影、再び
大きな成果が得られないまま、フキの町へと帰還する3人。
『手入れが大変なのに』と愚痴をこぼしながら、荷台のサフィは髪を弄っている。
『オラのせいだ』と、未だに気にしているジーノ。
『俺が全責任を持つよ』と励ましながら、ヒィは前をしっかりと向いている。
対照的な、3人の態度。
街道口へと差し掛かろうとする時。
町の中から馬車の方へ、駆け寄る人影が。
それは。
「お疲れー!」
「ネロウじゃないか!どうしたんだ!」
櫓から姿を確認したのだろうか。
まだ町中からは見えない筈なのに。
3人の帰還を知っていたかの様に走って来る、ネロウだった。
ヒィの驚きの声に、大声で返す。
「話は後!それより、行って欲しい所が有るんだ!」
「え!」
「例の影が、【デイヅ】の町に出やがったんだ!しかも何故か、お前達を御指名だとさ!」
訳の分からないまま、方向転換。
『やっと休める』と思っていたジーノは、肩透かしを食らう。
運転席をネロウに譲り、サフィの居る荷台へ移ると。
『はあーっ』とため息。
呆れ顔のサフィが、思わず言ってしまう。
「まだクヨクヨしてんの?そんなんだと、強い奴には程遠いわね。」
「お前には、分かんないんだよ。オラの悔しさが……。」
「ふうん。だったら……。」
弱気のジーノに、ニヤリと笑いながらサフィが言う。
「次で挽回する事ね、精々頑張りなさい。」
「次なんて、何時有るか分かんないじゃないか!」
声を張るジーノに、サフィは前を指差す。
ヒィとネロウが、何やら話し込んでいる。
「あいつ等の話を、良ーく聞く事ね。その【次】に関する事だから。」
後はフフッと笑うだけ。
サフィの表情に少し寒気を感じながら、運転席の2人の会話に耳を傾ける。
聞こえて来たのは、影に関する話だった。
フキと、町に一番近い簡易宿場との間には。
実は、西方へと折れる街道が有る。
ランクはC級、荷車が1台通れる程の幅。
荷車同士が、対面ですれ違う事は出来ないので。
相手に道を譲る為のスペースが、所々街道の幅を広げる形で設けてある。
その内の1つ、デイヅの町に近い箇所で。
ヒィ達を待ち受けているらしい。
デイヅから知らせが来て、自警団の集会所にその情報が齎された。
どうやら、ヒィ達にご執心らしい。
そこで、戻って来るヒィを気遣って。
伝令役をネロウが買って出た。
〔別の町に出た〕と言う事は、〔確認をしくじった〕と言う事。
『意気消沈しているだろう』と考えたのだ。
これは或る意味、名誉挽回のチャンス。
『間近で励ましたい』と言う思いも有った。
ネロウの心遣いに感謝しながらも、ヒィの心にやる気が戻って来る。
今度こそは……。
そう考えるヒィの目は、燃えていた。
「ね?次が来たでしょ?」
得意気のサフィ。
前から聞こえて来る話の内容に、驚くと共に。
『こう成る事を、前もって知ってたんじゃないか』と、サフィの心中を勘繰るジーノ。
こいつの手のひらの上で、オラ達は転がされてるんじゃ?
首をかしげるジーノ。
しかし、前の失態の借りを返せるチャンス。
よーし、オラも頑張るぞ。
下を向きっ放しだった、ドワーフの顔にも。
少しだけ余裕が戻っていた。
何回か、荷車や馬車とすれ違い。
ヒィ達は目的地へと向かう。
フキからデイヅには、馬車では半日で着く距離。
今回は敢えて、普段より急いだので。
夕暮れ前には、デイヅの手前まで来れた。
すると何やら、前が騒がしい。
人集りの中で、『下がれ!下がれ!』と言う声。
明らかに、女性のトーン。
まずネロウが馬車から降り、人混みを掻き分ける。
そして馬車から見える様に、野次馬を脇へ下がらせる。
『これから物騒な事になる!怪我したく無いなら、遠くから見てろ!』と、必死な顔で怒鳴りながら。
ここまで過剰に煽らなければ、野次馬はそのまま居座るだろう。
何か刃傷沙汰でも起これば、ヒィが責任を問われる事になる。
それは避けたい。
これがネロウに出来る、精一杯の事。
後は、頑張れよ。
ヒィに目で合図を送る。
コクンと頷くヒィ。
ジッと、人垣が割れた先を見る。
ソッと荷車から、サフィとジーノも視線を向ける。
その先には、三叉路で見たのと同じ影。
相変わらず、ボロの毛布に包まっているが。
ギャラリーを追い払う為既に、ジーノを襲った剣が抜かれている。
毛布の中から、ヒィの姿を見つけると。
大声を上げる。
「安心安全な場所に、のうのうと我が物顔で居座る者よ!今一度その価値、見定めてくれよう!」
「兄貴!どうする!オラも加勢しようか!」
落ちない様に設置されている荷車の柵へ、ガシッとしがみ付き。
語気を荒げるジーノ。
しかし冷静に、ヒィが制す。
「指名されたのは俺だ。ジーノは、万が一の時に備えて待機していてくれ。」
「で、でも……。」
迷うジーノ。
あの時のミスを取り返したい。
その気持ちから、態度に焦りが見られる。
ジーノの気持ちを受け止めつつ。
ヒィはしっかりと彼の顔を見つめ、強い口調で言う。
「ここは俺に任せてくれ。たまには、カッコつけさせてくれないか?」
「あ、兄貴……!」
目をウルッとさせるジーノ。
またあの凄い光景が見られるかも知れない。
そう予感させる、ヒィの引き締まった顔に。
ジーノが声援を送る。
「バシッと決めてくれよ!」
両手をバタバタ振り、大きく体を動かして応援するジーノ。
対して、サフィは。
とっとと荷台から姿を消し、運転席から降りようとしているヒィの傍まで来て。
右手に持つ棒を前へ振り、その先で影を差して言う。
「ちゃっちゃと済ませなさい!あたしはいい加減、ゆっくり休みたいんだから!」
「ご期待に沿えるよう、頑張るさ!」
ヒィは運転席からバッと飛び降り、シュタッと地面に着地。
背中の剣を握り、前へと翳しながら。
ゆっくりと影の前まで進み出る。
その間、1・2分少々。
短い間では有るが、周りで見ている連中に緊張感が生まれる。
そしてそれは、この場を素早く支配して行く。
まるで雷鳴が轟いているかの様な、ピリピリとした雰囲気。
影とヒィとの距離が、剣のつばぜり合いが出来る程まで縮まった時。
ズイッ!
影が毛布を纏ったまま、ヒィへと襲い掛かった。