(ヒィ×2)+(剣÷2)= 何?
「そういやさあ。ゲートって、〔在る〕のか?」
ジーノがサフィへ、行き先に関するゲートに付いて尋ねる。
ヒィもその点は、気になっていた。
確か、『外側からゲートを開放しないと使えない』とか言っていた筈。
つまり、目的地へ通ずるゲートを見付けても。
ヘヴンズを訪れる前に直しておかないと、ここからはゲートは通れないのだ。
『なあんだ、そんな事心配してたの?』とサフィは、ヘヴンズに在る2か所のゲートを指差す。
中央に配置されている〔クリスタル群〕を介して、右へ90度折れた先に。
下から上へと通っている、8本の階段の内の1つが在るが。
底辺の広場から2段上に当たる段差の、その階段から少し向こうには。
鳥かごの入り口の様な物が、内側に向けて突っ立っている。
一番上に当たる段差の、その階段から少し手前には。
蔦が菱形を描く様に交差している、柵の様な物が在る。
サフィの話では。
下方に見えるのが、〔ヤンゴタ渓流〕へ行く為のゲートで。
上方に見えるのが、〔マーボロ地方〕へと至るゲートだと言う。
それ等は、ヒィがクリスタル群の機能を回復させた時。
同時に復活した、幾つかのゲートの内の2つ。
よくもまあ、都合良く残っているものだ。
そう不思議がる一同に、サフィは。
サラリと、決まり文句を言うのだった。
「だって、ファンタジーだもの。」
8分割する階段を1つ跨ぎ、反時計回りに90度近く進むと。
マーボロ地方へのゲートが、直ぐ上に見える。
下を見ると、階段を交差する形で。
ヤンゴタ渓流へのゲートも確認出来た。
下へ向かおうとする、アーシェ・ジーノ・アンビー。
上へ向かおうとする、ユキマリとリディ。
しかし皆、階段へと出た所で足を止める。
そして、ヒィの方を振り返る。
彼はどちらを選ぶのだろう?
皆が、そう考えていた。
当人のヒィも、未だに選べずにいる。
レッダロンはヴァリーを通して、『来て欲しい』と言った。
ケイムは『助けて欲しい』と、依頼しに来た。
双方に『行く』と約束した以上、優先順位は付けられない。
苦しい選択、一体どうしたものか……。
その時サフィの顔をチラッと見ると、何故かニヤついていた。
嫌な予感がする。
元々、『出来る』と言い切ったのはこいつだしな。
何か企んでいるに違いない。
そんなヒィの心情を察したのか、サフィは徐に。
服の右ポケットから、例の神器を取り出す。
『ボンッ!』と大きな音をさせて。
あの水色に透き通った、〔カヌーのオール〕状の棒へと変える。
ヒィは嫌そうに、サフィへ尋ねる。
「そのヘンテコな棒で、何をしようってんだ?」
「ヘンテコじゃ無いわよ!ちゃんと【ドゥヌラーベ】って、素敵な名前が有るんだから!」
「そんな名前、初めて聞いたぞ?」
「あれ?言って無かったっけ?」
「言ってねえよ、一度も。」
「おうっ!これはまた、やらかしてしまいましたなあ。」
あはははは。
頭を掻きながら、笑って誤魔化そうとするサフィ。
『白々しい真似は止せ』と言う目付きの、ヒィ。
余りに視線が鋭いので、ややたじろぐも。
女神のあたしが、屈服して堪るもんですか!
腰に手を当て、グイッと胸を張り。
『えへん』と言った格好をする。
そして、とんでもない事を口走る。
「さあて!これからがメインディッシュよ!今からヒィを、【分割】しまーすっ!」
「な、何を言い出すんだ!お前は!」
その言葉に動揺するのは、サフィに名指しされたヒィ。
分割だって!
そんな事してどうするんだ!
いや、そもそも出来る訳が無い!
こいつ、とうとう気が狂って……。
そこまで考えて、ヒィは。
サフィが、どうして今まで楽しそうだったのか。
その答えに行き着いた気がした。
「ま、待て!止めろっ!」
「今更、何をビビってんの?」
「こ、殺す気か!」
「さぁてねぇ。」
そう言いながら、サフィは。
右手に握り締めたドゥヌラーベを、天高く振り上げると。
大声で叫びながら、ヒィの脳天へ『シュッ』と振り下ろす。
「でぃう゛ぁーーーーいどっ!」
「うわあぁぁぁっ!」
ヒィは身体が硬直して、そう叫ぶのが精一杯。
サフィによる撲殺を、腕で防ぐ暇も無く。
思わず目を瞑ってしまう。
瞼が閉じる瞬間、ヒィは見た。
今までで一番、ニタアッと笑っていた。
不気味な、サフィの顔を。
もう駄目だっ!
ヒィが観念し、ドゥヌラーベがその頭頂に触れた瞬間。
ズバアッ!
「うわっ!」
「きゃあっ!」
2人の様子を階段から見ていた者が、相次いで声を上げる。
ヒィの周りから、突風が吹き上げる。
それに抵抗する様に、皆前屈みと成り。
腕で顔を遮り、かまいたちの様な鋭い風から目や口を守る。
突風は竜巻と成り、ヒィを中心へと飲み込むと。
ギュルルルル!
ドリルの様に鋭く回転して、『パシッ!』と弾けて消滅した。
そして中から現れたのは……。
「……ヒィが、【2人】!?」
一番先に視界を開いたアーシェが、思わず絶叫する。
その声に反応して、事態を確認しようと。
次々と残りの者が、顔の前から腕を退ける。
そして皆、絶句する。
アーシェの言った通り、〔ヒィが2人立っている〕ではないか。
しかし、おかしな点が有る。
2人のヒィはそれぞれ、【片側が薄い】のだ。
身体を真ん中で半分に切り、引き裂いて。
欠けた側を、ガラス細工で埋め合わせた様に。
つまり、そこには。
〔右半分が薄いヒィ〕と、〔左半分が薄いヒィ〕が。
並んで立っていたのだ。
濃い側が、元々の本体らしい。
それは、背中に在った剣の状態から分かる。
右半分が濃いヒィの背中には、同じく右半分しか無い剣が。
逆に左半分が濃いヒィは、左半分しか剣が無い。
2人に増えたヒィは。
お互いに向かい合って、『ん?』と疑問形の顔付きになって。
ジロジロ観察し合った後。
『だ、誰だっ!』と、指を指し合う。
濃い方の肩をそれぞれポンと叩き、サフィが言う。
「綺麗なもんでしょ。これが〔分割〕よ。言っとくけど、【両方とも本物】だから。」
「「も、戻せるんだろうな!」」
2人のヒィは、縋る様な顔付きでサフィに迫る。
『あったりまえよー、あたしを誰だと思ってんの?』と、得意顔のサフィ。
にじり寄る2人のヒィを、無理やり押し返す。
やっとヒィ達は観念したらしい、自分の置かれている状況を確認し出す。
濃い方の腕で、背中から剣を抜くヒィ達。
握る感触に違和感は無い、元は左右対称の片手剣だから。
しかし正面に構えてみると、不思議な気持ちに成る。
こんな状態で、戦闘など出来るのだろうか?
不安が増すヒィの心中。
そこへサラの声が、宙にこだまする。
《剣まで真っ二つは無いだろう?酷いじゃないか。》
「仕方無いでしょ?あんたの力が強過ぎるから悪いのよ。分けられないんだもの。」
《強過ぎるって点は、同意するよ。》
「調子に乗らないの。」
《君だって。》
こいつぅ。
そっちこそ。
うふふ。
あはは。
恋人同士の様に、変なじゃれ合いを見せ。
陽気に笑う、サフィとサラ。
そこへジーノが、頭を抱えながら横やりを。
「兄貴が!兄貴がーっ!」
「絶叫しても、もう分けちゃったから。これで2か所同時に、攻略可能って訳。分かった?」
「この世界の法則を無視するにも!程が有るぞ!」
「今度はアーシェ?喚いたって、何も変わらないよ?」
「ねえねえ!こっちのヒィ、貰っても良い?ねえ!」
「アンビーも興奮しなさんなって。何であたしが、みんなのお守りを……。」
面白い事態に、みんなびっくりするでしょうね。
そしてきっと、あたしを改めて見直して。
褒め称えるでしょう。
『きゃーっ!女神様ーっ!』って。
事前にそこまで妄想していた、サフィだったが。
そんな事には全くならず、逆に場を収める側へと回された。
気に食わない方向へ、ドンドン転がって行く。
もう!
こんな筈じゃ無かったのに!
プンスカ怒り出し、アンビー達へ八つ当たりを。
ユキマリはリディの傍でしゃがみ、『やぁねぇ』と声を掛け合う。
当の〔被害者達〕は、この困難を乗り切ろうと。
固い握手を交わしていた。
因みにサラは、精霊なので。
1つに統一されたまま。
剣は等分されてしまったが、剣の中でサラは繋がっている。
一言で表すなら、【同時存在】か。
2人のヒィが、離れてしまっても。
サラは1つ、それぞれのヒィと同時に会話が可能。
何とも便利な存在だ、精霊と言う物は。
だからこそ、サフィも手こずっているのだろうが。
濃い側が本体と言う事なので、便宜上。
右側が濃いヒィを、〔ミギィ〕と。
左側が濃いヒィを、〔ヒダリィ〕と。
呼ぶ事になった。
ヒィは右利き、右側の方が戦闘に向いている。
戦いに成りそうなのは、ヤンゴタ渓流。
だから下へ行くのは、ミギィで。
サフィやユキマリに同行するのは、ヒダリィとなった。
皆が落ち着きを取り戻した所で、これからの手筈を。
なるべく素早く、事態を収拾する事。
双方何か有れば、サラを通じて連絡を取り合う。
そして早く片付いた方が、もう片方へ駆け付ける。
ここまで申し合わせると、階段上で二手に分かれ。
段差を移動する。
そしてそれぞれ、ヒィがゲートを開く。
『また会おう!』『じゃあね!』と、お互いに声を掛け合いながら。
2班とも無事に、ゲートを潜ったのだった。