ピノエルフの背中で揺られ……あれっ?
ミギィとヒダリィ、双方が現地人と接触し。
目的地へ向け、本格的に進み始めた。
ここから暫くは、ヒダリィ側に付いて綴って行こうか。
「ありがとうございます、助かります。」
「いえ。この位、どうって事有りませんよ。」
フレメンに背負われながら、草原を跳ね抜けるヒダリィ。
サフィがピノエルフ達に提示した案は、『ピノエルフがヒダリィ達を背負って、カテゴリーを横断する事』。
人間が徒歩で3日掛かる道のりを、エルフは1日で走破する。
つまりエルフが移動するのに掛かる時間は、人間族の3分の1。
エルフはそれなりの筋力も有るので、人一人なら背負って進むのも問題無い。
この辺りの地形にも明るいので、跳ね回るのもそれ程苦にならない。
正に、ガイドとして打って付けの相手を見つけたのだ。
自分の足で移動しても、特に問題は無かったユキマリだったが。
ピノエルフの好意に甘えて、背中で揺られている。
面倒臭かったのは、〔サフィを誰が背負うか〕を決める時。
見た目〔だけ〕は美少女なので、かなりの争奪戦に。
一番の客人であるヒダリィは、フレメンが担当する事になったので。
残りは2枠、これが結構揉めたのだ。
『まあ、当然よね』と、サフィは自身の美貌を誇る。
サフィ程でないにしても、取り合いとなったユキマリも。
それなりに嬉しかった。
ここでリディも加わったら、更に揉めていただろうが。
ヒナのまま、ヒダリィの髪に収まっていたので。
辛うじて、グループの解体だけは免れた。
ではどうやって、平和的に決着が付いたのか?
それは、『じゃんけんで決めたら?』とのサフィの一言。
本人が提案した物だから、ピノエルフ達もすんなりと受け入れた。
そして勝ち残った者が、今こうしてサフィを背負っている。
背中からはその顔付きが見えない、恐らくデレデレだろう。
サフィもそれを分かっているのか、時々ピノエルフの耳元で『頑張って』と囁く。
その度にフレメンを追い越しそうになっては、周りからの指摘でハッとし。
後ろへ下がる。
それをどうやら、面白がっているらしい。
戒める様にキッと睨むヒダリィ、プイと顔を背けるサフィ。
その繰り返しだった。
サフィの争奪じゃんけんに最後の最後で負けた者は、ユキマリを背負う係に。
残りの者は、荷物係と辺りの警戒に付いた。
こうして取り合えず、ヒダリィ達は。
一路、ピノエルフコミュの〔タッカード〕を目指して。
草原を突き抜けて行った。
背負われてから、数時間。
一定間隔で休みながら、ヒダリィ達は進んで行く。
流石にずっと背負うのは、体力を消耗するので。
途中で、荷物係と背負う係が交代する。
思わぬお零れに、狂喜するサフィ担当。
荷物とその持ち主、背負う対象が入れ替わっただけなのに。
張り切る者、疲れて気が抜ける者。
その差が激しい。
その様を見て、ヒナが『ピピッ』と一鳴き。
『〔酷ーい!〕だってさ』とサラから聞かされ、ヒダリィも心の中で同意。
サフィの外見にもすっかり慣れ、捻くれた性格も知っているので。
彼等がどうしてそこまで喜べるのか、ヒダリィには不思議に思えた。
それは恐らく、〔ヒィがサフィの事を、身内として認識する様になった〕証なのだろう。
サラはそう分析していた。
仲間を越えた何かに、サフィは成りつつある。
それは意外に、危険な事なんだけどね。
そうアドバイスしたくなるが、敢えてそこを堪える。
本人自ら気付かないと、意味が無いから。
役割を交代して、再び進み出してから。
2~3時間経った頃。
前に、こんもりとした森が見えて来る。
あの中にタッカードは在るらしい。
高さは30メートル程あろうか、のっぽの木々が並んでいる。
森の中には、程々の空間が存在する。
しかしエルフの里を訪れた事の無いヒダリィには、どんな暮らしをしているのか想像が付かない。
空中島のエルフは、人間が捨てて行った家を再利用していた。
浮遊している範囲には、元々暮らしていなかったらしい。
エルフの住まいらしき痕跡は無かった。
だから、正式にエルフコミュへお邪魔するのは。
今回が初めて。
緊張からか、少し身震いする。
『大丈夫ですか?』と、背負ってくれているピノエルフが声を掛けるも。
『はい、大丈夫です』と返すだけ。
『お気遣い、ありがとうございます』と言う、丁寧な言い回しさえも。
使っている余裕は無い。
何故だろう?
そんなに、初めて行く地が怖いのか?
自身に問う本人さえも、原因は分かっていないらしい。
ヒダリィの怪しい様子に、後ろから見ていたユキマリは気になって仕方が無い。
サフィだけは、理由を分かっているみたいだが。
その証拠に、戸惑っているヒダリィの事を。
『ふふふ』と笑みを浮かべながら、目を細めて見つめていたから。
背負われたまま、森へと突入するヒダリィ達。
いつもなら枝から枝へと、ピョンピョン跳ねて進むらしいが。
『背中に居る人物に、何か有ってはいけない』と。
地上をタタタと駆けている。
針葉樹林だろうか、真っ直ぐ天へと伸びている木々は。
先が尖っている、鳥達は留まりにくそうだ。
幹は直径50センチ程、それが4~5メートル程の間隔で生えている。
地面には、丈の低い草と。
剥き出しの地表が半々。
木の根っこ付近には、変なきのこも見える。
しかし地上にも、枝の上にも。
ピノエルフが暮らしているらしい場所は見当たらない。
ヒダリィはピノエルフへ尋ねる。
「あなた方のコミュは、まだ先なのですか?」
「いえ、もう直ぐですよ。」
そう言ってピノエルフは、或る場所を指差す。
そこには、大きな穴が。
直径3メートル程のそれは、或る程度の深さが有りそうで。
とても町の入り口には見えない。
モヤっとした気持ちの中、ヒダリィはその傍へ到着。
背中から降りようとした時、ピノエルフがクルッと穴に背を向ける。
「ちょ、ちょっと!何の真似よ!」
声を上げるユキマリ、彼女もまた同じ状態だった。
そして次の瞬間、ポイッと。
背中から穴に向かって、その身が投げ捨てられた。
「きゃあっ!」
穴の中へ落ちて行くユキマリ。
ヒダリィは一足早く、穴の底へ。
続けてサフィも、投げ捨てられる。
「残念だよ、あんたみたいな美人を〔殺す〕のは。」
そう言い残して、ピノエルフは跳び去る。
荷物も、穴の中へひょいっと投げ入れられる。
そして、最後に穴を覗き込んだフレメンが。
吐き捨てる様に言う。
「邪魔なんだよ、お前等。」
ヒダリィ達の死を確信したのか、ニタアッと笑った後。
フレメンも穴を後にした。
それから、数分後。
「くっそう、やってくれたな。」
そう言いながら、穴から這い上がるヒダリィ。
狩り用の罠らしい、底の部分には尖った物が備え付けられていた。
その先を赤い炎で瞬時に溶かし、突き刺さった振りをして。
じっと動かずにいた。
制御しきれない炎を使うのは、出来れば避けたかったのだが。
緊急事態だったので、仕方無い。
背中に思い切り『ドスン』と、サフィが落ちて来た時には。
思わず、大きな呻き声を出しそうになったが。
ユキマリに口を塞がれた、それが反って。
苦しんでいる演技を増し増しにしたらしい。
穴の下に広がる光景を見て、満足したフレメンが。
その場を離れて行った。
ピノエルフ達を、上手く騙せたのは良いが。
これからどうするか、考えなくてはならない。
周りからピノエルフの気配が消失した後、漸く穴から這い出した。
『これ位の高さ、何とも無いわよ』と。
ユキマリがピョーンと飛び出す。
その後、サフィがゆっくりと。
それぞれ、誰の物か分からないが。
荷物を背負って、這い上がった。
森の中に差し込む、薄い光で。
キラキラと反射する、サフィのリュックサック。
簡単に持ち主を特定出来るこの飾りは、こんな時位しか役に立たないだろう。
そう思いながら、ヒダリィは。
背負っていたサフィの荷物を、本人に返す。
サフィが背負っていたのは、リディの荷物。
ユキマリが持って上がったのは、ヒダリィの荷物だった。
じゃあ、私のはまだ……!
そこに気付いたユキマリは。
慌てて荷物を取りに、再び穴へと突入するのだった。
穴の傍で座り込む3人。
ヒナは未だに、赤い髪の中。
こうなる事を、直感でピンと来ていたから。
ヒダリィは、変に身震いしてたのだ。
サフィは最初から分かっていた、『こいつ等は敵だ』と。
しかし折角なので、利用させて貰う事にした。
レッダロンに恥を掻かせたいのか、それとももっと大きな野望の為なのか。
ヒダリィが邪魔らしい、だから排除する。
それだけで動いているらしかった。
ここに運んで来たのも、理由が有るのだろう。
しかし、目的地へ近付いたのは事実。
便利屋にされた事を、フレメン達は何時気付くのだろうか。
ヒダリィはサフィへ、今後の事に付いて尋ねる。
「どうする?変な所へ放置されたぞ?」
「『ここなら確実に葬れる』って思ったんでしょうね。」
「まだ何か有るのか?この森は。」
「どうしてこんな物が、ご丁寧に拵えてあると思う?」
サフィは、大きく開いた穴を見ながら言う。
確かに、これは罠。
罠だが、〔人間に対して〕にしては大き過ぎる。
と言う事は……。
考えるヒダリィ、その服の裾を引っ張りながら。
震え声で、ユキマリが言う。
「あ……あれ……何……?」
ユキマリは、ヒダリィ越しに。
ボーッと、遠くの方を見ていた。
そこに見える、揺らめく影。
ギラッと何かが光る、それでユキマリの身体にブルッと悪寒が走った。
不安になったユキマリは、ヒダリィの服を摘まんで。
迫り来る危機を知らせたのだ。
振り返るヒダリィ、穴を隔ててその奥から。
明らかに雰囲気が異質の者が、『ドスン、ドスン』と近付いて来た。
足音の様な物がする度に、上下に体が揺れるヒダリィ達。
そして、3人とヒナの前に。
堂々とその姿を現した、どデカいモノは……。