ヒダリィ達、布のゴンドラで運ばれる
〔ゴンドウの森〕の内部は、基本的に〔ムーランティスの森〕と。
構造は同じ。
やや太い幹の針葉樹が、間隔を空けて生えている。
地面には丈の短い草、花を付けている物も有る。
木漏れ日が差し込み、爽やかな風が吹き抜ける。
何とも心地良い雰囲気、鳥人が守りたくなるのも分かる。
ゴンドウの森は、その全体がヤマガラ系の支配下に有り。
エルフとも言えど、許可無く立ち入る事は出来ない。
それはエルフコミュの在る〔ローレンの森〕も同様で、厳重に出入りは管理されている。
では、その〔許可〕を証明する物は何か?
人獣達も持っていた、透明な小さい板。
そう、イヌ族の長を決める武闘会で使用された〔パス〕と同じ物。
エルフの技術で作られた物体、元は〔許可を出した者かどうか区別する為の道具〕だった。
それを大会用にアレンジしただけ。
まあ、あの時は悪用されてしまったが。
と言う訳で、2つの森に住む者は皆あの板を持っている。
原理も役割も同じなので、ここでもその板を【パス】と呼称する事にしよう。
人獣の所有するパスは、今回限りの特注品。
パスには様々な情報を書き込めるが、情報量が多い程劣化が早い。
人獣のパスには、長持ちさせる為に。
最小限の事柄しか記録されていない。
それで漸く、20年近くの寿命を保持。
通常のパスは2年位しか持たないので、上等な方だ。
因みに、劣化するのは。
刻まれた情報と、表面以外の部分。
表面は硬化の為、内部は情報を書き込む為。
それぞれ材質が異なる。
武闘会のパスが珍重されるのは、材質の違いにより外観が長持ちするのも作用している。
変質の為、透明さが保たれないのは残念だが。
刻まれていた情報によって、劣化時に発する色が異なるのも。
コレクター魂に火を付ける要因だろう。
ともかく、パスによって。
森の行き来は、スムーズになっている。
ではピノエルフには、パスを作り出す技術は在るのか?
答えは〔ノー〕だ。
生まれ方が歪なので、エルフだった時の技術も変容している。
生粋のエルフに成りすます事は、まず無理だろう。
しかし、それ以外なら……。
ここでの言及は、これまでに留めておこう。
ヒダリィ達を迎えに来た鳥人達は、長くて大きい布も持って来ていた。
2人1組で、布の端と端を持ち。
その真ん中に、1人ずつ座る。
そしてブランコの様に、ゴンドラの様に。
ゆらりと揺られながら、ヒダリィ達は宙に浮かぶ。
移動はやはり、飛ぶ方が早いので。
鳥人達がヒダリィ達を輸送する事にしたのだ。
人を背負いながら飛ぶのは、落ちるリスクが大きいので。
こう言う形式に落ち着いたのだが。
何とも大げさな事態になってしまったものだ。
申し訳無く思いながら、ヒダリィは鳥人達に運ばれて行く。
続いてサフィ、そしてユキマリ。
後は荷物係と護衛係、結局総勢20名以上の一団となった。
ユキマリは慣れない地形を駆けたせいで、右足首辺りを少し痛めたらしい。
疲れが取れて、それにやっと気付いたのだが。
だから今回は、自力で飛び跳ねず。
鳥人のお世話になる事に。
空中から眺める景色に、『わあーっ!』と感動しながら。
ユキマリは運ばれる。
首だけをキョロキョロさせて、辺りを見回すユキマリは可愛い方だ。
厄介なのは、はしゃぎまくるサフィ。
『わーい!わーい!』と叫びながら、布の上をビョンビョン跳ねる。
その度に、布の両端を持っている鳥人が。
手を離しそうになる。
『大人しくして下さい!落としてしまいます!』と、悲痛な叫びを上げるサフィ担当。
その前にスーッと寄せて貰ったヒダリィは、後ろを振り向きながらサフィに説教する。
「それ以上周りを困らせる様な事をすると、お前だけここで降ろして貰うからな!」
「何よ、これ位。貧弱ね、鳥人も。」
「お前がアホ過ぎるんだよ!」
「アホって何よ、アホって!しっつれーねっ!」
「『その言動がアホだ』って言ってるんだよ!リディでも言わないぞ、そんな事!」
「ムキーッ!」
腹が立ったのか、ビョンビョン飛び跳ねる勢いが激しくなるサフィ。
『おっととと』とよろける、サフィ担当。
それでもヒダリィは捲し立てる。
「乙女なんだろう!女神なんだろう!だったら大人しくしとけ!見ているみんなに、『こいつ、アホだ』って思われたくないんならな!」
「なっ、何よ!そんな事……!」
有る訳無いじゃない!
そう言って、辺りを見回すサフィ。
しかしヒダリィの言った通り、鳥人達の目線は少し冷たい。
崇める感情も宿らず、高貴な者を見つめる目付きでも無い。
生温かく推移を見守っている、その眼差しは。
喧嘩腰で言い合う子供達を遠巻きに眺めている、通りすがりの外野の目に似ている。
ムキャーッ!
変な雄叫びを上げた後、サフィは大人しくなる。
やっと、今の自分の立ち位置を理解した様だ。
外見はこんなに素晴らしいのに、何て中身は残念なのだろう。
そう思っているに違いないわ、そんなのは嫌っ!
許されない!
ツンとお澄まし状態になるサフィ、何とかして威厳を取り戻そうとしている。
しかし悲しい事に、既に手遅れだった。
第一印象はサフィの勝ち、しかし今はユキマリの方が好印象。
それは当分、覆りそうに無かった。
ヒュンヒュンと、木々の間を縫って飛び続ける鳥人達。
サフィが大人しくなったお陰で、全体の速度も上がった。
暫くすると、木々の間隔が他よりも狭い地域へと入った。
鳥人達の移動スピードが、途端に落ちる。
それは〔ペテフの町に近付いた〕事を意味する。
しかし地上には、移動の跡が無い。
その代わり、枝と枝が茂り出した。
少し進んだ所で、鳥人達は。
やや上昇し、針葉樹の天辺へと近寄る。
スーッと移動した後、枝が密接に絡み合う箇所へと降りて行く。
そこには、巣箱の様な小屋と。
それ等を繋ぐ、通路の様な板が敷き詰められていた。
フワッと着地し、ヒダリィ達を降ろす鳥人達。
預かっていた荷物を返すと、そそくさと奥へ引っ込んで行く。
小屋は空中島で見た物と近い、ほぼ個室の様だ。
ただ所々に新しい木材が継ぎ足されている、修繕の跡らしい。
昔から同じ物を大事に使っている、その方が住み心地が良いのだろう。
周りを見渡し、そして下を覗き込むヒダリィ。
高さは10メートル以上有りそうだ、落ちたらただでは済まない。
慎重に動かないと、そう思っていた時。
小屋の向こうから歩み寄って来る影が。
それは、フキの町へ招待状を届けに来たヴァリーだった。
ヴァリーはヒダリィに声を掛ける。
「遠路はるばるお越し頂き、ありがとうございます。さぞかしお疲れでしょう。」
「いえ、何て事有りませんよ。」
あはは。
笑って、不穏な空気を吹き飛ばそうとするヒダリィ。
ここまで鳥人の誰も、ヒダリィの異常さに触れなかったが。
ユキマリへの気安さとは反対に、ヒダリィとの間には微妙な空気が漂っていたのだ。
マーガから、炎のドラゴンと化したサラの事を聞かされていたのだろう。
どう接して良いか分からない、そんな感じ。
ヴァリーだけは、こんな姿に成る前のヒィと面識が有ったので。
『これも彼特有の、凄い技なのだろう』と思っていた。
実際は、サフィがやらかしたのだが。
ヴァリーはヒダリィの耳元で、ヒソッと。
『レッダロン様には、既に連絡済みです。あちらは大丈夫でしょう。』
『ありがとうございます。』
『奴等が動いている事は。私とマーガ、それに〔バットン〕のトップしか知りません。心に留め置かれますよう。』
『分かりました。』
客人が来たので、迎えに行った。
そう言う体で、ヒダリィ達を速やかにこちらへ避難させた。
だから、ピノエルフが不穏な動きをしている事は。
極限られた者しか知らない。
そんな事情が有ったので、ヴァリーはヒダリィへ念を押したのだ。
そこまで話し合うと、ヴァリーは。
『宿へご案内します』と、ヒダリィ達を誘導する。
その時、ユキマリがヒダリィへ。
小声で話し掛ける。
『何、喋ってたの?』
『後で伝えるよ。』
『ここでは言えない事?』
『ああ。』
『分かった。』
察したユキマリは、それ以上聞かなかった。
サフィは、布から降りた後もずっと大人しい。
ここの住人にだけは、良い印象を与えとかないと。
あたしの威厳が崩れちゃう……。
乙女として、女神として。
その部分にはこだわりが有り、意地になっているらしい。
その方が、こちらとしても動き易いがな。
ヒダリィは思いながらも、ヴァリーの案内で小屋へと向かう。
続いてユキマリ、その後ろからサフィ。
ヒナはまだ、ヒダリィの髪の中。
落ち着ける場所まで、このまま潜り込んでいたい様だ。
それぞれ別の小屋へ入り、荷物を降ろした後。
鳥人が用意してくれた食事を、美味しく頂く。
生がメインの料理だったが、意外にもイケる。
モグモグ、パクパク。
幼女の姿に成ったリディは、ここでも畏怖の対象。
焔鳥は、鳥人にとって格上の存在。
緊張を隠せない鳥人に対して、『おかわり!』と元気に言うので。
その姿にほっこりしたのか。
漸くリディに対して、鳥人も心を開き始める。
和やかな晩餐となった所で、その場はお開き。
各小屋へと戻った後、寝床についた。
明日からは、一体どうなるのだろう?
無事に辿り着いて、早く授与式を終えないと。
そして向こうへ合流を……。
そう考えている内に、ヒダリィは。
気付かないまま、寝落ちしていた。
翌日。
この森を進んで来た様に、またしても布で抱え上げられるヒダリィ達。
昨日とは別の者達が、ヒダリィ達を運ぶ。
その先頭には、ヴァリーが。
道案内役として付き添っていた。
数時間後、ゴンドウの森からローレンの森へと渡る。
両森の間隔は。
岩石砂漠程では無いが、結構長かった。
編隊を組んで飛んでいたので、遠くからも目立ったかも知れない。
しかし、これで良いのだ。
エルフにもピノエルフにも、存在を示す事で。
これからの展開に、有利となるから。
ともかく、ヒダリィ達は。
一路ナパーレへと、飛び急ぐのだった。
ヒダリィ達が、目的地へ到着しようとしている頃。
ミギィ達はどんな旅をしていたのか?
今度は、そちらを追い駆けてみよう。