んでいた頃。
ネフライの住まう横穴に到着した、ミギィ達。
奥へ奥へと案内される。
突き当りのY字を左に折れ、客間へと入って行く。
紺色の絨毯が床に敷かれ。
中央には木製の四角いテーブル、その周りに椅子が置かれている。
ネフライの従者が、椅子を綺麗に並べ直し。
ミギィ達が席に着く。
もう1人の従者が、飲み物をテーブルに置いて行く。
従者達が下がり、これで準備が出来た。
席順は、入り口の真反対である主の席にネフライが。
入り口から向かって右に、奥からラピス → ウルオート。
向かって左は、奥からミギィ → アーシェ。
入り口の方には、アーシェ側にジーノ。
ウルオート側にアンビーが座った。
ミギィは背中から剣を抜くと、テーブルの中央にゴトッと置く。
サラの話を聞き易い様に。
相変わらず存在が不安定なので、サラは声だけ。
姿は見せない。
ネフライが、剣に問い掛ける。
「それでは、ご説明を。」
『了解。』
サラは返答し。
オイラスがラピスを守る為、尾根に影を配置した背景を話し始めた。
サラが話した内容を、ザックリと記述すると。
ラピスには、魔法使いとしての類い稀なる才能が有った。
それをオイラスが、日々鍛え上げていた或る日。
【厄介な奴等】に、ラピスの存在を気付かれてしまった。
魔の手が迫るのを恐れたオイラスは、自分の分身の様な物を生み出し。
ラピスが森へ入る時と出る時、見張りとして立て警護した。
森に達するまでは、ラピスは羽搏いて宙を飛んでいるので。
〔ボーデンクライフ〕の平地に建つ櫓から、その姿が丸見え。
そんな状況下では、連中も簡単に手出しは出来まい。
そう踏んでいた。
賢者は、俗世とはなるべく距離を取るのが普通。
保持する魔法の力が大きいので、行使すると生態系を乱しかねないから。
逆に言うと、そう言った気遣いの出来ない者は。
『賢者として相応しく無い』と、精霊から契約を拒絶される。
だから、ラピスにもしもの事が有っても干渉は難しい。
これ位しかしてやれない、それが掟だから。
だから一刻も早く一人前に育て上げ、自立を促そうとしたのだが。
間に合わなかった。
そこへ、ミギィ達がやって来たと言う訳だ。
怪しい連中が、自分を利用しようとしている。
その言葉より。
自分には、魔法使いとして凄い才能が有る。
そう言われた事の方が、ラピスを悩ませる。
師匠に近付きたい一心で、修行に励んでいたが。
そんな風に評価されていたなんて……。
過大評価の様で、困惑するラピス。
彼女に、ミギィが声を掛ける。
「気持ちは分かりますよ。俺も毎度、そうですから。」
「兄貴は本当に凄いんだって。そろそろ自覚してくれよ。」
「だからそれは言い過ぎなんだって、ジーノ。お前こそ分かってくれよ。」
「だってオラ達、間近で見て来たもん。なあ、アーシェ?」
「そうだぞ。もっと自分に自信を持て。」
「そんなんじゃ無いんだってば。はぁっ……。」
ラピスを励ますつもりが、自分に跳ね返って来たミギィ。
ミギィ達のやり取りを見て、ラピスは考えを改める。
自分だけじゃ無いんだ、ここにも同じ境遇の人が居る。
しかも、力を正当に評価してくれる仲間が周りに付いている。
師匠は、彼の仲間達と同じポジションなのだろう。
こんな自分に、きちんと向き合ってくれる存在。
何て有り難い、何て尊い。
私は〔魔法使いとして〕以前に、〔鳥人として〕まだまだ未熟だったんだなあ。
師匠の期待に応える為、しっかりしないと。
ラピスの瞳に、確固たる意思が宿る。
その眼差しは鋭かった。
雰囲気がガラリと変わった事を感じ取ったウルオートは、『なるほどな』と思う。
賢者殿が気に掛ける訳だ、この者は将来化けるかも知れない。
ラピスに対する評価を上方修正したウルオート。
その中で、気懸かりが1つだけ有った。
ウルオートはそれを確認する為に、サラへ尋ねる。
「お聞きしても宜しいか?」
『良いよ。』
「その厄介者に気付かれた〔切っ掛け〕と言うのは、お教え頂けるだろうか?」
『ええと、ちょっと待ってて。』
何やら、もにょもにょ呟いているサラ。
オイラスと話をしているらしい。
許可が下りた様だ、サラがウルオートに話す。
『誰かさんがチョロチョロしていたせいだって。君が考えている奴と、どうやら同じらしいよ。』
「やはりか……だから『騒ぎ立てるな』と、念を……。」
「ま、まさか!その者と言うのは……!」
アーシェは思い出す。
ウルオートが前に、『物分かりが悪い』と表現していた事を。
それは。
「そう。私達のコミュに来ている、監査人とやらだ。確か名前は、【ヘンディ】とかだったな。」
「【ヘンドリクセン】か!あいつ、余計な事を!」
苦虫を噛み潰した様な顔に成る、アーシェ。
ミギィがアーシェに尋ねる。
「知り合いなのか?」
「ああ。あいつは、【ヘンドリクセン=ヘムト=ドッタリーア】。カッシード公国の1貴族〔ドッタリーア家〕の跡取り息子で、出世欲の強い男だ。」
何とかして、多大な実績を上げたい。
そうすれば、国内で出世街道まっしぐら。
監査人なら、手っ取り早く評価が得られる。
そう考えたのだろう。
部下を使い、あちこちでちょっかいを掛け。
他の監査人から〔救世の御子〕候補を掻っ攫おうとし、その中から厳選して。
『風竜人の少女は自分が発掘した』と言う事にした。
他の監査人達は度々、業務を妨害され。
かなり迷惑を被っていた。
そんな周りの評価など気にしない、〔ヘイゼル大公〕の顔色ばかりうかがっている。
父親さえも手を焼く程、スタンドプレイに定評が有る。
そんな奴が、『有力候補だ』と。
部下から報告を受けたのだろう。
その目で確かめないと気が済まないのだ、あいつは。
恐らくウルオート殿が、あいつの動きを止めてくれているのだろうが。
自分勝手な挙動で、ラピスの存在がバレてしまった。
私達の失態だ、お詫びしようも無い……。
そこまで話して、アーシェはうな垂れるのだった。
「申し訳無い!」
ウルオートに対し、深々と頭を下げるアーシェ。
実直過ぎて、頭をテーブルに打ち付ける程。
『気にせずとも良いよ』と、ウルオートは答える。
仲間内でも相当疎まれている、それが分かっただけでも十分。
これを口実に、コミュから排除する事も出来よう。
ウルオートはそう考え、ニヤッとする。
その横で、またごにょごにょと呟いているサラ。
この場に居る者に向かって、通達する様に言う。
『良い機会だから、厄介者を追い払いたいんだって。協力して欲しいってさ。』
「賢者殿に、何か策が有ると?」
ネフライがサラに尋ねる。
『みたいだよ』と、サラは返す。
ふうむ。
ネフライは考える。
〔セセラ〕から脅威が去るのは、儂等にとっても有り難い事。
賢者殿が考え出した策なら、乗るのが得か……。
考えが纏まり、ネフライはサラに答える。
「儂達は、従いましょう。」
「竜人にとっても、それは理に適う事でしょうか?」
今度はウルオートが、サラに尋ねる。
『だと思うよ』との返答で、ウルオートは。
「輝竜帝にお伺いを立てないといけませんが。恐らく賛成されるでしょう。」
サラに、そう告げる。
ラピスは、『師匠を信じます』とだけ。
後は、ミギィ達だけだが。
「やるよな、兄貴?」
「ああ。困っている人を放っておけないしな。」
「さっすがー!かっこいいぜ!」
「そう言うのは止せって。」
ノリノリのジーノ、使命感に燃えるミギィ。
『ミギィが乗るなら』と、アンビーも賛成。
アーシェは『身内の不始末、必ずや拭って見せよう』と、真剣な面持ち。
『決まりだね。じゃあ詳細は、また明日って事で。』
そう告げると、サラは剣へ引っ込んだ。
直ぐさまウルオートは、事の次第を伝えに〔エンライ〕へ戻る。
ラピスも、自分の部屋へと戻って行った。
ネフライは、仮宿へと向かおうとするミギィの手を取り。
『くれぐれも、ラピスの事を頼みます』と言う。
その手には、無意識に力が入っていた。
『はい!』と、その心に応える様に。
ミギィも高らかに、誓いの返事をするのだった。