ミギィへ急襲せし者、現る
ミギィ達がヤンゴタ渓流へ来てから、3日目。
ネオムの村を出て、えっちらおっちらと細い街道を上がって行く。
森の中には道らしき物は無かった、上空から飛んで行くからなのだろう。
陸路を使わないので、ゲートらしき場所も気付かずに通り過ぎ。
その結果、ゲートの周りは手付かずだった。
積極的に使用されていた当時の面影は、苔によって完全に消え失せる。
それが逆に幸いだった。
ミギィ達がこうして、絶壁へ向けて旅が出来るのも。
そのお陰なのだから。
今通っている場所は、陸路で通う者も居るらしく。
道が整備されている。
と言っても、D級街道に位置付けされる様な有様で。
邪魔な草や木が引っこ抜かれ、地面がむき出しになっているだけ。
『歩けるだけまし』、鳥人にとってはそんな感覚なのだろう。
左右に蛇行している山道を、ゆっくりと上がって行く。
荷物係は、先に飛んで行った。
生えている木も疎らで、見られるのは丈の低い草ばかりなので。
その方が早かったのだ。
かなり開けているので、不審なモノも見付け易く。
カワセミ科の鳥人達も、少しばかり気が緩む。
その隙を突く様に、上空から突如飛来する影が。
それは大胆にも、大声を上げながら。
真っ直ぐ、ミギィへと襲い掛かる。
「お前かーーーっ!」
ガギンッ!
ミギィは咄嗟に丸まり、背に在る剣で攻撃を受け流す。
大声にハッとしたアーシェは、直ぐに剣を抜く。
ジーノも慌てて荷物を降ろし、背中に装着していた斧を手に取る。
影がブワッと、宙へ舞い上がった隙に。
影とミギィの間に立ち、ミギィを守ろうとする2人。
「兄貴!大丈夫か!」
「ああ、済まない。」
「それにしても、何て攻撃的な奴なんだ。いきなり仕掛けて来るとは……。」
アーシェはそう、言葉を漏らす。
バサッバサッと翼を羽搏かせ、宙に浮く相手へ。
剣先を向けながら、アーシェは睨みつける。
そして一言。
「【竜人】にしては、あるまじき行為だな。」
「俺は、気が短いんでな!」
そう言い放つ者は。
シルエットは10代半ばの人間の男に近い、しかし首から下は鱗で覆われている。
ワニの様な、太くて逞しい尻尾を生やし。
背中からは、鳥よりはコウモリに近い形状の翼を付け。
全体的には鈍く光る鉄の様だ、なのにちゃっかりと衣服を纏っている。
半袖半ズボンから見える手足は、ドラゴン其の物。
靴は邪魔なのだろう、素足なので立派な爪がむき出し。
手の爪も鋭く尖り、一掻きされたら大怪我を負うだろう。
銀色のやや短い髪は、何の属性かを表しているかの如く。
ツンと立っている。
顔付きや肌の色は人間そのもの、なのに何処か違和感が有る。
口から何か見えている、八重歯の様に生えた小さな牙。
顔のパーツの中で、それが唯一。
竜に近しき者である事の証、これが違和感の正体。
そこから不気味な魔力を感じる、噛まれたら容易く食い千切られそうだ。
そして、挑発的な目付き。
竜人特有の、縦長の瞳孔には。
何が映っているのだろう。
キッと睨みつけて来る、人間の騎士か。
怒った風の、ドワーフか。
2人に守られる様に立ち尽くす、赤髪の人間か。
それとも。
予想だにしていなかった事態が起き、オロオロしている鳥人達か。
バサッバサッと、尚もミギィ達の上空10メートル程から。
見下す様に飛んでいる竜人は。
さて、これからどう料理してやろうか……。
そんな事ばかりを考えている。
『ピクッ』と竜人の手が動いた。
それに反応して、剣や斧もススッと宙をスライドして行く。
竜人が再び突進しようとした、その時。
「お止め下さーーーい!」
絶壁からすっ飛んで来る者。
頭に被ったシルクハット、そして右胸には。
羽が付いていない。
しかし、誰よりも艶やかな衣装を身に付けている。
それは。
「何だ、〔ケイム〕じゃねえか。」
「何をしてらっしゃるんですか!」
低いトーンで話す竜人に、顔を真っ赤にさせて怒るケイム。
竜人が言う。
「何って、〔味見〕だが?」
「変な言い回しを使わないで頂きたい!要するに〔試した〕のでしょう!」
「そうとも言うな。まあ、がっかりな結果だったがな。」
「もう!いい加減になさらないと、またお叱りを受けますよ!」
「あんな【ジジイ】、怖くなんか……。」
そこまで言い掛けて、渓流の下流の方から飛んで来る一団に気が付き。
慌てて、『じゃあな!』と飛び去る竜人。
一体、何だったんだ……。
剣を抜く事無く、その場を凌いだミギィ。
ジーノとアーシェは、竜人の姿が見えなくなるまで武器を構えているつもり。
内心は、『戦闘に成ったらどうしよう』とハラハラしていたが。
遠くに見えた一団は、直ぐに大きくなって行き。
その中から3つ程の影が分かれて、飛び去った竜人を追い駆ける。
残りの2つが、宙でケイムと合流し。
地上へスタッと舞い降りる。
ヘタッと座り込んでいた鳥人達も、スクッと立ち上がり。
ケイムの隣へ並ぶと。
3人はミギィ達へ向け、深々と頭を下げる。
「「「申し訳ありませんでしたっ!」」」
「気にしないで下さい。」
ミギィは明るくそう答え、恐縮がっている鳥人達を気遣う。
幸いにもこちらは無傷だったので、何も問題にはならなかったが。
約1名、腸が煮えくり返っているに違いない者。
そっちの方が気になって仕方が無い、ミギィ。
ケイム達の後ろに降り立って、前へと進み出る2つの影。
その姿は、襲い掛かって来た竜人と似ている。
1人は、〔水色の髪〕に〔水色の鱗〕の女性。
もう1人は、〔茶色の髪〕に〔茶色の鱗〕の男性。
共に短髪で、20代後半の人間に近い。
彼女等も、謝罪の弁を述べる。
「済まない。彼が失礼な事をした。」
女性が頭を下げる。
プライドの高い竜人は、滅多に人間へ謝らない。
『弱い人間が悪いのだ』、そう思っているから。
しかしこの女性は、礼節を弁えている様だ。
やや後ろに立っている男性も、頭を下げてはいるが。
少し納得の行かない顔付き。
『何で自分が謝らねばならんのだ、彼の代わりに』、そう思っているのだろう。
女性にはそんな考えは無いらしい、曇り1つ無い表情で真剣に。
その差が、気品となって表れている。
気のせいか、水色の鱗も煌めいて見える。
そこで漸く、アーシェは剣を収める。
ジーノも斧を背中に装着し、荷物を担ぎ上げる。
ミギィは、竜人の女性へ言う。
「良いんですよ。それより、彼は何者なのです?」
人間相手とは言え、見ず知らずの者に急襲を掛けるなど。
竜人で無くとも、普通はしない。
自コミュ以外の場所でなら、尚更。
いざこざの元に成るからだ。
それなのに……。
『お主が勘繰るのも無理は無い』と、女性は。
襲い掛かって来た竜人の、正体を明かす。
「彼は、竜人コミュ【エンライ】を治める王【輝竜帝】の孫なのだよ。」