茅葺(かやぶ)き屋根は、仮初(かりそめ)の住処(すみか)
翌朝、ミギィ達が目を覚ますと。
雨は小降りになっていたらしい、ポタッポタッと雫の落ちる音だけがする。
これならまあ、何とか歩ける。
地面を見てみると、雨でしっとりとなった苔が。
艶やかさを見せている。
苔を剥ぎ取る様な真似に成るが、仕方無い。
鎧に身を包んでいるアーシェは、これ以上足元が滑らない様に。
足の指の付け根辺りを、グルグルと縄で巻く。
そしてキツく縛る、これでOK。
簡易的では有るが、滑り止めを拵えた。
ジーノはすね当てを付けている程度で、靴は特にいつもと変わらない。
ミギィもアンビーも、靴に関してはそうなので。
苔掛かった道を進むのも不便では無い。
この点でもアーシェは、過剰装備だった事を痛感させられる。
かと言って、鎧を袋に詰めて持ち運ぶのもな……。
ここは思案の為所、帰った時にジーノと検討してみよう。
今はこのままの格好で進むしか無い、そう決意を新たに。
ミギィ達に続いて、アーシェも小屋を出立した。
緩やかな登り坂だったのが、次第に傾斜を増して行く。
それと共に小川も幅が小さくなり、苔もそれ程では無くなって来た。
森を形成している木も、種類が変わり。
シラカバやブナ・ナラと言った、背の高い広葉樹から。
シイやカシの様な、やや背の低い常緑樹へ。
地上にも、どんぐりの様な物が落ちていて。
中には発芽している物も有る。
〔この森が生きている証拠〕と言えるだろう。
その中を、慎重さと大胆さを以て。
ミギィ達は進んで行く。
その内、小川はチョロチョロ状態と成り。
源流を通り過ぎたのだろう、流れが見えなくなった。
辺りも段々開けて行く、そして。
村らしき場所へと出た。
ここが〔ネオム〕らしい。
家らしき建物は余り見当たらない、人口は少ない様だ。
鳥のカワセミは、水辺に棲んでいるものだが。
カワセミ科は、そこより少し離れた所で暮らしている。
因みにヤンゴタ渓流は、比較的標高の低い場所。
標高の高い渓流地帯には、【ヤマセミ科カワセミ族】が暮らしている。
白黒の斑模様が特徴で、カワセミ科とは区別し易い。
同じカワセミ族なので、カワセミ科とは一定の交流が在り。
彼等も、〔ケッセラ〕に在る温泉を良く利用する。
ネオムは、セセラの末端に位置する村なので。
ここで、ヤマセミ科の連中と出会う事は無いが。
夕焼けの様な赤い光が、天から辺り一帯へ降り注ぐ。
ネオムの中へと入り、辺りをうかがうミギィ達。
ミギィを見てはギョッとする村人、思わずスッと距離を取る。
当たり前の反応だ、ミギィは異常な存在なのだから。
それでも何と無く、悲しくなるミギィ。
ジーノは町の中を見て、不思議に思う。
家と言うより、小屋と言うより。
茅葺きの様な屋根の、ゴツい建物ばかり。
自分達はあんなに着飾っているのに、どうして住居は見かけが質素なのか?
住居に掛ける分のお金で、見栄っ張りな格好をしているのだろうか?
村人の話を、偶々聞く事が出来たアンビー。
その時出て来た内容は。
「ああ、これは【仮の住まい】さ。村とは言っても、ほぼ無人の様なもんだよ。」
「どう言う事?」
「〔家を建てて暮らす鳥人ばかりじゃ無い〕って事さ。あそこに居るちんちくりん、ありゃあドワーフだろ?」
「そうだけど?」
「あいつなら感じてるんじゃないか?〔自分達に近い何か〕をな。」
「そうなの?そうは見えないけどなあ。」
首をかしげているジーノを見やりながら、そう返答するアンビー。
『話をしてくれて、ありがとう』と、中年っぽい男性の村人へ礼を言いながら。
ミギィの元へと戻って来る。
そこへジーノと、足に括りつけていた縄を解いたアーシェが駆け付ける。
アンビーが、ミギィに言う。
「ここは〔仮の住まい〕なんだって。『無人の村だ』って言ってたよ。」
「無人?」
アーシェが疑問を投げ掛ける。
『うん』と返事した後、アンビーはジーノへ。
「あんた、この村から何か感じてる?おっちゃんが、〔ドワーフなら分かる〕って言ってたんだけど。」
「え?うーん……。」
少し考えた後、ジーノは。
『分からん』と一言だけ。
宿の手配を済ませたワッセーが、『どうかしましたか?』とやって来た。
アンビーは、抱えていた疑問を率直に打ち明ける。
『なるほど、そう思うのも当然ですね』と言った後。
ワッセーが説明する。
「私達の住居は本来〔建てる〕のでは無く、〔掘って〕作るのですよ。」
『あちらをご覧下さい』と、ワッセーは。
渓流の先に聳え立つ、山の方角を指差す。
そこには、人工的に造られた様な絶壁と。
絶壁に開けられた幾つもの穴が、小さいながら確認出来た。
『あれが、私達の暮らす〔家〕です』と、ワッセーは言う。
鳥のカワセミは、垂直な土手に横穴を掘って。
そこを巣とし、卵を産み育てる。
その習性が、何かしら残っているのだと言う。
〔残っている〕との言い方は、少しおかしいかも知れないが。
獣人・鳥人に付いて、もっと詳しく知って行けば。
その辺りの謎についても、理解が深まるだろう。
とにかく、カワセミ族も。
土手の様に盛られた壁へ横穴を開け、そこを住まいとしている。
しかし、この辺りに垂直な土手など無い。
そもそも土手程度ではスケールが違う、小さ過ぎるのだ。
そこで協力してくれたのが、竜人。
彼等が山の斜面を削り、絶壁を作ってくれた。
元々の斜度が小さいので、削って出来た面は。
高さは小さく、横幅が長い。
そこを、絶壁の強度を失わない様に。
互い違いで、穴を開けている。
──────
○ ○ ○
○ ○ ○
──────
こんな感じに。
穴はこれ以上増やせない程開いているので、専ら再利用が推奨されている。
全ての穴でカバー出来る以上の人口まで増加した時は、分かれて移住するしか無い。
しかしここ以上に居心地の良い場所は、そうそう無いと踏んでいるので。
誰も出て行きたがらない。
なので、簡易的な居場所として。
ネオムの様な村が、あちこちに作られた。
『ここを住処としよう』なんて考えは、カワセミ科の中には無い。
村での暮らしは、自分達の美意識に反するらしい。
他の種族から見れば、絶壁での生活も。
洞穴に住んでいる様な物なので、どっちもどっちにしか思えないが。
そこまで聞いて、アンビーは。
村人の言った事が理解出来た。
ドワーフは土の妖精、土の中に町を作って暮らしている。
その感覚に近い、と教えてくれたのだ。
一方のジーノは、『一緒にされたくない』と思っている。
穴は掘っているが、空洞の中にちゃんと家を構えている。
〔掘った直ぐ傍から寝転がる〕なんて真似はしない。
穴は穴、家は家。
別物なのだ。
実際にソイレンを訪れた事の有るミギィは、ジーノの気持ちが良く分かる。
だからと言って、カワセミ科の住まいをこの目で確かめていないので。
村人の発言を否定する気も無い。
カワセミ科とドワーフ、双方それ程交流の無い事が。
誤解を生んでいる可能性も有る。
だからミギィは、ジーノにも。
『実際にあそこまで行けば、事実が分かるさ』と諭す。
それと同時にミギィは、サフィの言った事をふと思い出す。
《みんなそれぞれ、役割が有るから。》
ジーノに関しては、これの事じゃないか?
そう思いながら、宿へと案内するワッセーに付いて行くのだった。
宿と言っても、他の茅葺き屋根と大した違いは無く。
一晩限りの、簡易宿。
ネオムに居た鳥人達は。
絶壁へと飛んで行く者有り、ここに残ってゴソゴソしている者有り。
渓流に住んでいる魚を取る為の銛を、手入れしている者も居る。
ここは或る意味、食料を獲得する為の出城でも有る様だ。
ワッセー達と共に食事を取った後、2軒に分かれて宿泊を。
ミギィとジーノ、アーシェとアンビー。
この組み合わせ。
アンビーは〔ミギィと一緒でも良いのよ〕と、変な色仕掛けをして来たが。
それに動揺したアーシェが、『こっちに来いっ!』と無理やり引き摺って行った。
『えーっ、ざんねーん』と言いつつも、ニヤッと笑っているアンビー。
アーシェを揶揄って、楽しんでいるらしい。
ネコ族特有の茶目っ気が、変な形で暴走している。
アーシェも気苦労が絶えないな……。
そう思いながら、ジーノは。
その元凶であるミギィと、雑魚寝で就寝する。
この日は、夜遅くまで。
アーシェの悲鳴と、アンビーの笑い声が。
村中に響き渡っていたと言う。
こうして。
ミギィ達の旅の、2日目が終わった。
明日はいよいよ、本命である絶壁へと向かう事に。
何かが道中で、待ち受けているかも知れない。
そう考えると。
辿り着くまでまだまだ油断出来ない、ミギィ達だった。