影を落とし始める『噂』
ジーノが持って来た食事を。
サフィがモグモグ食べながら、話は続く。
「何でもあちこちに人を派遣して、何かを探してるんですって。」
「『何か』って、何だ?」
「さーあ。」
惚けた様に感じるヒィ。
サフィは、これから始まる事を知っている。
恐らく、当事者だ。
でもはっきりとは言えない、そんな立場。
だからヒィに、万事屋家業の様な肩書をわざと与えて。
何が起きても良い様に、万全を期しているのだろう。
サフィは言う。
「あんたさっき、『町を守りたい』って言ったわよね?」
「ああ。」
「嘘偽り無く?」
「当然。」
「だったら丁度良いわ。〔あちこち〕って事はね。この町も含めて、【世界全体】を巻き込んで行くみたいだから。」
「これから俺達の前に現れる〔依頼元〕ってのは、まさか……!」
「そう、そのまさかよ。」
食事も終わって一息付き、満腹感に溺れながら。
胸を張って、自慢気にサフィは言い放つ。
「依頼者は、〔ゼアズ・ワールド〕。この世界其の物よ。」
「だってさ。信じられるか?」
次の日。
いつもの様に、3人1組で見回るヒィ。
組んでいたのは。
同い年で、直ぐに仲良くなった少年【ネロウ】。
一つ下だが、自警団としては先輩の少女【ブレア】。
2人に、サフィが聞き付けたと言う噂を話す。
ネロウの反応は。
「あの美人さんが、そんな事をねえ。」
「どう思う?」
「『どう?』って……まあ……。」
疑う気は、さらさら無いらしい。
ブレアに話を振ってみると。
「あの人、何か不思議だよね。何でも信じたくなっちゃう。」
「と言う事は、『怪しい』と思ってるんだな?」
「まぁねぇ。他の自警団の人達も、知らないみたいだし。」
ブレアの言う通り。
『一応話しておこう』と、ロイエンスに言ってみたが。
薄い反応。
王国を成す程の巨大なコミュが動いているなら、この町にも噂の断片位は届いている筈。
それなのに、大人は誰もその事を耳にしていない。
秘密裏に動いているからかも知れないが、それにしては余りにも音沙汰が無さ過ぎる。
この町は色々なコミュと接点が有るので、真っ先に接触して来てもおかしく無い位だ。
だから、怪しい。
サフィの話が。
ブレアとは、そう言う結論に達した。
それでもネロウは、サフィを信じたいらしい。
「気持ちは分かるけどさあ。何でも頭ごなしに否定するのは、良くないと思うぜ。」
「お前は、あいつの本性を知らないから……。」
言葉に詰まるヒィ。
サフィは、何処かのお姫様の様に。
優雅で気品高く、それでいて少し我が儘気味。
外面はあくまで、それで通している。
でも一緒に暮らすヒィには、言いたい事をズケズケと言い。
アホの子の様に、幼稚な言い訳も見苦しい駄々捏ねもする。
そのギャップが激し過ぎて、誰もそう思わない。
少なくとも、この町の住人は。
それが凄くもどかしい。
せめてネロウとブレアには、分かって欲しかった。
味方になって貰いたかった。
それは叶うのだろうか?
ヒィはふと寂しくなる。
しかし事態は、意外と早く動いたのだった。
更にその2日後。
フキを訪れる旅人から、変な話が自警団に持ち込まれた。
何でも。
妙な人影が、まるで誰かを待っているかの様に。
ジッと、街道沿いの木陰に座っているとか。
『気味が悪いので、調査して欲しい』との依頼。
同じ要望が、複数の人達から舞い込んでいるらしい。
自警団の集会所には、常時2~30人は待機しているので。
珍しい事態に湧き立っている。
その中で。
ネロウは、直ぐに『ピーン!』と来たらしい。
ヒィに、嬉々として話し掛ける。
「これって、〔例の噂話〕関連じゃねえのか?」
「怪しい動きの一環だってのか?」
「だってさあ。誰も襲わず話し掛けもせず、すれ違う人をただ眺めてるだけなんだろ?盗人の類じゃあ無いだろ。」
「そうね。流石に怪しいわね。」
唐突に、ブレアも話に加わる。
自慢の長い黒髪を束ね、ツインテールにするのに手間取ったらしい。
集会所に遅れて到着すれば、この盛り上がり。
気になったので、ヒィ達の下へとスッと合流したのだ。
逆に、ツンツン尖った金髪を撫でながら。
『やっぱり、美人さんの言う通りだったぜ』と満足気な、ネロウの顔。
何かモヤモヤした気持ちに成りながらも。
自警団上層部の決定を待つ、ヒィ。
そこへ。
「あたし達に、任せーなさーいっ!」
『バンッ!』と、集会所の入り口のドアを開け放つと。
そう言いながら、ズケズケと上がり込む少女。
『不味いって!ちょっと!不味いったら!』と、必死に引き留めようとするジーノを引き摺りながら。
『何処よ?何処よ?』とお偉いさんを探している、サフィだった。
騒ぎを聞き付けて来たのか!
『面倒事は御免だ』と、慌てて駆け寄るヒィ。
サフィの右耳をギュウウウッと摘まんで、ギロッと睨む。
そして一喝。
「何しに来た!」
「当然。依頼を受けに来たのよ。」
平然とそう話すサフィ。
彼女の考えでは。
兵士の様な恰好の自警団が行けば、正体を突き止める間も無く。
直ぐに姿を眩ますだろう。
それでは、再び現れるかも知れないのに警戒のしようが無い。
かと言って、バレない様に軽装で向かえば。
手練れだった時に、対抗出来ない。
元々自警団は、相手を遥かに上回る大人数で抑え込む事に特化している。
一人一人の腕はそれ程優れていないので、差しの争いには不向き。
恐らく、1対1でも何とかなるのは。
流浪の民出身の、ロイエンスとヒィ位。
ロイエンスは立場上、大っぴらに動けはしない。
そうなると、自ずと選択肢は限られる。
自警団のトップもプライドが高いだろうから、向こうから頭を下げて来る真似はしないだろう。
なら、こっちから売り込むまで。
『何でも屋!』の看板を掲げたのも。
こんな時に堂々と、顔を突っ込み易くする為。
そこまで考えてたのよ、一応。
『えへん!』と偉そうに、胸を張りながら滔々と持論を展開するサフィ。
睨みながら、その話を聞いていたヒィ。
確かに、状況的にはそれで丸く収まる。
でもそんなに、すんなりと事が運ぶだろうか?
それに何かまだ、サフィは企んでいる気がする。
ヒィの感が、そう言っている。
その右肩をポンと叩く、ブレア。
そっと囁く。
『怖い顔しないで。みんな、不思議そうな顔をしてるわよ。』
『え!そんなに!』
ハッとして、慌てて摘まんでいたサフィの耳を離し。
キョロキョロと辺りを見回す。
皆の注目の的となっている事に、漸く気付くヒィ。
サフィは『自分の美貌のせい』と思い込んでいるが。
彼女に引き摺られたままのジーノの姿に、単に驚いているだけ。
最早ヒィ達は、騒ぎの中心。
そこへ困った顔をしながら、ロイエンスと町長が現れる。
ロイエンスは済まなそうな表情で、ヒィに話す。
「『何でも屋を始めた』と言うのは、本当か?なら是非、頼みたい事が有るんだが……。」
「え?あ、あれは……その……。」
両手を前に出し、『違う』と手を振るが。
ロイエンスとヒィの間に『ズイイーッ!』と割り込んで、サフィがニカッと笑う。
そして『バンバンッ!』とロイエンスの両肩を叩き、自信たっぷりに言い放つ。
「あたし達への依頼ね!さあさあ、詳しく話を聞かせて頂戴!」