森 → 砂漠 → 森
マーボロ地方へ来てから、2日目。
ヒダリィ達は、〔ムーランティスの森〕の中を。
緩やかなカーブを描きながら、反時計回りに進んでいた。
木と木の間隔が広い事も有って、苦も無く進めるが。
人間の足ではそれでも、森を抜けるまでには結構な時間が掛かりそうだ。
いつもはスイーッと、宙を飛んでいるマーガは。
長時間地上を歩くのには、慣れていないらしい。
なので、前方への警戒を兼ねつつ。
枝と枝の間を飛び渡る様になっていた。
この方がしっくり来る、やはり鳥人は飛んでいないと。
マーガはもう、地上を歩く気は無いらしい。
『詰まんないのー』と、話をしたがっていたユキマリは不服そう。
ヒダリィは、生えている草花の中に珍しい種を見つけては。
『へえ、こんなのが』と、独自の楽しみを見出している。
リディは、ヒダリィと旅が出来ればそれで満足。
あなただけは、同志よね?
ユキマリは、サフィの方をチラリと見やる。
表情は案の定、退屈そうで。
欠伸をし掛かっては、口を手で塞いで抑え込む。
その繰り返し。
ユキマリは、『やっぱり刺激が足りないよねー』と。
サフィに対し思っていたが。
実際は、単純に眠かっただけ。
サフィはサフィなりに、これからの事に付いてシミュレートしていた。
夜遅くまで掛かったので。少し寝不足。
ああ、何処かで寝転がりたいなあ。
そんな余裕が有ればだけど。
あたしの想定だと、森を一旦抜けた後に……。
そう考えると、やや気が重くなるサフィだった。
途中で休憩を取る一行。
『これをどうぞ』と、みずみずしい果物をマーガから差し出される。
遠慮無く頂き、のどを潤すヒダリィ達。
この時だけは、リディも幼女の姿に成り。
パクッ、モグモグ。
ゴックン。
『美味しい!』と笑顔になる。
皮ごと、そのまま齧れるそれは。
〔ゴンドウの森〕の近くに在る、ウチェメリーの木の恩恵を受けている一帯。
そこで取れると言う、珍しい果実。
拳大のイチゴで、木に生ると言う【ヘヴィイチゴ】。
他にもそこには、色々な果実が有るらしいが。
ピノエルフはその歪んだ性質から、おいそれとは近付けないらしい。
だから鳥人達も、安全に採取出来るのだそうだ。
ウチェメリーの木には、高貴な何かが宿っている様だ。
しかしサフィの話によると、それ自体に神聖性は無く。
結界樹でも無いらしい。
ただ、生える場所が限られる事と関係は有る。
ジーノでも連れてくれば、その辺の事は分かるでしょうよ。
サフィは言うと、それ以上の内容を話そうとはしなかった。
無理しても聞き出そうとするタイプでは無いヒダリィは、『それだけで十分』と言った顔。
不満そうなのは、ユキマリ。
ここまで話しておいて、お預けを食らったみたい。
もう少しで、核心に触れられそうだったのに……。
そう思うと、残念でならない。
と同時に。
この手の話をする時のサフィは、スラスラと喋るのが常なので。
彼女の明かす事柄が、事実なのか捏造なのか。
時々分からなくなる。
信じたいけど、根拠が薄い。
そう考えると、真贋はどれも保留にせざるを得ない。
考えるの、やーめたっ!
ユキマリはヘヴィイチゴを、思い切りパクつくのだった。
休憩も済んで、一行はまた歩き出す。
爽やかな風が通り過ぎる度、森の奥深くに居る事を忘れる。
先の見えない木々の間から、覗き見える光景は。
ずっと同じで。
まるで一か所を、グルグルと回っているみたい。
ユキマリがいい加減、同じ景色に飽きて来た頃。
漸く、森の端へと到達したらしい。
生えている草の丈が段々と高くなり、前方も明るくなって来た。
そして、草を掻き分けて抜けた先は。
「何……これ……!」
思わず絶句するユキマリ。
ヒダリィは、ため息交じり。
サフィは前から知っていたかの様に、平然と表情を変えず。
遠くにこんもりと、生い茂った木々が見えるが。
その手前には。
まるで溶岩が固まったかの様な、カチンコチンの大きく黒い岩が。
地表のあちこちから顔を出している。
小さい物でも、幅が3メートル程。
岩と岩の間には、黒い砂が覆い被さり。
岩石砂漠とも言えるその範囲は、〔長辺5キロ程×短辺4キロ程〕のやや縦長な楕円。
これは、マーガからの解説による数値。
そこには草や木が生える余地など無く、壮絶な戦いの跡みたいだ。
マーガがヒダリィ達に言う。
「この空間のせいで、私達は厳重な警備を敷いているのです。易々と侵入される訳には行きませんから。」
この様な開けた空間は、身を隠す場所が無い。
空を飛べる鳥人の方が、ピノエルフよりも有利なのだ。
だからこそピノエルフは、こちら側へ来ない。
そこから分かる、ピノエルフの数はそう多く無い。
沢山居るのなら、多大な犠牲を払うだろうが数で押し切れる。
そんな余力は持ち合わせていない、そこでこちら側は捨て。
別の場所から侵入しようとする。
ヒダリィ達が訪れた事及び、その要件の内容を知っているので。
この機会を利用しようとするに違いない。
ウチェメリー徽章の授与式は、盛大に行われる。
大勢のエルフが集まるので、警備も薄くなろう。
必ず隙が出来る、そこを狙って……。
それ位は考えているだろう、だがそれだけでは宝物奪取は成功しない。
他に、利用出来るモノを用意しているかも知れない。
前回の失敗を繰り返さない様、慎重に事を進める為に。
ピノエルフ達は未だに、放置後のヒダリィ達の安否を。
はっきりと確認してはいない。
そこへも直ぐに、手を回して来るだろう。
ヒダリィ達が無事なのは、間も無く向こうへも伝わる。
だから〔セキブ〕へ、もっと急ぎたかったのだが。
こればかりは、左半分しか無い事を恨むヒダリィ。
不安定な状態では無く、完全な一個人なら。
サフィも瞬間移動が使え、ピノエルフを出し抜けただろうに。
悔しがるヒダリィだったが、サフィは逆だった。
〔中途半端なヒィ〕だったからこそ、ピノエルフを炙り出す事が出来た。
そして、奴等を利用する事も。
「感謝する事ね、あたしに。」
誰にも聞こえない音量で、ポツリと呟くサフィ。
それは、ヒダリィに向けられた言葉か。
それとも……。
上空から安全を確認する、マーガ。
黒い砂漠を駆け抜ける、ヒダリィ達。
体力の無さそうなサフィが、一番元気。
逆に疲れているのは、ユキマリ。
ゴツゴツしていて不安定な地面に、足を取られ。
苦戦している様だ。
『もう少しだ、頑張れ』と言う、ヒダリィの励ましが無ければ。
とっくに挫けていただろう。
人が歩いて1時間掛かる所を、16分ちょっとで何とか走破。
成人男性だと、まあまあ早い部類。
鳥人なら数分も掛からない、だからこそ有利。
本来なら、獣人であるユキマリが。
先に、端まで到達する所だが。
前述の通り、砂漠地帯は足場が不安定。
飛び跳ねる感じで普段は進むユキマリは、かなり体力を消耗した。
この点で、人間は獣人を上回る。
どんな地形でも適応力が高い、これが世界の隅々まで進出出来た要因。
更にヒダリィは流浪の民の出身、これ位は何とも無い。
意外なタフさを発揮したのは、サフィ。
ヒダリィと同じ位の速度で駆け抜けたにも係わらず、息一つ上がっていない。
寧ろまだ、余裕が有る様だ。
入念にストレッチを行っているサフィ、それを見てユキマリも真似しようとする。
全く疲れを見せない秘密、その動作に隠れている様ね。
走り出す前にもやってたみたいだし。
そう考え、ユキマリは。
ハアハア言いながら、何とか身体を曲げようとするも。
自力では、どうも上手く行かない。
仕方無く、ヒダリィに『手伝ってー!』と声を掛ける。
『疲れてるのに、無茶するなよ』と言いながらも。
ユキマリのストレッチに付き合ってやるヒダリィ。
身体を曲げ伸ばししている内に、どうにか疲労感が薄れて来た。
そこへ、ゴンドウの森の中からやって来る者が。
ジッと見つめるマーガ、何者かを判別した後。
ホッとした顔へと変わる。
そして、ヒダリィ達に言う。
「仲間が来てくれました。もう大丈夫ですよ。」
マーガの仲間である〔ヤマガラ系ガラ族〕の者が数人、果物を持参して現れた。
水分と栄養分を補給する為、辺りを警戒しながら森の中へ入る一行。
『さぞかし疲れたでしょう』と、声を掛けられながら。
鳥人達からまたしても、果物を渡される。
大きさは拳2つ分よりやや大きい、〔やや小ぶりの瓜〕が表現として近いか。
今度はパカッと真っ二つに割り、くり抜きながら中の果肉を食べる。
切り口からは赤い汁、まるでスイカの様な縞々の外見。
これもウチェメリーの木からの恩恵、【スジチカ】と言う果実らしい。
疲労回復に効果が有る、但しそれ程数は取れない。
言わば貴重な品、それをわざわざ持って来てくれた。
『ひゃっほう!』と立ったまま、早速かぶりつくサフィ。
『行儀が悪い、ちゃんと座ったらどうだ』と、説教気味のヒダリィ。
ユキマリは、ストレッチの効果で歩けるようにはなっていたが。
鳥人の肩を借りて、森へと入る程だったので。
自然と、地面へ座り込む格好に。
今度はヒナは降りて来ない、その訳は。
「うわーっ、しっぶーい!」
しかめっ面に成るサフィ、勢い良く頬張ったので口の中に渋さが溜まったまま。
中々気持ち悪い感じが取れないらしい、草々の上で転がりもがいている。
そう、このスジチカは。
ヘヴィイチゴと違って甘く無い、逆に渋いのだ。
〔良薬は口に苦し〕を地で行っている果実と言えるだろう。
だからリディは敬遠した、ヒダリィから欠片を差し出されても見向きもしない。
こんな所は、やっぱり子供なんだな。
そう思いながら口に入れるヒダリィ、渋みに思わず口をすぼめる。
我慢、我慢……。
早く疲れを取りたいユキマリ、頭の中でそう唱えながら渋みに耐えようとする。
その甲斐あってか、元々の体力に近い状態まで回復出来た。
のたうち回ったせいで、サフィはぐったりしていたが。
やっと口の中の渋みが消えたらしく。
サフィは鳥人達と二言三言、言葉を交わす。
取り敢えず、ヤマガラ系のコミュ【バットン】内に在る町【ペテフ】へ移動する事に。
そこで詳しい話をしよう、そう言う段取りとなった。
『さあさあ、行くわよ』と、ユキマリに起こされるサフィは。
『苦いよー、苦いよー』と、まだ愚痴っている。
話をした時、唾に混じって。
口内に隠れていた渋みが出て来たらしい。
こんな人達で、大丈夫なのだろうか……?
心配になる鳥人達、それを安心させる様に。
ヒダリィは言う。
「これ位が丁度良いんですよ、俺達は。余計な力が抜けますから。」