〔顔合わせ〕なのに、顔を合せなかった結果
ドーナツ状の大テーブル、その周りに置かれたベンチ状の椅子。
2人掛けのそれ等に座りしは、時計回りに表すと。
櫓を背にする位置に、ネフライ。
後ろには、従者が2人控えている。
ネフライの隣の席に、ラピス → ケイム。
その隣に、ウルオート → フォウル。
1つ席を飛ばして、カワセミ科の長老が2人。
そしてまた、カワセミ科の長老が2人。
1つ席を飛ばして、アンビー → ジーノ。
そして最後に、アーシェ → ミギィ。
つまりネフライの右側へ、ミギィが座っている事に成る。
これで1周。
ラピスとカワセミ科の長老4人は、ミギィ達と初対面なので。
面倒臭いが、もう一度自己紹介するミギィ達。
人間がここを訪れる事自体が珍しいのに、ミギィは左半分が薄いので。
『本当に人間なのか?』と怪しむ長老達。
それに対し、アーシェが。
「彼は訳有って、今はこんな成りだが。れっきとした人間だ。カッシード公国の騎士の名に懸けて、ここに誓おう。」
そう言ってアーシェは、首から下げているブローチを胸元から取り出し。
長老達へと提示する。
カッシードの騎士専用の鎧を身に付けていれば、直ぐに素性が分かるのだが。
それを今は避けている為、身分を証明する手段はこのブローチしか無い。
しかしこれは、特殊な技巧が施されている物。
銀色の金属製フレームに、透かし彫りの入った宝石らしき物を嵌め込んである。
黄緑色に輝く宝石の中に、カッシードの紋章が浮かび上がる。
偽物かどうかは容易に判別出来るので、立証するのには十分だった。
『なるほど、この者の身分は確かな様だ』と言う事で、アーシェの証言は信用され。
ミギィへの嫌疑は晴れた。
話を進めようとする、ネフライ。
その時、遠くの空でキランと光る物が。
ギューンッ!
それは勢い良く、テーブルの在る方へ飛んで来た。
ガタッと立ち上がろうとするミギィ達を、ウルオートは制する。
彼女の態度の意味は、直ぐに分かった。
ギュンッ!
ウルオートとフォウルが座る席、その真上で急停止すると。
ブレーキを掛けた際に生まれた衝撃波が、宙を飛んで行く。
そして飛来ブツは、ヒュッと宙から降り。
スタッと着地。
テーブルの周りに座っている者、及びギャラリーに向かって。
それは告げる。
「邪魔するぜ。」
「やはりあなたか。来ると思ってましたよ。」
ウルオートが言う。
輝竜帝の予想通り、この場にやって来たリュードだった。
フォウルの右隣の席に、ドカッと座ると。
リュードはウルオートに尋ねる。
「話はもう終わっちまったのか?」
「これからですよ。全く、あなたは。参加者でも無いのに、どうしてここへ来たのです?」
呆れた様な言い方で、リュードへ言う。
露骨に嫌な顔をするフォウル、それを無視して。
リュードはウルオートへ答える。
「面白そうだからに決まってるじゃねえか。こんなの、俺抜きなんて有り得ねえからな。」
「『図々しいにも程が有る』とは思わないのですか?」
「思わんね。」
何処がおかしいんだ?
そう言った顔付きで、平然と言ってのけるリュード。
こんな展開になると、分かってはいたが……。
渋い顔をして、ウルオートはネフライに尋ねる。
「予期せぬ来訪者が現れてしまったが、参加させても構わないだろうか?議事進行の妨げはさせない故。」
「宜しいでしょう。」
「済まぬ。」
ウルオートの物の言い様、追い出そうとしても無駄なのだろう。
だったら席に着かせて、大人しくして貰った方が良い。
そう判断したので、リュードの参加を許可したネフライ。
心遣いに感謝しながらも、気苦労が絶えないウルオートだった。
変な出席者が増えてしまったが、本題に入るネフライ。
尾根に影を見た長老達は、ラピスに相次いで尋ねる。
『正体に心当たりは有るか?』『お前の知り合いでは無いのか?』などと。
ラピスは、その度に。
「森を出入りする時は、常に周りに気を配っています。でもそんな輩の存在は、一切関知していません。」
こんな風に、きっぱり言い切った。
『本当か?』『本当です!』とのやり取りを、双方何回か繰り返した後。
長老の1人がウルオートに、意見を求める。
「如何思われますか?こ奴の主張を。」
「ラピスの言っている事は、本当だろう。言葉に、嘘の臭いは感じられない。」
ウルオートは、そう述べる。
アーシェも同意見だった。
一点の曇りも無く、はきはきとした口調で直ぐに返答する。
迷いの無い発言、そこに虚構が入り込む余地は無い。
アーシェが長老達に考えを述べると、長老達も納得しかかる。
そこへ横槍を入れる様に、リュードが。
「そいつ、本当に賢者と会ってるのか?そもそもあの森に、賢者は居るのか?怪しいもんだ。」
「何を言い出すのです!」
ウルオートが制止しようとするも、構わず続けるリュード。
ラピスへ向かって、命令口調で。
「おい、てめえ。本当はあの森で、何やってるんだ?言え。」
「そ、それは……魔法の修行で……。」
「修行だぁ?嘘つけ。あれの方角からは、何の魔力も感じられないぞ?」
「それには訳が……。」
「じゃあ言ってみろよ。その訳とやらを。」
「い、言えません。」
「あぁ?言えないだぁ?そんなんで、どうやっててめえを信じろって言うんだ?」
「うぅっ……。」
意地の悪さ満載の、リュードからの怒涛のいちゃもんに。
とうとう言葉を詰まらせ、涙目で下を向いてしまうラピス。
長老達も、『幾らなんでも言い過ぎでは……』と口を挟もうとするが。
リュードにギロッと一睨みされ、尻込みする。
騒然とする平地、それでもリュードにヤジを飛ばす者は居ない。
『カワセミ科の気品の高さを、ヤジで穢したく無い』と言う思いよりは。
『文句を言ったら、こちらへ襲い掛かって来る』と言った、リュードに対する恐怖心の方が強かったのだろう。
両手を背もたれに掛けながら、ふんぞり返って座っているリュードは。
『ニヤリ』と、不敵な笑みを浮かべた後。
あははは!
看破してやったぞ!
影とやらもどうせ、お前が仕組んだ何かだろ!
騒がせた罰として、この場で土下座して謝れ!
この俺にな!
あははは!
勝ち誇った様に、高笑いするリュード。
顔を背け続けるフォウル。
席から立ち上がってリュードの口を塞ごうとするも、跳ね返されるウルオート。
力では、ウルオートよりリュードの方が上らしい。
腐っても輝竜帝の孫、純粋に力も強いので。
竜人達には押さえられない。
ムカーッと来ている、ジーノとアンビー。
余りに横暴が過ぎる、相手は明らかに格下なのに。
一言言ってやらないと、気が済まない。
〔あんたはどうなの!〕〔兄貴はどうなんだ!〕
アンビーとジーノは、ミギィの方を見やる。
その途端、ゾッと背筋が凍り。
2人の顔が強張る。
と同時に、辺りにふわっと風が舞い。
そして。
「うわっ!」
リュードが背もたれを突き破って、椅子から転倒。
椅子の脚が全て、綺麗にぶった切られ。
背もたれも細切れにされていた。
その時、ウルオートは。
瞬間的に途轍もなく増大した、膨大な魔力を感じた。
それは、魔法使いであるラピスも同じ。
感知した方向を見ると、それはミギィだった。
しかし彼は、身動き1つしていない。
剣を抜いた様子も無い。
一体何が起こったの?
余りの恐ろしさに、ブルブル震え出すラピス。
ウルオートは、ミギィのやった所業を。
僅かながら、理解していた。
一気に魔力を開放して、椅子に何かをしたのだろう。
しかしその原理が何か、皆目見当が付かん。
何と面妖な……。
その時ウルオートは、輝竜帝の言っていた事を思い出した。
《あ奴もきっと。此度の事を通じて、思い知るであろう。『この世界は広いのだ』と。》
これが、そうなのですか?
ウルオートは、正確な状況が把握出来無い歯がゆさを感じていた。
一方で。
ミギィの隣に座っている、アーシェとネフライは。
ミギィの瞳の中に、燃え盛る大地を見た。
温情も何も無い、全てを焼き尽くす容赦の無さ。
ミギィの感情が、凝縮されている感じ。
無表情なのが、更に不気味さを増していた。
これは、触れずにいた方が良い。
事態をミギィに任せよう、2人はそう思ってしまった。
魔力の異常な増大と、ミギィの無表情加減を。
全く知らないギャラリー達は。
思わず『プッ!』と吹き出してしまう。
緊張感の在る場面なのに、笑えるシチュエーションを『ポンッ』と投げ込まれてしまったので。
堪え切れない者が続出。
『うるせえっ!黙りやがれ!』と、辺りを大声で威嚇しながら。
顔を真っ赤にして、立ち上がるリュード。
本人も、何が起こったか分かっていない。
様々な表情を示す、出席者達。
しかしその関心は、最早リュードでは無く。
殆どがミギィに向いていた。
そこでリュードは思った、『こいつが何かしたのか!』と。
仁王立ちになって、バッと指差しながら。
ミギィに言い放つリュード。
「おいっ!てめえ!何しやがった!」
それを華麗にスルーするミギィ。
震えているラピスに、『大丈夫ですか?』と声を掛ける。
『は、はい』と小声で返事するラピス、まだ小刻みに震えている身体。
ラピスに投げ掛けたミギィの声には、全く感情が乗っていなかった。
『震えているのは、自分のせいだ』との自覚が無い事も相まって、言葉とは裏腹な結果となった。
「俺様が呼んでるんだぞ!答えろ!人間風情が!」
「あっ!」
無視し続けるミギィに、業を煮やしたリュードが。
ウルオートの制止を振り切って走って行き、ミギィの胸ぐらを掴む。
ミギィの顔に向かって、唾を飛ばす勢いで突っ掛かるリュード。
「俺を見ろーーーーーっ!」
しかしその瞬間、リュードは地面に這い蹲っていた。
『ドスーーーン!』と言う轟音と共に、リュードの顔が地面へとめり込む。
シーンとなる平地、予期せぬ出来事にカワセミ科の面々も固まる。
大きな振動が辺りから去った後、キョトンとした顔のミギィが。
この場に居る者へ向けポツリと、意外な言葉を発した。
それはまるで、他人事の様に。
「何か有ったんですか?」