統括者が語る、〔セセラの事情〕と〔小さき願い〕
ワッセーは立ち上がった時、絶壁の方を見ていた。
なのでミギィ達も、そちらへ目線を向ける。
互い違いに開いた穴は、地上から5メートルの部分が最下層。
その上に、2.5メートル程のズレで次の段が。
そのまた上に、次の段。
と言った風に、6段重ねで穴の列が並び。
その上に、一段と大きな穴が1つ開いている。
そこから何かが飛び立ったらしい、こちらへ真っ直ぐやって来る。
前に2つ、後ろに1つ。
姿が大きくなって来ると、それ等が鳥人だとはっきり分かった。
ただ、後ろを飛ぶ者の格好が。
カワセミ科特有の服装とは、少し違っている。
頭に被っているのは、シルクハットでは無く。
何かの輪っかの様、ドーナツ状の分厚い布を。
スポッと嵌めているだけに見える。
服も青を基調としてはいるが、白とオレンジの格子柄では無く。
黒とグレーの直線が、斜めに平行線を描いている。
そして遠くからも確認出来る、帽子と右胸に付けている羽がそれぞれ1つ。
長さは10センチ程だろうか、金色に輝いている。
席に着いていた鳥人達も、立ち上がる。
それを見て、ミギィ達も同じく倣う。
先導者だろうか、前を飛んでいた2人がまず着地し。
ワッセーの下へ歩み寄る。
2人共、付けている羽は3枚。
どうやら、セセラを治める者の従者らしい。
遅れて、金の羽を付けた者が降り立つ。
従者が『こちらへ』と、大テーブルの方へ促す。
ワッセーは席を譲り、その右側へと立つ。
従者は、席の後ろに。
『ほっほっほ』と言いながら、椅子の前へ回り込むと。
その者は、名を名乗る。
「ようこそおいで下さった。儂はセセラを統括する者、〔ネフライ〕と申す。」
ミギィ達は、1人ずつ自己紹介をする。
4人の変な組み合わせに、不思議な顔をするネフライ。
特に、最後に名乗ったミギィへは。
熱い視線を注ぐ。
珍しい物を見ると、探求心が疼くらしい。
わざわざ席を立ち、ミギィの傍まで来て。
全身を舐め回す様に、ジロジロと見て来る。
相手が美少女なら、悪く無いシチュエーションなのだろうが。
ネフライはどう見ても、年を取っている部類の男性。
老人に言い寄られるのが嬉しい者は、趣味がマニアック過ぎる。
ミギィは至ってノーマル、だから笑って誤魔化すだけ。
従者が『程々になさった方が……』と声を掛けると、やっとミギィから離れる。
元の席へ戻ると、コホンと咳払いした後。
何事も無かったかの様に、椅子に座る。
ワッセーが着席を促す、ミギィ達もそれを切っ掛けに椅子へ腰掛ける。
ウルオートは無表情、フォウルはまだムスッとしている。
竜人の顔色をうかがった後、ネフライが話を切り出す。
「申し訳無い。珍しいモノには目が無くてのう。つい……。」
「構いませんよ。あはは。」
そう答えるので精一杯のミギィ。
名乗ったのは本名だが、これからの事を考えて。
カワセミ科や竜人達も、彼を〔ミギィ〕と呼称する事になった。
ああ、早く事を終わらせたいなあ。
そんな思いに駆られながら、ネフライの話を聞こうとするミギィ。
ネフライは続ける。
「来て頂いたのは、他でも無い。竜人からの要請に因る物なのじゃ。協力を得る為の条件でのう。」
「その点は、こちらも伺っている。その理由は、話して頂けるのか?」
アーシェがウルオートへ尋ねる。
それに対しコクンと、黙ったまま頷くが。
その件に付いては、今は後回しらしい。
続きを話す様、ネフライに促すウルオート。
ネフライに、話し手は戻る。
「それでは、本題に入るとしようかのう。長老達が、ずっと怖がっております故。」
『あちらを』と、ネフライは。
絶壁に向かって右側の、山脈の尾根を指差す。
尾根は大体、地面がむき出し。
歩き易くなっているからこそ、ケッセラへ向かうルートが組まれているのだ。
しかし尾根にも数か所、木の茂っている箇所が見られる。
ネフライが差した場所も、その内の1つ。
宿泊小屋が営まれている場所は、風除けとして。
山頂でも耐え得る種類の木を、小屋の周りに植え。
防風林としている。
茂っているのは、その為なのだが。
指し示された箇所は、明らかにそれ等とは異なる。
小屋の周りは常緑樹、なのにそこは広葉樹っぽい。
暖かく成り掛けだからなのか、若葉の様な淡い緑色で覆われている。
しかもその規模は、小屋レベルでは無く。
大きな城が、すっぽりと入りそうな程。
山頂から斜面をやや飲み込んだ、森とも言えるそこは。
〔賢者の住まう場所〕と噂されているとの事。
〔賢者オイラスの下で修行中の身〕とされている、女魔法使いも。
あの場所へ、足繁く通っているらしい。
それが最近、女魔法使いがそこへ近付くと。
両側の尾根から、怪しい人型が複数体見られる様になった。
女魔法使いに付いて行く訳でも無く。
彼女が森へ消えると、尾根の向こうにスッと身を隠す。
彼女が森から出て来ると、再び現れ。
離れて行くのを見届ける様に、暫く突っ立っている。
そしてまた、尾根の向こうへ。
不可思議な動きを続ける為、長老達は。
ああだこうだ言い合って。
〔奴等は女魔法使いを唆して、賢者の私物を持ち出そうとしている〕と言う結論に達したのだとか。
このままでは不安で、夜も眠れない。
賢者にその事が知られたら、カワセミ科に報復が来てもおかしくは無い。
恐ろしや、ああ恐ろしや。
ブルブル身震いする長老達を見ながら、『そんな事は無かろうに』とネフライは思っていた。
賢者は知識の塊、辺りの事情を察するなど容易き事。
住処に付き纏う怪しい者が居れば、とっくに特定しているだろう。
ネフライはそう助言したのに、長老達は聞き入れない。
考えが凝り固まっている様だ。
だからネフライは、その正体を探ってくれる様。
竜人に使いを出した。
その返答が、この現状と言う訳だ。
ネフライの願いは、ただ1つ。
セセラの平穏を取り戻す事。
その為に、〔尾根に現れては消える者〕の正体を調べて欲しい。
ウルオート達へ、その言葉をまず告げ。
『巻き込んでしまい、申し訳無い』と、ミギィ達へ謝った後。
出来るなら、竜人に協力して貰えまいか。
恐らく主等は、調査に必要不可欠なのだろう。
ネフライはミギィ達に、そう願い出る。
そこで、ネフライからの話は終わった。
「セセラの事情は、大体分かりました。俺達の力が役に立つか分かりませんが、お望みとあらば。」
「おお!有り難い!」
ミギィの返しに、ネフライは喜び。
思わずガタッと、席から立ち上がる。
他の仲間も、力を貸す事に異論は無さそうだ。
皆の腹の内は、はっきりとは分からない。
使命感が湧いたのかも知れないし、打算が絡んでいるのか知れない。
とにかく、文句を言う者は居なかった。
そこでミギィは、このまま話を進める。
「そこで幾つか、あなたにお尋ねしたい事が有ります。」
「何かのう?答えられる範囲でなら、申し上げよう。」
ミギィはネフライに、まだこちらへ示されていない事項を尋ねる。
それは。
女魔法使いの人物像に付いて。
彼女が森に通い詰める訳。
そもそも、その森に賢者が暮らしていると言う保証は?
そしてミギィは、ウルオートへも尋ねる。
どうして〔俺達〕、いや正確には〔俺〕を呼んだのか?
この点だけは、はっきりさせておかなければならない。
ミギィの問いに、ウルオートは応じる。
それこそ、ウルオートがここにやって来た要件。
やっとかよ、早く済ませて帰ろうぜ。
フォウルは内心、そう思っていただろう。
ミギィにウルオートが話していた時、やたらニヤついていたから。
この場に居た者達の間で、何が話されたか。
その内容とは……。