サフィ以外「えーっ!」と叫ぶ状況が、暫(しばら)く続いた
「な、何ですってー!」
《朝帰りの原因は、これなの?》
ユキマリからの、この指摘に。
アンビーは興奮し、ヒィは慌てる。
「ば、馬鹿っ!こんな所で蒸し返すなって!」
「ムキーッ!」
尚もヒートアップして行くアンビー。
グイグイと迫られ、流石のヒィもタジタジ。
それに便乗して、ユキマリも『どーゆー事?』とねっとり絡み付く。
うぐぐぐぐーっ。
これから旅立つってのに、何でここで揉め事を……!
アンビーとユキマリの圧力に負け、その場にペタリと座り込むヒィ。
何の事か分からないアーシェは、複雑な表情のジーノに尋ねる。
「どうした?意思疎通の不具合でも有ったか?」
「ああ、アーシェはその時居なかったんだっけ。隅に置けないよなー、兄貴も。」
「勿体ぶらずに……。」
「それがさー、ごにょごにょ……。」
サフィと2人で朝帰りした件を聞かされ、顔が真っ赤になるアーシェ。
わなわなと震えながら、ヒィの方へ近付くと。
「お、お前だけは!『そんな奴じゃ無い』と思ってたのに!」
「ご、誤解だ!誤解だって!おい、サフィ!お前からも説明を……!」
唯一きちんとした事情を知っているサフィに、助けを求めるヒィ。
しかし、あっさりと却下される。
「やぁよ。〔焼け石に水〕だもの。」
「や、やけ?変な事言ってないで、この場を収めろよ!旅どころじゃ無くなるぞ!」
「この世界って、あんまり諺が通じないのよねー。あー、面倒臭い。」
「だーかーらー!」
「『余計にややこしくなる』って言ってんのよ!分からず屋!それでも良いなら、詳しーく喋っても……。」
「ああ!もう良い、もう良い!好きにしてくれ!」
降参した様にゴロンと、大の字で広場に寝転がるヒィ。
左からユキマリが、右からアンビーが。
しゃがんだ状態で、ヒィの脇を擽る。
ヒヒヒ、アハハ!
ハハハハハハ!
はーっ。
笑い過ぎて、グターッとなるヒィ。
旅立つ前に、気力が尽きた様だ。
頭頂の方へ座り込んだリディが、『よしよし』とヒィの頭を撫でる。
か弱き少女が、この場での唯一の味方に感じ。
目をウルッとさせるヒィ。
アーシェは、今度はサフィの胸ぐらを掴み。
『説明しろーっ!』と、身体を揺さ振るも。
当人は、『なーんにも無いってばー』と。
死んだ魚の様な目で俯きながら、低いトーンで棒読み気味に答えるのみ。
『それ位にしとけよ、あんた騎士なんだろ』と、ジーノに無理やり引き剥がされるも。
『納得行かーん!』とジタバタするアーシェ。
やはり乙女、こんな話には慣れていない。
と言うより、恋愛の機微に対してリアクションがデカ過ぎ。
〔貴族のお嬢様〕らしい一面がアーシェから顔を出す、珍しい時となった。
こりゃあ、先が思いやられるなあ。
寝ころんだまま、空を見上げ。
旅の出だしからコケたのをどう捉えるか、思い悩むヒィだった。
場が落ち着くまでには、十数分掛かった。
最小限のタイムロスで済んだ様だ。
ユキマリもアンビーも、今更。
朝帰り自体に関しては、細かく追求しようとは思っていない。
自分も何時かやるつもり、その時文句を付けられない為に追及は甘い。
『サフィもやったじゃないの』と、言い逃れ出来る様に。
気に入らなかったのは、〔朝帰りした理由をはっきりと話さなかった〕事だ。
ヒィはごにょごにょと適当に誤魔化したので、ちゃんとは聞いていない。
サフィと背中合わせに座って、星空を見上げていた。
それを知られると、事態がこじれると思ったので。
ヒィは『余計な事を言うまい』と考え過ぎて、ゲートの事まで伏せていたのだ。
今、冷静に考えて見ると。
〔エルフの戯れ〕へ向かう事を正式に表明した際、その場には皆が居た。
つまりユキマリもアンビーも、訪れる目的を知っていたので。
ボカさず明らかにしても、何ら問題は無かったのだ。
そうすればこんな土壇場で、ドタバタする事も避けられたのに。
珍しく、ヒィの失態だった。
それだけ、サフィと過ごした貴重な時間を。
尊く思っていた証拠、とも言えるが。
気が済んだのか、ユキマリもアンビーも。
茶目っ気の有る、普段の表情へと戻る。
ヒィも、緩み過ぎた身体がシャキッとして来た。
ゆっくりと立ち上がり、『酷い目に遭ったぁ』と愚痴をこぼす。
『だったら、無用な隠し事はしない事ね』と、サフィに言われ。
お前のせいだろ!
そう突っ込みたくなったが、喉元の奥へと飲み込む。
さっさとしよう、そうしよう。
ヒィは思い直し、苦々しい顔をしながら。
改めて、澄まし顔のサフィへ尋ねる。
「もう開いて良いのか?ゲートを。」
「ちょっと待って。注意事項を話しとかないと。」
そう言ってサフィは、皆に円陣を組む様指示。
この方が話し易いから。
何だ何だ?
注意事項?
ゲートを通った事の無い者が、大半な中で。
仰々しい、サフィの物言い。
潜るのは、そんなに大変なの?
心配と懸念が交錯する中、サフィは皆に向け話し出す。
「ヒィとジーノは、知っての通り。ゲートってのは、〔空間と空間を繋ぐ扉〕なの。」
「うんうん、それで?」
アンビーが、やや身を乗り出した格好で相槌を打つ。
サフィが続ける。
「部屋と部屋を結ぶドアみたいな物。ここまでは分かるよね?」
「それ位はな。」
今度はアーシェが相槌を。
更にサフィが続ける。
「大抵のゲートは、そのまま潜れる。問題は無いの。けど……。」
「けど?」
その文言に、ユキマリの心は不安になる。
青い正方形を右手で指しながら続けた、サフィの言葉は。
「今回のあれは。入ったら直ぐに、横へ転がって頂戴。」
「転がるの?ドアみたいな物なんでしょ?」
「そう。でないと、続いて潜れないからね。」
疑問形のユキマリに、サフィはそう答える。
ジーノが怪しむ様な感じで、口を挟む。
「オラ達が今まで通って来たゲートは、そんな事しなくても良かったよなあ?」
「普通に繋がってたからね。そのまま歩いて行けたのよ。」
「あれは、違うのか?」
「違うわ。解放の仕方が、他の物とは変わってたから。」
「ふうん。」
完全に納得はしていない、ジーノの返事。
他の者も、どうもしっくりいっていない感じ。
ヒィだけはゲートを開いた時、中を覗き込んだので。
サフィの言わんとしている事を理解していたが。
『そうね、実際に見て貰った方が分かり易いわね』と。
ここでヒィに、ゲートを開く様告げる。
やれやれ、やっとか。
ヒィは輪から離れ、正方形の前まで進む。
それを契機に、自然と輪は解散し。
ヒィの後ろへ、一列に並ぶ。
左から、ジーノ・アーシェ・リディ・サフィ・アンビー・ユキマリ。
真剣なまなざしで、ヒィの背中越しに様子を見守る。
ヒィはスラリと背中から剣を抜き、チャッと正面へ構えると。
剣先をゆっくりと、正方形の中心へ向け。
叫ぶ。
「開けっ!」
すると、正方形がギラッと虹色に輝き。
バシュッ!
何かがはじける様な音を出し、輝きが収まる。
『ふう』と、左腕で額を拭うヒィ。
『ご苦労様』とヒィに軽く、労いの言葉を掛けながら。
サフィはトコトコと、正方形の縁まで進み。
『ほれほれ』と、皆を手招きする。
そして、『覗いてごらんなさい、ビビッて落っこちるんじゃないわよ』と。
念を押す。
恐る恐る近付く面々、縁の手前で手のひらと膝を付き。
そろーっと覗き込んでみると。
「うわあっ!」
「おおーっ!」
「すごーいっ!」
「何これ何これ!」
「どうなってるの!?」
ジーノが、アーシェが。
リディが。
アンビーが、ユキマリが。
思い思いの声を上げる。
5人が覗き込んだ先には、広々とした青空と。
フサフサとした芝生が広がっていた。
そして直ぐ目の前と、少し遠い対面側には段差が見える。
円形に何重にも広がる段差、その中心らしき底の方には。
煌めいた物も確認出来る。
こう表現すると他のゲートと特段、違いが無い様に思えるが。
その〔見え方〕が問題だった。
正方形の手前の一辺に地面が接していて、向かい合った反対側の辺に空が見える。
つまり、上から下へ〔覗き込んでいる〕筈なのに。
広がっている空間は、〔真横から見ている〕構図なのだ。
興奮するアンビー、『うーん』と考え込むアーシェ。
はしゃぐリディとジーノ、『どう言う事?』とサフィへ尋ねるユキマリ。
ヒィは何と無く、どうしてこうなったかを理解していた。
〔ソイレン〕の町に在るゲートの様に、側面の壁へ。
つまり下方では無く横方向へ、あの四角錘を打ち付けていれば。
こんな空間の捻れは起きなかっただろう。
しかし、ゲートの形状と。
そそり立つ壁が無いこんな空間で、ゲートを確立させなくてはならなかった状況に。
『致し方無かった』と、弁明せざるを得ない。
まあ、利用者が納得すれば。
その辺は、どうでも良いのだろうが。
サフィが言う。
「どう?『入ったら直ぐに、横へ転がって』って言った訳が。」
「だ、大丈夫なんだろうな……!」
アーシェは、出くわした事の無い事態に困惑し。
確信めいた物を欲する様に、サフィへと尋ねる。
『大丈夫よ』と言った所で、アーシェは納得しないでしょうね。
そう思ったサフィは、ヒィを指名して言う。
周りを安心させる様に、軽ーいノリで。
「みんなの不安を和らげる為にさ。ちょっとあんた、やって見せてよ。」