ミギィとヒダリィ、共に出発点へと立つ
2班に分かれて、進む事になった一同。
ゲートを潜った先を語る前に、まずはその直前を述べて置こう。
慎重に階段を下り、中心の広場から2段上に在るゲートへ。
ミギィとその一行は辿り着く。
上から見た時は、単純に牢屋の格子戸の様に感じたが。
間近で見ると。
地面に見えるゲートとの設置部、その中央辺りが。
やや外側へ膨らんでいる、どうやら湾曲しているらしい。
右側には留め具の様な物、左側には蝶番の様な物が有り。
右側から開き、左側を軸として時計回りに回転するタイプの扉。
らしい、と言う所までは分かった。
格子の隙間から中を見てみるアンビーだが、真っ白で何も見えない。
とにかく、開いてみよう。
ミギィは早速剣を取り、正面へ構え。
『開けっ!』と唱える。
すると、事前の観察通り。
右側の留め具が『ピンッ!』と上へ跳ね上がり。
『ギギィッ』と言う鈍い音を立てて、扉が回転しだす。
予め、ゲートの右側に退避していて良かった。
90度回転した所で、開く動作が止まる。
あのまま突っ立っていたら、危うく段差から突き落とされる所だった。
改めて、ゲートの正面へ回ると。
目の前には、真っ白な壁が。
絹製の織物の様に、きめ細かい紙の様に。
凹凸は無く、ただただ白い。
好奇心旺盛なアンビーは、感触を確かめようと。
右手人差し指をピンと立て、壁をツンと突いてみる。
すると、静かな水面へ水滴を落とした様に。
波紋が生まれ、外へ外へ波を伝えて行く。
「おっもしろーい!」
今度は右手をズボズボ、突っ込んでは出す。
これも、手応え無し。
これは最早〔壁〕と言うより、単なる〔面〕。
『もう十分堪能したろう?そろそろ行くぞ』と、ミギィに言われ。
アンビーは漸く止める。
もっと遊びたかったなあ。
アンビーは名残惜しそうに、ゲートへ背を向けると。
下のゲートに居る仲間へ、『行って来るね!』と手を振る。
そして、さっさと入って行ったミギィの後に続く。
その次に、まだ少しゲートに慣れていないアーシェが。
腕を前に交差して膝を折り曲げ、ガラス窓をぶち破って外へ出る様に。
『また会おう!』と叫びながら、白い面へ飛び込む。
最後にジーノが無言で、ぬるっと面の中へ。
その後、ギギギィッと。
勝手に扉は閉まり、留め具がカチンと嵌った。
これで、ヤンゴタ渓流へ向かう班の。
通り抜けが終わった。
一方で、マーボロ地方へと向かう班は。
一番上の段まで登っていた。
ゲートは。
ヘヴンズの周りを取り囲む様に聳えている、薄い膜の。
直ぐ手前に立っていた。
ゲートは〔幅2メートル程、高さ3メートル程〕の、半楕円形。
周りは、頑丈そうな木枠で縁取られていて。
左右からは一定間隔で、斜めに交差する様に蔦が伸びている。
それが菱形を形作っていると言う訳だ。
ユキマリが菱形の中を覗き込むも、真っ黒で何も見えない。
ゲートも不気味だが、それ以上に気持ち悪かったのは。
ゲートの後ろに在る膜。
下の方がどうなってるのか、興味が有ったユキマリは。
『見てみよう』と、膜に近付くも。
下には、真っ青な空間が広がっているだけ。
雲1つ、見えやしない。
何処まで続いているのかさえも分からない。
ここから落ちたら、一体どうなるの?
背中がゾッとし、恐る恐る膜から離れ。
ゲートの前まで戻る。
「気が済んだ?」
サフィの言葉に、ユキマリはブンブン首を縦に振る。
敢えて止めなかったのは、身を以て思い知って貰う為。
これで不用意に、『膜の外へ出よう』なんて事をしなくなるでしょうよ。
サフィの考えは正しかった様だ。
『早く行こ?ね?』と、ユキマリがヒダリィにせがむ。
『はいはい、分かってるよ』と、ヒダリィは背中から剣を抜き。
正面へ構えると、ミギィと同じ様に『開けっ!』と唱える。
すると、左右から伸びていた蔦が。
シュルッと一瞬で縮み、枠の中へと引っ込んだ。
目の前に広がるのは、真っ黒い面。
〔闇〕と言うより、黒く塗りたくられた〔幕〕。
3次元的では無く、2次元的に。
視覚では捉えられた。
『先に行くわよー』と、平然とした顔でサフィが突入。
スルッと姿が見えなくなった。
『じゃあね!』と、下の方へ叫びながら。
ユキマリも続く。
ヒダリィはリディの手を引きながら、2人で黒い面へと。
その後少しして、また左右から蔓がシュルッと伸び。
ゲートが閉じる。
こちらの一行も何とか、ヘヴンズから旅立ったのだった。
ゲートを通り抜けた先は。
対照的な風景が、目の前に広がっていた。
渓流へと出て来た、ミギィ達を待っていたのは。
岩や石、更には生えている木々の下方を。
びっしりと覆い尽くしている苔が作り出す、ジメジメとした空気と。
サラサラ音を立てて流れている、爽やかな小川のせせらぎ。
フキの周りに見られる様な、間隔の狭い茂った森では無く。
お互いに1.5メートル以上は離れて立っている、しっかりとした木と。
その間に生えている、丈の短い草。
湿り気さえ気にならなければ、じっくりと渓流釣りを楽しめそうだ。
しかし今は、そんな事を気にしていられない。
ゲートを直ぐに閉じ。
それが立っている、ちょっとした倉庫程の大きさの岩を降りて。
小川の近くへと移動する。
そこで、ケイムから預かっていた信号弾を。
ジーノが袋から取り出すと、早速打ち上げる。
シュルルルルーーーーッ、ボンッ!
結構高くまで上がった後、オレンジ色の煙に変わる。
こちらへ着いたら、使って下さい。
直ぐに迎えに参ります。
ケイムからそう言われていたので、指示通りに。
渓流は鬱蒼と茂った森と違って、上方に結構な隙間が在り。
信号弾を打ち上げ易い。
鳥人お手製で、暮らす環境に合わせてあるので。
多少の湿気も何のその。
さあて、後はのんびり待ちますか。
木漏れ日が差す中、その場に座り込もうとするミギィ。
その時、『兄貴、これを敷きなよ』と。
お尻を濡らさない様、ジーノが防水シートらしき布を渡してくれる。
『念の為の備えだよ』と、自慢気のジーノ。
各自お尻の下にそれを敷き、腰を据えて迎えを待つ。
ただ、アンビーだけは。
ネコの本能が少し混ざっていたのか、小川に入って。
魚の掴み取りをしようとするのだった。
対して、ヒダリィが抜けた先は。
涼し気な風がそよぐ、草原。
直径3メートル以上は有ろうかと言う、立派な大木。
その幹の下方に、グルグルと巻き付いている蔦。
その一部がシュルッと解け、そこから出て来たのだ。
振り返って見上げてみると。
あの上空島で見た3本の大木と、全く同じだった。
これは、話に聞いていた〔結界を成す8本の大木〕に違いない。
だとすると、またサフィが……。
ヒダリィはサフィの様子を確認しようと、チラッと視線を送る。
しかしサフィは、至って元気。
結界は回復していないのか?
その辺りの事までは、ヴァリーから聞いていなかったヒダリィ。
さて、どうやって〔ナパーレ〕まで行ったものか……。
ケイムは、位置を知らせる為の信号弾をくれた。
一方でヴァリーは、何も渡してくれなかった。
ただ、『目立つ目標が在りますから、そこを目指して下さい』とだけ。
こう言う時の、瞬間移動だろう?
そう考えてヒダリィは、サフィへ要求する。
「なあ。パパッとナパーレまで連れて行ってくれよ。例の術で。」
「瞬間移動の事?使わないわよ、そんなの。」
「えーっ、その方が断然早いだろう?それに俺達は、町の場所を知らないぞ?」
「ヴァリーの言葉を忘れたの?目印よ、め・じ・る・し。」
そう言ってサフィは、と或る方向を指差す。
その先を目で追うヒダリィ、そこには。
「わあーっ、おっきい木ー!」
歓声を上げるリディ、その言葉通りに。
空中島でサフィが植え、立派な大木へと育った〔あれ〕が。
遠くの方に見えていた。
ユキマリが、ヒダリィの左手へ抱き付き。
向こうを指しながら、はしゃぐ感じで嬉しそうに言う。
「あれってさあ、〔ヒィの樹〕だよね!すっごーいっ!こんなに離れてても分かる位、大きいんだね!」
「だから、〔ハイエルの樹〕って呼んでくれよー。とほほ。」
「良いじゃんか、そんな事!ねえサフィ!目印って、あれの事だよね!」
「当然でしょ?あたしが丹精込めて育てたのよ。見間違うもんですか。」
『生産者は語る』と言った所か。
この景色からも、空中島が。
無事に、元の場所へ帰った事が分かる。
そうと決まれば、とっとと行きますか。
既に進み始めていたサフィの後を、追い駆けるヒダリィ。
ユキマリとリディも、後に続く。
一路、ヒィの名を冠する大木を目指して。
2班に分かれた、ヒィ達。
それぞれがこうして、目的地を目指して動き出す。
どちらもすんなりと、到着出来れば良いのだが……。