ヒダリィ達、4日目を終える
〔悪しき感情の塊〕。
同じ様な事を、前にも聞いた。
そう、あれはサフィが言った言葉。
白レンガに化け、空中島へ潜入したモノ。
そして宝物を奪わんと、暴れ回ったモノ。
その正体も、〔誰かさんのあくどい感情、悪意〕と表現された。
あれに近いってのか?
今度は、精霊の様に振る舞っていると?
じゃあ、ピノエルフ達みたいに。
こちらへ襲い掛かって来る事も有り得るな。
その可能性をサラへ問うと、『ボクも同意見だよ』と言う。
あーあ、また厄介事が……。
頭を抱えつつも、ヒダリィは。
好き勝手にはさせない、その時その時の最善手を尽くすまで。
そう、心に言い聞かせると同時に。
そう成らないのが、本当は一番なんだけど……。
なるべく争い事を回避したい気持ちも、湧いて来るのだった。
腰程の高さの小人達にくっ付いて、セキブ内を進むヒダリィ達。
日はとっぷりと暮れ、辺りは薄暗い。
今日は、これ以上はもう進めないだろう。
ヒダリィ達へ最初に話し掛けて来たご老体、【ズロ】から勧められ。
〔ベイン〕のコミュ【アマレイ】で、一夜を明かす事となった。
ベインは、うっすらと風を纏っている〔水の妖精〕。
イメージし易い様に言い替えると、〔湿った風〕に近い。
しかし風が本体では無いので、水の性質の方が色濃く出る。
つまり水属性に、少しだけ風属性が加わっている形なのだ。
風を操作する事によって、細やかな水の粒子を辺りに振り撒き。
自分達の力を発揮し易い環境へと変える。
水属性の魔法や、他の水属性の精霊・妖精の。
助けとなる存在。
それが、ベイン。
エルフに付き従っている時もベイン単独では無く、他の精霊と一緒。
だからアマレイは、ベイン中心のコミュと言うだけで。
単独コミュでは無い。
補助系の精霊は、まぜこぜに存在する方が。
お互いにとって、理が有るのだ。
そのせいで、ヒダリィ達は。
コミュのあちこちで、ベイン以外の姿を見かけた。
風の精霊【プチシルフ】は、最高ランクの風の精霊【シルフ】を一回り小さくした者。
風属性では5段階中3段目、まあまあの地位。
大きさは、約30センチ程か。
薄緑のワンピースみたいな服から覗かせている、シュッとしたシルエット。
やや透明の羽を、背中に左右2枚ずつ付け。
羽搏かせる事無く、スーッと宙を舞っている。
服から少し浮いた外側に、羽が表れているので。
リディは、自分とは違う形態の羽を持つプチシルフを。
不思議そうに眺めている。
木・草属性の精霊【グラッド】は、ベインより更に小さい小人。
背の高さは、大体ヒダリィの膝位。
黄緑の地に深緑の斑点が入った、ブカブカの浴衣擬きを着ている。
脚には下駄の様な物を履き、カランコロンと鳴らしながら歩く様は。
縁日へ遊びに来ている、子供のよう。
臆する事無く、堂々と歩いているので。
『こちらがコミュの主か』と、見た者へ思わせる程。
後は、〔ダーセ〕等に居た〔スックリ〕とか。
〔ローレンの森〕に在るもう1つのエルフコミュで暮らす、水の精霊らしき者とか。
ベインは精霊相手には、かなり寛容な心の持ち主らしい。
他の精霊達は、皆生き生きとしている。
そのベインが、あからさまに毛嫌いしたのだ。
あの少年、サラから言わせると〔精霊のつもりの悪魔〕は。
余程の厄介者なのだろう。
そう思いながら、ヒダリィは。
リディ達と共に、奥へと案内されるのだった。
「ここは如何じゃろう?」
ズロが連れて来てくれた場所は。
大きなフキの葉っぱが多数生えている、天然のトンネル。
『ここなら風雨を凌げるだろう』との、ズロの気遣いだった。
水の精霊が闊歩する状況なので、局所的に雨の降る事が有るらしい。
ヒダリィはズロの提案を受け入れ、ここで眠る事に。
その時、『身体が泥臭いと、眠りにくいじゃろう』と。
ズロが力を行使し、ヒダリィ達の身体から汚れを取り去ってくれた。
この技は、空中島の旅で。
エルフの〔スニー〕が、被っていたチロリアンハットから噴き出させた物と同一。
なるほど、こう言う原理だったのか。
納得するヒダリィ。
きっとスニーは、地上へ降りた時。
ベインと交流を持ったのだろう。
その時教わり、技を身に付けた。
レッダロンを知っていた辺り、ここまで達していたのかも知れない。
想像が膨らむヒダリィ、それを他所に。
ヒダリィの袋の中から、敷物を取り出すと。
バッと草の上に広げるリディ。
幼女の姿のまま今夜は、ヒダリィの隣で寝るつもり。
敷物の上に座り、腰を落ち着け。
干し肉を食べる、ヒダリィとリディ。
他のベイン達が持って来てくれた草を、もしゃもしゃと食べるヒース。
お腹一杯になってご機嫌になったのか、『クゥ、クゥ』と鳴きながら左右に揺れる。
その内ヒースは、『クゥ……』と呟きながら寝てしまった。
『ごゆっくり』と、ズロ達も下がると。
「俺達も寝ようか。」
「うんっ!」
ゴロン。
横に成る2人、顔を見合わせる格好。
ヒダリィの顔を眺めながら、寝息を立て始めるリディ。
それを見届けて、ヒダリィも。
心地良い眠りに就くのだった。
その頃、サフィとユキマリは。
〔ナパーレ〕近くまで来ていた。
初めに張り切り過ぎたのか、ヤマガラ科が急に失速し。
この日の内に、ナパーレまで辿り着く事は出来なかった。
結局、町の手前で1泊する羽目に。
ペース配分を見誤った事に、反省しきりのヤマガラ科。
それを見て、サフィがポツリと。
「いっつも反省してるわね、あいつ等。」
「そんな言い方は無いでしょ?彼等も、一生懸命飛んでくれたのよ。」
「それでこんな結果に成ったら、本末転倒でしょ。」
「で、でも……。」
「過ちを繰り返すなんて、しっかり反省していない証拠だと思うけど?まーた、同じ様な事をやらかすわよ?」
「ううっ……。」
ヤマガラ科のフォローをするつもりが、サフィに論破されてしまうユキマリ。
そのやり取りを、少し離れた所から聞いていたゲイリーは。
サフィの下へ歩み寄り、頭を下げる。
「彼等を許してやっては貰えませんか?使命を全うしようと、必死なのです。」
「冷静さを失う程?それはいただけないわね。力み過ぎてる証拠よ。」
「それは仕方の無い事です。それ程、ウチェメリー徽章は偉大なのですよ。」
「ふうん。そう言う事にしといたげるわ。」
「申し訳ございません。」
そう告げた後、ゲイリーは。
サフィの下から立ち去る。
慌ててユキマリは、サフィに話し掛ける。
「ちょっと!さっきから厳し過ぎない!?」
「何で?」
「『冷たく当たり過ぎ』って言ってんの!」
「あんた、何にも見えてないわね。」
「何がよ!」
冷静に返すサフィ、むきになるユキマリ。
『良いわ、あんたには教えてあげる』と、サフィは。
ユキマリの耳元で、ボソッとに言う。
『こっちを向いててくれないと困るのよ。後々ね。』
『えっ!』
サフィはわざと、そんな素振りをしている。
自分達へ、注意を引き付ける為に。
その言い分を証明するかの様に、サフィは。
こっそりと、辺りに居る精霊へ呼び掛ける。
『誰か、来てくれない?』
すると、水色の服を着た小人がスッと現れる。
ボソボソとサフィが話すと、小人はうんうん頷き。
またスッと消えた。
サフィはニヤッと笑い、ユキマリに告げる。
「全て順調よ。全てね。」