無い物強請(ねだ)りは、宜(よろ)しくないわよ?
「別の場所?信じられないねえ。」
中年女性の姿をした人獣は、そう言って渋い顔に成る。
『うっそだー!』と言う男の子と、『止めなさい』と諭す老人男性。
疑いの目を向ける、若者と中年の男達。
『可哀想に、頭がおかしくなっちゃったんだね』と、ヒダリィの手を握って来る少女。
ほーら見ろ、信じちゃくれない。
お前が止めないからだぞ、サフィ。
困った顔に成るヒダリィは、そう思う。
鳥人だけは、澄んだ目で真っ直ぐ。
ヒダリィを見つめている。
『ちょっとー』と割り込もうとするユキマリを、サフィが止める。
そして、一言。
「起こしちゃったわねー、変な気を。」
「え?」
サフィの言葉に動揺するキサ。
『そのまんまよ』と、キサに返すサフィ。
その時、ヒダリィの背中から声が。
《ボクの大切なパートナーを、馬鹿にするなんて。命知らずだねえ、君達も。》
ブワアッ!
背負っていた剣から、真っ赤な炎が吹き上がると。
渦を巻きながら、龍の様な形へと変貌する。
東洋の〔龍〕よりは、西洋の〔ドラゴン〕が近いか。
その巨体は、獣化したキサよりも二回り大きい。
実体化はしていないらしい、周りの木や草は。
燃えるどころか、身体を突き抜けている。
『あわわわわ!』と、困惑する人獣達。
『凄ーい!』と、驚くユキマリ。
サフィだけは、『もうちょっと抑えらんないの!奴等に気付かれちゃうじゃない!』と。
ドラゴン型の炎へ、平然と文句を垂れる。
『忘れてた、ごめん』とサフィへ謝り。
『シュルルルッ!』と姿を小さくする。
そして漸く、子供と同じ位の大きさに。
ヒナもそれに合わせて、ひょいっとヒダリィの頭から飛び降り。
『ポンッ』と、幼女へ姿を変える。
ヒダリィの右側にリディ、左側に炎の塊。
ユキマリは、塊の方へ話し掛ける。
「〔サラマンダー〕って、本当はそんな姿なの?ねえ、サラ?」
「サ、サラマ……!」
びっくりする老人男性。
他の者は、口をあんぐりとさせたまま。
サラが、ユキマリの質問に答える。
「一般的なイメージとしては、これが一番近いかもね。でもボクは精霊、決まった形は無いんだよ。」
「ふうん、そうなんだ。」
「な、何故!普通に……!」
サラマンダーと言えば、火の精霊としては最上級。
それが、獣人とタメ口で語り合っている。
何て恐れ多い事を……!
とばっちりが来ると思い、思わず身構える老人男性。
しかしユキマリは、あっさりと。
「だって、〔仲間〕だもん。ねーっ。」
「ねーっ。」
サラも応じる。
『うちも!うちもーっ!』と、ピョンピョン跳ねてアピールするリディ。
『そうだね、君もだね』と、リディの頭を優しく撫でてやるサラ。
『えへへー』と喜ぶリディ。
その間に挟まれて、顔をしかめているヒダリィは。
思わず『いい加減、この場を収めてくれよ』と、サラに願い出る。
彼を困らせるのは本意では無い、素直に引き下がるか。
ヒュルッと剣の中へ戻る際、人獣達に念を押す。
「彼等の事、頼んだよ。くれぐれも、欲を掻かない様に。」
一時混乱したが、人獣達はヒダリィ達を受け入れた。
但し、急な訪問だったので。
ヒダリィ達の分の食事は無い。
寝床も、そこら辺に倒れている木へ寄り掛かる位。
人獣達は、サラからの言葉が脳裏を過ぎり。
食事や場所を提供しようとするが、ヒダリィは丁重にお断り。
厄介になる者が贅沢をしては、本末転倒。
ヒダリィ達は、荷物袋の中から干し肉を取り出し。
もぐもぐと食べ始める。
申し訳無さそうに、自分達の分の食事を頂く人獣達。
全く、何方が訪問者なのやら。
鳥人は『報告に戻ります』と、ヤマガラ科のコミュへと帰って行った。
その時サフィから、『一番偉い者にだけ知らせなさい』と。
鳥人に何かを持たせた。
黙って頷く鳥人、大事そうに服のポケットへと仕舞った。
それが何なのかはっきりするのは、もっと後の事だった。
大人しく寝付く、ヒダリィ達。
食事が終わると、中年男性と中年女性が。
ウチェメリーの木に板を翳し、外へと出て行った。
交代制で、森を見回っているらしい。
ご苦労な事だ。
そこまでして、この森を守る義理が有るのだろうか?
不思議に思ったユキマリは、横で寝そべっている男の子へ尋ねる。
「ここに来て、長いの?」
「ん?うん。」
寝掛かっていた所を、起こしてしまった様だ。
『ごめんね』と、小声で謝るユキマリ。
『気にしないで』と言いつつも、大きく欠伸をする男の子。
このまま話を続けたら、可哀想だ。
『明日起きたら、少しお話してくれる?』とだけ、ユキマリは言った。
むにゃむにゃ言いながらも、『うん』と返事してくれた男の子。
彼も、話し相手を求めていたのかも知れない。
寝入った顔は、笑っていたから。
それを見て『ふふっ』と微笑みながら。
ユキマリも就寝するのだった。
翌朝。
約束通り、男の子はユキマリと話をしてくれた。
名前は【ベンガ】、これでも【ワータイガー=トラの人獣】らしい。
獣のトラなら恐れるが、人獣なら怖く無い。
遠慮無く話し込むユキマリ、それに応じるベンガ。
本当は、ベンガの兄が来る予定だった。
しかし事情が有って、代わりに弟の自分が来たのだと言う。
人型こそ男の子だが、ユキマリよりもかなり年上だった。
人獣は、人間族や獣人よりも年の取り方が異なる様だ。
それでも見かけが子供なだけに、急に敬語は使えない。
そんなユキマリに、『良いよ、今までと同じで』と声掛けするベンガ。
『お言葉に甘えて』と、ユキマリはいろんな事を聞いた。
〔ここでの暮らし〕や、〔ピノエルフ達を何とかした後どうするのか〕など。
後は少女をチラ見しながら、〔あの娘とは、どんな仲なの?〕とか。
要するに、〔仲間として対等に接した〕のだ。
こんな暗い所にずっと居たんだ、外界の話とかも聞きたいだろう。
ストレスも溜まっているかも知れない、それが私との話で和らげる事が出来たら……。
話す目的がすっかりと変わっていたが、ユキマリは気にしない。
それが本来の、〔微ウサギ系ウサギ族〕。
人間では無い、人間と同じでいる必要も無い。
だから、話が脱線してもお構い無し。
これがユキマリを、フキの町でアイドルたらしめた要因。
気の向くまま繰り広げるトークは、心地の良い物だった。
だから、他の人獣達も。
何時の間にか、話の輪に加わっていた。
ちゃっかりと、リディまで。
それを少し離れた所から見ている、ヒダリィとサフィ。
純粋な人間族であるヒダリィは、入り込めない何かを感じ取っていたのだろう。
普段は気にする事の無い、見えない壁の様な物。
無意識下で作用している、本能に直結した部分。
だからユキマリが、少し羨ましく思えた。
獣人としての色が薄い、微系だからこその。
フットワークの軽さ。
自分に無い人当たりの良さを持っている、そう考えると虚しさが込み上げる。
そんなヒダリィの左脇腹を、不意を突いて突いて来るサフィ。
『なっ!このっ!』と、咄嗟に右拳を振り上げるヒダリィ。
『きゃあっ!』と軽い悲鳴を上げながら、両腕を前で交差させ。
おでこを守るサフィ。
『ふんっ』と、右側を向くヒダリィ。
そしてポツリと、『ありがとよ』。
腕を降ろしながら『どうも』と、素っ気なく返すサフィ。
顔をしかめていたヒダリィをリラックスさせようと、わざとちょっかいを掛けた。
それに気が付いたので、ヒダリィは柄にも無く。
サフィに礼を言ったのだ。
心の中では、サフィも照れ臭かった。
珍しく礼なんて言うんじゃないわよ、調子が狂うじゃない。
そう思いながらも。
ニヤけそうになるのを必死で抑える、サフィだった。
昼前に、あの鳥人が。
人獣達の食事を持って来た。
食べている間に、ヒダリィ達は。
鳥人と、彼のコミュへと移動する相談を。
彼は【マーガ】と名乗り。
無事に報告を済ませた事を、まず述べて。
その時に上から提示された案を、ヒダリィ達へ話す。
宝物が曽て安置されていた場所を中心にして、時計回りに進めば。
〔セキブ〕の在る森【ローレン】へ直接、入る事が出来るが。
奴等が念の為、森と森との間で警戒している可能性が有る。
ならば、遠回りにはなるが。
反時計回りに進み、鳥人コミュの在る森【ゴンドウ】を通過した方が良い。
と言う内容だった。
この案にヒダリィ達も同意し、その様に行動する事となった。
因みに今居る森は【ムーランティス】、1つの森だった時は【パンゲイク】と呼ばれていたらしい。
その名前に、懐かしさを感じるサフィ。
それが何処から来ているのかは、本人しか知らない。
ただ、一帯の説明をマーガから受けている時。
サフィが遠い目をしているのを、ヒダリィは気付いていたので。
『大昔の何かを思い出しているのだろう』とだけ、察した。
そんな事は露知らず、ユキマリは別れの挨拶を人獣達と交わしている。
リディはヒナの姿に成って、定位置となったヒダリィの髪へと。
それぞれが出発の準備を整え、食事中の獣人達に手を振りながら。
隠れ家を後にする。
そして、案内役のマーガを先頭に。
ムーランティス内の、草に覆われた道無き空間を。
着実に一歩一歩、歩き進むのだった。