ナパーレ、不思議な町
途端に元気になって、薄暗い中をズンズン進んで行くサフィ。
『現金だなあ』と思いながらも、続くユキマリ。
ゲイリーともう1人以外のエルフは、先行してナパーレへ。
続いてヤマガラ科も、荷物を運び入れる為に飛んで行く。
エルフの町・村は、境界が曖昧な筈なのに。
どうしてサフィは、遠くから町の存在を目視出来たのか?
それは他の場所とは違う、ナパーレ特有の事情に有った。
ゲイリーの後ろに付いて、サフィ達は町の中へと入る。
明確にそう言い表せるのは、町の入り口を示す〔アーチ〕を潜ったせい。
前に起こった、宝物奪取に係わる混乱の時。
容易く町へ侵攻されてしまった、その教訓として。
不本意では有るが、人間による町造りの手法を取り入れて。
ナパーレ全体を改造したのだ。
周りに高さ15メートル程の柵を設け、下手に侵入されるのを防ぎ。
高い木の上に、見張り用の小屋を作った。
それも4つ、等間隔になる様に。
ここだけは絶対に死守する、そんな強い意志が感じられる。
エルフの暮らす家々も、新旧が混在している。
昔ながらの家は、〔ダーセ〕で見られたのと同じく。
生えている木を、そのまま利用している。
家の形になる様、幹の伸びる方向を調節したり。
がっしりとしながらもやや朽ちている老木に、穴を開けたり。
比較的新しく見える家は、人間の建てる物に似ていて。
しっかりとした基礎の上に、太い木の柱を立て。
それを中心に木の板を打ち付け、壁や屋根を形成している。
木製だと不安なのか、中にはレンガ造りの家も。
それ等が森の中で溶け合っている、不思議な光景だ。
町の規模は、フキよりもやや小さいか。
サフィ達が通った入り口から、反対側の柵が微かに見える位。
森の中に在るので、周りに火が付かない様。
家の煙突は途中で90度横へ折れ曲がり、少しして上方へまた90度折れ曲がっている。
1つ目の曲がり角には、上方へ少し窪みが設けて有り。
ここへ煙が一度ぶつかって、煤や火の粉などが外へ漏れ出にくい仕組みになっている。
人間の家は大抵、開けた土地に立っているので。
煙突は空へ真っ直ぐに伸びている。
それが普通なのだ。
この煙突の形状は、エルフが考え出したのでは無い。
曽て入植して来た人間達が、森の中でも火力の高いかまどを使用出来る様に。
工夫した結果を、エルフが拝借しただけ。
利用出来る物は、遠慮無く。
貪欲に知識を吸収した結果、強固な町として生まれ変わったのだ。
人間によって齎された災厄、それを切っ掛けにして人間の知恵を用いる事になるとは。
ここにも皮肉が有った。
ナパーレに住むエルフには、人間に対する抵抗感はほぼ無いに等しい。
連中の知識を使用している時点で、そんな物は無意味と悟ったから。
だから、表向きは人間と同じ姿のサフィは。
エルフに避けられる事も無く、笑顔で挨拶を交わしている。
サフィ自身の美貌から来ているのも有るだろうが、ゲイリーが先導している事がやはり大きかった。
『宝物を戻してくれた救世主、その仲間だ』と認知されている。
終始和やかなまま、サフィとユキマリは。
町の中を進むのだった。
あちこちに掲げられている、松明代わりの。
オレンジ色に光る鉱石に照らされて、町中は結構明るかった。
その中を進み続けて。
漸く町の中心部らしき場所へとやって来た、サフィ達。
そこには、一際大きな木が聳えている。
幹の太さは3メートル程、高さは……下からでは確認出来無い。
すくすくと育ったらしく、表立った傷は無し。
その周りには、らせん状に太い蔦が巻き付いている。
時計回りで、上の方へ伸びているそれは。
足場として利用されているらしい、表面がやや階段状。
『幹に手を突きながら、ゆっくりと登って下さい』との、ゲイリーの忠告を受け。
その通りにする、サフィとユキマリ。
光る鉱石が入ったランタンが、等間隔で幹に吊るされているものの。
足元が暗く、落っこちない様に気を使い。
サフィも、はしゃいでいる余裕は無い。
無様な姿を晒す訳には行かない、女神として。
そんな事を考えていたのかも知れない。
〔アホの子〕と言う印象からの脱却、そんな目的は。
疾うに何処かへ行ってしまったのに。
真剣な顔付きで蔦を歩いて行くサフィを、滑稽に思えたのか。
ユキマリはつい、『ふふっ』と笑いそうになる。
何とか堪えるも、ズルッと行きそうになるサフィの姿に。
今度は不謹慎にも、吹き出しそうになる。
サフィの仕草によって、ユキマリの緊張は解れて行く。
サフィ本人は、そんな事を。
全く意識していないが。
グルグルと登り続ける事、何周か。
大きな枝の上へと出た。
幹と枝との間には、奇妙な物が有った。
こぶの様に丸く張り出て、小屋位の大きさ。
横には、大きな穴が1つ有る。
ここが入り口らしい、『どうぞ、お入りを』とゲイリーに促され。
サフィとユキマリは入る。
森林浴でもしているかの様な、若葉の清々しい香が充満している。
中は空洞、しかし数歩先に光が見える。
こぶの中を通り抜けると、サフィ達は驚く。
そこには、広々とした草原が。
まるで昼間の様に明るく、風が優しくそよいでいる。
サフィ達の立っている位置から20メートル程先に、1軒の家が見える。
目を真ん丸にして顔を見合わせる、サフィとユキマリ。
「あたし達、木の上の筈よね?」
「ホント、どうなってるのかしら?」
「おっもしろーい!」
「ああっ!サフィ!はしゃいじゃ駄目!」
草原の上を跳ね回ろうと、手を万歳の格好に掲げながら。
ひょいと、不用意に飛び込むサフィ。
それを慌てて止めようとするユキマリ、残念ながら間に合わなかった。
しかし不思議な事に、サフィは。
何事も無く、草原の上をピョンピョンしている。
恐る恐るユキマリは、草原に足先を付ける。
そして軽く、ちょんちょんと突く。
返って来る感触は、地面と同様の物。
ゲイリーは、サフィに『落ち着いて下さーい!』と叫ぶ。
そして、ユキマリには。
「幻でも何でも有りませんよ。安心して、お歩き下さい。」
「早く早くー!」
「はしゃがないの!」
跳ね回りを堪能した後、サフィはさっさと家の前に。
それを子供の様に叱りながら、ユキマリも辿り着く。
付き添いのエルフが、玄関のドアをノックする。
すると、召使いだろうか。
中からドアが開き、ゲイリー達の姿を確認する。
『しばしお待ちを』と、一旦召使いが奥へ引っ込む。
そして直ぐに戻って来て、『ようこそいらっしゃいました、さあどうぞ』と。
サフィ達を家の中へ招く。
『わーい!』と、大喜びでサフィが。
その言動に恥ずかしくなりながら、ユキマリも後に続く。
中は普通の家、それも人間式の。
直方体の集まり、廊下も一直線。
壁も天井も真っ平、一体誰が建てたのだろう?
ユキマリにそう思わせる程、エルフの住まいとは程遠かった。
幾つか、部屋の入り口を過ぎた後。
奥に在る、大きな部屋へと通されるサフィ達。
そこには、大きな四角いテーブルと。
客人用らしい、フカフカとしたソファ。
そして入り口から奥に、書斎に在る様な机と本棚。
机の向こう側には、これまた立派な椅子が。
そこへ座る人物に、ユキマリは見覚えが有った。
サフィの姿を見付けると、その人物は椅子から立ち上がり。
こちらへとやって来た。
そして、挨拶を。
「久し振りだな。こうして面と向かうのは。」
「そうね。ちょくちょくやり取りはしてたけど、顔を見るのは何カ月ぶり?」
間違い無い、レッダロンだ。
武闘会に来ていた時の衣装とは、風格が違うが。
『不逞な輩は許さない』と言った、真っ直ぐな眼差しは健在。
〔男装が似合う女性〕と言う表現は、レッダロンは喜ぶだろうか。
それ程キリッとした面構え、端正な顔立ち。
エルフを束ねる者としては、これ位が相応しいのかも知れない。
ユキマリの方にも、歩み寄るレッダロン。
右手を差し出して、言う。
「主が、宝物を取り戻してくれた立役者だそうだな。礼を言う。」
「いやあ。リディが、力の発動を解除してくれたお陰なんですけどね。」
「謙遜しなくとも良い。主がテルドの下へ、宝物を届けてくれたのは。紛れも無い事実なのだからな。」
「あ、ありがとうございます。」
照れながらもユキマリは、レッダロンと握手を交わす。
『ご苦労、下がってくれ』と、レッダロンはゲイリー達へ言うと。
『はっ!』と返事をし、皆ススッと下がる。
レッダロンに『そこへ掛けてくれ』と言われ、2人はソファへ。
主の席に腰掛けると、レッダロンは話を切り出す。
「積もる話も有るだろうが、まずは確認させてくれ。」
「良いわよ。」
サフィが返答する。
レッダロンは続ける。
「精霊からの連絡の件、本当か?」
「ええ。ぜーんぶね。」
「そうか……。」
テーブルに両肘を突いて、顔の前で指を組み。
難しい顔になって、考え込むレッダロン。
ユキマリは小声で、隣に座るサフィへ尋ねる。
『一体、何を報告してたの?』
『餌につられて、のこのことやって来た連中の事よ。そいつ等が起こそうとしている事もね。』
『やっぱり、何か起きるの?』
心配そうな顔のユキマリ。
目が少し悲し気だ。
『仕方無いのよ、これもエルフ達の平穏の為なの』と、断りを入れた後。
サフィはユキマリに言う。
『旅立つ前に言ったでしょ、〔役割が有る〕って。あんたも協力してよ?て言うか、あんたも〔必要不可欠な存在〕なんだからね?』