そのエルフには、聞こえない
「逸れた?どうして?」
ヒダリィはリディに聞き返す。
『クゥ、クゥ』と、巨大ウサギは鳴く。
うんうん頷いた後、リディが言う。
「お母さんと一緒に、ここへ連れて来られたんだって。その時らしいよ。」
「連れて来られた?余計に分からなくなって来たなあ。」
事情が良く掴めない。
そこでヒダリィは。
エルフの中を取り仕切っている、20代後半の人間の姿に近い男エルフへ尋ねる。
「この辺りには、この子みたいなウサギも住んでいるのですか?」
「いえ、その様な事は有りません。ここは、至って普通の森です。」
「特別な種は暮らしていないと?」
「はい。居着いている動物に、変わった者は居ない筈です。」
「この子の親らしき姿は?」
「森の端まで向かう時、この辺りも確認しましたが。見かけませんでしたね。森の中がざわついていないのが、その証拠です。」
「そうですか。」
エルフは淡々と、ヒダリィの質問に答えた。
その言葉に嘘は無いらしい。
『それよりも』と、そわそわした素振りを見せながら。
エルフはヒダリィに言う。
「早く空白域を抜けて、〔セキブ〕内へ入らないと。急いでここを発ちましょう。」
「見捨てるっての?ひっどーい!」
ウサギの上でポンポン跳ねながら、サフィが怒り気味に抗議する。
エルフが答える。
「今は仕方が有りません。あなた方の安全が優先です。」
『えーっ』と、残念そうな顔をするリディ。
ウサギも心配そうに、『クゥー』と鳴いている。
ユキマリも、エルフへ頼む。
「この子のお陰で助かったの。お願い、少し位は……。」
しかし、ユキマリの言葉を打ち消す様に。
エルフが大声を出す。
「なりません!」
「どうして……。」
頑なに、ウサギの親の捜索を拒むエルフ。
それに対して、弱々しく悲しそうに呟くユキマリ。
エルフの態度にムカッと来たのか、サフィはウサギの背中からスルリと降り。
タタッと駆け寄って、エルフの前に立ちはだかる。
そして、顔をズイッとエルフに近付けて。
文句を付け始める。
「あんた!……ええと、名前は何だっけ?」
「【ゲイリー】です。」
「ゲイリー!あたし達の言う事が聞けないの!客人よ!」
「だからです!お客様を危険に晒す訳には参りません!」
「危険なんか無いってば!」
「どうしてそう言い切れるのです!ここは!エルフの支配が及ばない地域なのですよ!」
必死に抵抗している様に見え、呆れ返るサフィ。
カッとなっていた感情が、一気に冷めたのか。
ゲイリーに冷たい視線を向けながら、今度は落ち着いた素振りで言う。
「はあーっ、分かって無いわねー。それとも、わざと?」
「な、何の事でしょう?」
強い口調だったのが一転、惚けた返しに変わるゲイリー。
そこへ、サフィが。
「あんた、本当にエルフ?【精霊の声が聞こえてない】んじゃないの?」
「ななな!何を馬鹿な事を!」
狼狽えるゲイリー。
周りで推移を見守っているエルフ達に、サフィが尋ねる。
「こいつ、本当にあんた達の仲間なの?どうなの?」
『間違い有りません』と、エルフ達から返事が。
ゲイリーも、首から下げているパスを。
サフィに提示しながら、本人である事をアピール。
しかし、それには懐疑的なサフィ。
本人からパスを奪い取り、成り済ます事は出来る。
化けるのが得意な種族なら。
「そんな物、何の根拠にもならないわ。ねえ、サラ。」
サラに確認を取るサフィ。
サラの声が、辺り一帯に響く。
『かもね。でも彼は、本物のエルフだよ。ピノエルフでも多種族でも無い。ボクが保証するよ。』
「じゃあ何で、こんなに捜索を拒否するんだと思う?」
『それは、本人が話すべきなんじゃないかな?君はうっすらと、気付いているみたいだけど。』
「まあね。だって……。」
そう言って、ゲイリーの方を見るサフィ。
それにつられて、エルフ達もヤマガラ科も。
ゲイリーの方へ視線を向ける。
キョトンとしているその顔は、まるでサラの声が届いていないみたいだ。
サフィはサラと話をしている時、ヒダリィの背中に在る剣の方を向いていない。
サラも、ヒダリィの背中から声を発していない。
ユキマリとリディが、ヒダリィの方を向いていたので。
ゲイリーは辛うじて、『そこから声が出ている』と推察して。
同じく、ヒダリィの方を向いていただけ。
サラの声が、ゲイリーの耳元へ届いているなら。
他のエルフの様に、何処に居るか辺りをキョロキョロ探し回る筈。
それであっさりと見抜かれた、ゲイリーには精霊の声が聞こえない事が。
サフィは『ありがと』と、協力してくれたサラへ礼を言い。
再びゲイリーの顔へズイッと迫りながら、威圧する様に訴え掛ける。
「説明してくれるわよね?ね?」
「うぅっ……。」
『あたしにだけでも良いわよ?』と、譲歩する姿勢を見せると。
観念した様にゲイリーは、サフィへヒソヒソと。
「なーるほーどねー。そう言う事か、やっぱり。」
「面目ございません……。」
うな垂れるゲイリー。
その左肩を右手でポンポン叩いて、『気にしなさんな』と明るく告げるサフィ。
そしてサフィは、手招きをしながら。
ユキマリに声を掛ける。
「その子から降りなさーい。さっさと行くわよー。」
「えっ!サフィもこの子を見捨てるの!」
「違うわよ。【適任者】に任せるだけよ。」
「適任者?」
不思議に思いながらも、ユキマリはウサギの背中からひょいと飛び降りる。
そしてその顔を優しく撫でながら、ウサギの元を離れ。
サフィの傍まで駆け寄る。
「で、誰?その〔適任者〕って?」
「決まってるじゃない。」
サフィの視線の先には、ヒダリィ。
また押し付けられるのかよ……。
嫌々ながらも、理由を尋ねに。
サフィの傍へ寄る、ヒダリィ。
トトトと、リディも付いて行く。
そこで、4人のみでひそひそ話を。
サフィの話に納得したヒダリィは、それでもため息を付く。
本当に大丈夫なんだろうな?
いささか危険な気がするが……。
それでも、これが今の最善手なんだろうな。
思い悩んだ挙句、ヒダリィは。
サフィの指示に従う事にした。
その場に座り込んでいる、エルフとヤマガラ科に向かって。
軽くウィンクをしながら、サフィは告げる。
「ここから先は、あたしとユキマリが〔ナパーレ〕へ向かうわ。残りの2人は。この子の親を探しながら、徒歩で移動する事になったから。そーゆー訳で、宜しくねっ!」