少年、嗾(けしか)けるも
「そ、そうかな?」
『精霊達は、リディとじゃれ合っているのだ』と思って。
特に気にしていなかったヒダリィ。
少年に言わせると、それは〔異常事態〕らしい。
少年は続ける。
「必死なのかな?ここの連中も。まあ、そうだよね。誰も、〔迫り来る危機〕に気付いていないんだから。」
「何が言いたいんだい?」
おかしな感じを、少年へ抱きつつあるヒダリィ。
それは、リディとヒースも同じらしい。
ヒースは、ヒダリィの左肩へ乗り移り。
リディはヒナの姿と成って、ヒダリィの髪の中へ。
お互いに、『クゥ!』『ピーッ!』と鳴き出す。
何か仕掛けて来るかも知れない。
ヒダリィは、背中の剣の柄に手を掛けようとする。
その時、剣から声が。
『いい加減、嫉妬は止めなよ。惨めなだけだよ?』
「出たね、火の精霊。余計なおせっかいさ、それは。」
サラの声に、むきになる少年。
『遣り合うつもりかい?』と言うのに対して、サラは『別に』と返す。
余裕ぶったサラの発言に、イラッと来たのか。
少年はサラに告げる。
「どちらが凄い精霊か、お互いにここで示そうじゃないか。」
しかし、サラは無視。
『さっさと行こう』と、ヒダリィ達を促す。
剣を抜こうとした手を引っ込め。
哀れみの目で少年を眺めながら、ヒダリィは横をすり抜けようとする。
すると少年は、ヒダリィからスッと剣を奪い。
地面へ叩き付ける。
「これならどうだっ!」
無視するなっ!
抗議の意思を示す行為。
それでもサラは動かない。
「このっ!このっ!」
ガシガシと、少年は剣を踏み続ける。
『止めないかっ!』と、ヒダリィが素早く剣を拾い上げる。
剣身から草や泥をパッパッと払い落とし、『大丈夫かい?』と優しく声を掛ける。
『この位、どうって事無いよ』と、サラは答える。
ホッとすると、ヒダリィは。
剣を背中に仕舞い。
ギロッと、少年を睨み付ける。
そして珍しく、怒りの感情を言葉に乗せて言う。
「そこまでする理由が、君には有るんだろうが。サラは応じないよ。諦めた方が良い。」
「何をっ!人間の分際で!」
「そう、人間。俺は人間だ。でも君は違うんだろう?サラに張り合うって事は、〔高ランクの精霊〕か何かかい?」
「それがどうした!」
「だから言ってるんだよ。それとも何かい?君は、この森一帯を焼き尽くして欲しいのかい?」
「望む所だ!」
「単純過ぎ。そんな風に相手を煽らないと、今まで気にも留められなかった様だね。可哀想に。」
「むむむーーっ!」
やり込められた様で、悔しい少年。
その彼の向こう側に、何かの集団を見付けると。
ヒダリィは少年に、忠告めいた事を言う。
「お出迎えだ。さっさと引くんだね。どんなに凄い力が有ろうと、数で押し切られるぞ?」
粋がっていた少年が後ろを向くと、そこには。
水色の薄手の衣服を着た小人達が、ズラリと並び。
少年を威嚇している。
「とっとと出ていけ!」
「ここはお前の居場所じゃ無いだろ!」
「あっち行け!しっしっ!」
数十にも及ぶ、小人の群れ。
流石の少年も、『不利だ』と感じ。
『覚えてろよーっ!』と、見事な捨て台詞を吐きながら。
ピューッと、空へと飛んで行った。
見上げるヒダリィ、その目は悲しそう。
どうして彼は、あんなに好戦的なのだろう?
君も精霊なんだろう?
この辺りに及ぶ影響とか、考えられないのかよ……。
そんなヒダリィを気遣い、サラが言う。
『実力差も計れない奴を、相手にする必要は無いさ。』
黙って頷くヒダリィ。
励ます様に、ヒースとリディも。
『クゥ!』『ピーッ!』と一鳴き。
それで少し、顔がほころぶヒダリィ。
羽織袴の様な姿の、小人達の中から。
かなり高齢に見える者が前へと進み出て、ヒダリィへ声を掛ける。
「そなたが、エルフの呼んだお客人だね?お待ちしておったよ。」
「ありがとうございます。あなた方は?」
「ご覧の通り、小人じゃ。私等も〔精霊〕じゃがの。」
「ではあなた方が、レッダロンさん達と暮らしていると言う……。」
「如何にも。水の精霊〔ベイン〕じゃ。宜しゅうのう。」
「こちらこそ。」
差し出された、小さい小人の手をキュッと握り。
握手を交わす、ヒダリィ。
辺りに平穏が戻って安心したのか、リディも幼女の姿へ。
リディの右肩に、飛び移るヒース。
1人と1羽も、小人達に挨拶。
『おう!良く来たな!』と、さっきとは打って変わって歓迎ムード。
ベイン達に連れられながら、ヒダリィ達はとうとう。
レッダロンが所属するエルフコミュ〔セキブ〕内へと、入って行くのだった。
「サラ。尋ねても良いかな?」
ヒダリィには、疑念が有った。
あの少年は、本当に精霊だったのか?
矢鱈と挑戦的では有ったが、サラの事を〔火の精霊〕としか認識していない様だった。
ランク最上位のサラマンダーだと分かっていたなら、あんな尊大な態度は取らない筈。
かと言って、他属性の最上位だとも思えない。
ランクが上がれば上がる程、自分の力に責任を持ち。
争い事を避けようとするからだ。
高ランクがただの魔法使いと契約をしないのは、その為。
力を誇示したがる様な技量の狭い奴に、手を貸すつもりは無い。
破壊と混乱を招くだけ。
しかしあの少年は、それも厭わない感じだった。
『火の海になっても良いのか?』と言った趣旨の、ヒダリィの言葉に。
『望む所』と応じたから。
そこでヒダリィの頭の中に、疑問が湧いたのだ。
だからサラに尋ねる、少年の正体を。
少し間を置いた後、サラは答える。
『ピノエルフみたいなモノだね。』
「〔精霊の成り損ね〕って事かい?」
『意味合いはそうだね。敢えて言い表すなら……。』
そしてサラは、言った。
ヒダリィの頭を悩ます言葉を。
『あれは、【精霊になったつもりの悪魔】さ。【捻くれた、悪しき感情の塊】とも言えるかな。』