いざ再び、〔エルフの戯(たわむ)れ〕へ
「姐さん、行ってらっしゃい。」
「留守は頼んだよ。しっかりね。」
ラモーがヒィの屋敷を預かる事になった、数日後。
屋敷の門の前で。
アンビーとその部下達が、旅立ち前の挨拶を交わしている。
今回は商談に行くのとは違うので、部下も少し心配気味。
『大丈夫、この人と一緒だから』と。
少し遅れて出て来たアーシェに、抱き付くアンビー。
精一杯の強がりと分かっていたので、照れながらも突き放す様な真似はしないアーシェ。
今回は戦闘に巻き込まれる可能性が高い、そう考え。
アーシェもジーノも、しっかりと武装している。
以前、ジーノを通して鍛冶屋に作って貰った鎧を。
更に改良し、〔軽くて、攻撃を受け流し易い〕材質へと変更した。
背中には盾として切り離せるパーツ、これも材質を少し弄っている。
ジーノも、自分専用の〔胸当て・籠手・すね当て〕を身に付けていた。
鍛冶屋に従事する傍ら、チョコチョコ拵えていたのだ。
小さな背中には、柄が伸びる斧を装着。
対して獣人2人は、普段着の様な軽装。
筋肉質のラモーとは違い。
身軽さを生かす、素手の戦いに特化している2人には。
鎧を付けても機動力が落ちるだけで、反って不利となる。
それに。
戦いでは五感を研ぎ澄ませ、相手の動きを予測しながら行動に移すので。
全身の感覚が鈍るのは、避けねばならない。
逆に普段通りなのは、ヒィとサフィ。
行動スタイルが既に確立しているヒィと。
能天気なのか余裕が余り有るのか、良く分からないサフィとを。
同列に扱っては、ヒィに失礼かも知れないが。
型に嵌らない動きをする、サフィの事を。
『反って不気味だ』、対峙した相手がそう思い込んでくれれば。
御の字だろう。
実際サフィは、予想外の事をして来るに違いない。
と、皆は思っている。
何しろサフィは自らが戦う姿を、誰にも見せた事が無かったので。
想像で補うしか無いのだ。
もっとも、そんな状況がいつまで持つか。
怪しい所だが。
自分の身は自分で守って欲しい、それが最低限だ。
ヒィはサフィに対し、そう常々言い聞かせているので。
『大丈夫だろうと思いたい』、これが本音。
逆にサフィから、『あんたこそ、どうなのよ』と言い返された時期も有ったが。
今はそれも無くなった。
『サフィも、ヒィの成長を認めた』と言う事だろう。
とにかく、今回の旅は。
何がどうなるか分からない。
気を引き締めて掛からないと。
その点だけは、皆の意識が一致していた。
「おっまったせーっ!」
そう言いながら、最後に屋敷から出て来るサフィ。
いつもの様に、ギラギラと光ったリュックサックを背負っている。
そこへ、『おっそーい!』とアンビーが絡んで来る。
『てへへ』と笑いながら、サフィは。
「じゃあ!しゅっぱーつ!」
おー!
右手を元気に天へ突き上げ、先んじて歩いて行く。
「ま、待ってよー。」
後ろを追い駆けるアンビー。
平然とした顔で続くアーシェ、見送りのネコ族から『姐さんをお願いします!』と声を掛けられる。
それに軽く手を振ってにこやかに応えると、やや険しい顔付きへと変わって。
前を真っ直ぐ見据え、歩いて行く。
トコトコと連れ立って歩く、ジーノとリディ。
『あんな子供まで……』と、近所の人達は呟く。
ただの子供では無い事を知らないので、当然の反応だが。
ユキマリも歩く、彼女が仰々しい列に混じっているからか。
『無事に戻るんだぞー!』と、ユキマリにも檄が飛ぶ。
どうやら居酒屋の常連客らしい、わざわざ見送りに来てくれたのだ。
『ありがとう、お店を宜しくね!』と叫ぶと。
『おう!』と、野太い声が返って来る。
戻った時には、揉みくちゃになるだろうな。
フキでも結構な〔気立て良し〕として、人気を確立していたので。
町のアイドルに成りつつ有った、だからユキマリはそう思った。
驕りでも何でも無く、ただただ嬉しかったのだ。
最後に門の前から、ヒィが出発する。
ラモーがヒィに言う。
「留守は安心して、任せて欲しい。」
「頼みます。」
そう言って2人は、握手を交わすが。
これまでとは違い、ヒィの手は傷だらけとは成らず。
柔らかく軽く、縦に何度も振り合うのだった。
一行が向かうのは〔エルフの戯れ〕。
そう聞いていたので、見送りは門の前で。
フキの南西部から南東部へと回り込み、細道へ通じる場所へと行き着く。
そこから草を掻き分け、一行は進む。
『こんなに茂ってたかなあ』と、ユキマリは思い出そうとするも。
エルフの幻惑に掛かっている感じがしたので、考えるのを止めた。
それにしても、サフィの迷い無く歩を進める姿は。
道案内としては心強い物が有った。
漸く、開けた場所へ出て来たが。
ここに来た事の無い者達は、一様に驚く。
神聖な、清らかな空気が。
場を覆っていたからだ。
ユキマリも思わず、声を上げる。
「こんなに空気が澄んでたっけ?ここって。」
「邪魔者が退いたからね。」
サフィはそう返す。
〔邪魔者〕とは当然、〔銀の幹〕。
切り株の方へ戻ろうとし、その為に辺り一帯の魔力を奪って。
結果として空気を淀ませ、それをエルフ達は幻術へと利用した。
不快な感じが、何もしなくても加わるのだ。
これ程、楽な嫌がらせは無い。
瓢箪型の空き地へ、底の部分に当たる箇所から中へ入る。
くびれ部分に在る、突き刺さった板を避け。
奥に進んで行くと、キラキラ光っている地面が。
良く見るとそれは、表面がツルっとしている。
一辺が3メートル程の、青い正方形。
それを指差しながら、ユキマリがサフィへ尋ねる。
「退いた結果が、これ?」
「そうよ。」
「意外ねえ。あれって、こんなにスペース取って無かったでしょ?」
「まあね。色々有って、こうなったのよ。」
「ふうん。」
そう言いながらも、ユキマリの目線は。
ヒィへと向かっていた。
ユキマリはヒィへ、率直に尋ねる。
「これって、ヒィがやったの?」
「ああ。」
「じゃあさ……。」
続けて出て来た、ユキマリの言葉に。
ヒィとアンビーが凍り付いた。
それは。
「〔あの朝帰り〕って、これのせい?」