留守番役、着任
役割が有る。
その単語を聞いて、ドキッとする面々。
のらりくらりとはぐらかす割には。
時々物騒な、核心を突く様な事を言う。
皆もサフィと言う人物を、量りかねていた。
いつもの状況を知らない鳥人2人は、一連のやり取りにキョトンとしていたが。
次に、留守番の件。
これは、サフィがアンビーに。
ヒソヒソと耳打ち。
『あーっ、なるほどー』と頷くアンビー。
これだけで簡単に、案件は片付いた。
そして、最大の懸案は。
ヴァリーからの招待、正確にはレッダロンからのだが。
それと、ケイムからの依頼。
どちらを優先するか。
と言うより。
どちらを先に回った方が、効率が良いか。
その判断を下さなくてはならない。
両方とも、『ヒィが出向きさえすれば良い』と言う訳でも無く。
その先に色々と、待ち構えていそうだ。
それでもサフィは、同時進行の姿勢を崩していない。
『そんなに気にするんなら』と、サフィは考えを明らかにする。
案とは、単純に。
旅する面々を、二手に分ける事。
ヴァリーの方には、係わった者達が。
つまりユキマリとリディ、そしてサフィが向かう。
対してケイムの方には、残りの者達が。
即ちアーシェとジーノ、そしてアンビーが。
肝心のヒィは『どちらにも行く』との、謎の方向で。
班分けとしては納得行くものが有るが、主賓のヒィをどうするのか?
それは、不敵に笑いながら。
『後でのお楽しみ』としか、サフィは告げなかった。
その時、ヒィの背筋に悪寒が走ったのは。
言うまでも無い。
「では、お越しをお待ちしています。」
「宜しくお願いします。」
そう言い合って、ヴァリーはヒィと握手した後。
屋敷の住民に見送られながら、門の前から空へと飛び立つ。
そして上空を旋回した後、ヒューッと飛んで行った。
直ぐに姿が見えなくなる辺り、かなりの速さなのだろう。
続いて、ケイムが。
「本当に、来て下さるのですか?」
「心配ご無用よ。ヒィは必ず、そっちへ行くから。」
「分かりました。信用しましょう。」
そう言うと、ケイムもヒィと握手を交わし。
上空へと飛び立って行った。
こちらもスピードが有るらしく、あっと言う間に見えなくなった。
サフィは、皆の方を向いて言う。
「さあ!さっさと旅の支度をするわよ!あ、アンビー。例の件、宜しくね。」
「ええ。もう使者は送ったから。4~5日で、こっちに来ると思うよ。」
「仕事が早いわね、助かるわ。礼金は弾むから。」
「それは〔あいつ〕に言ってやって。さて、あたしも支度支度っと。」
そう言いながら、サフィとアンビーは屋敷内へ。
残りの者も、続々と屋敷へ。
リディは下から、ヒィの顔色をうかがう。
「大丈夫?お兄ちゃん。」
「ああ、大丈夫だよ。俺達も入ろうか。」
「うんっ!」
元気に返事をするリディ。
ヒィの返しに安心した様だ。
キュッとヒィの左手を、右手で握り締める。
仲良く連れ立って、ヒィとリディも。
旅支度の為、屋敷内へと戻って行った。
それから5日が経過した頃。
ヒィの屋敷を訪ねる者が。
『はいはーい』と、玄関先に出て行くジーノ。
そこには。
「久し振りだな。」
「あー、あんただったのか。」
アンビーから知らせを受け、馳せ参じたのは。
ラモーだった。
武闘会後も、ヒィの強さに迫る為。
せっせと修行に励んでいた。
そこへアンビーから、急用との知らせ。
何でも、ヒィに関する重大事項らしい。
おお、今こそあの時の恩を返す時。
そう、意気込んで来たのだが。
客間に通され、客人用の椅子に座り。
主の席に堂々と座るサフィから、話を聞かされると。
がっかりとした顔になる。
そこへ『あっ、来た来た!』と、アンビーが客間へと入って来る。
その姿を見てガタッと立ち上がり、ラモーがアンビーへ突っ掛かる。
「一大事でも何でも無いではないか!」
「酷い言い様ね。サフィから『ラモーしか留守を任せられない』って言われたから、急いで呼んだのに。」
「そ、そうなのか?」
再びサフィの方へ向き直るラモー。
コクンと頷くサフィ。
「一度泊まって貰ってるから、屋敷の勝手も有る程度分かっているでしょうしね。あんたしか居ないのよ。ねえ、ダメ?」
「駄目って事は無いが……。」
それでも何かモヤモヤした気持ちのラモー。
『だったらさあ』と、サフィが提案する。
『ん?お客さんか?』と、客間の前を通りがかったヒィが顔を出すと。
『丁度良かった、ほれほれ』と、サフィがヒィを中へ引き入れる。
そして、その後の事態は……。
「どうして、こんな事に……。」
ここは、フキの中心に在る広場。
ここで、ラモーとヒィが剣を取って向かい合っている。
サフィからの提案は、『ヒィと真剣勝負させてあげる!』と言う物だった。
ヒィが勝ったら、大人しく留守番する事。
ラモーが勝ったら……は無いか。
そうサフィに言われたので、少しカチンと来たラモーは。
その申し出を承諾したのだ。
ラモー〔は〕。
ヒィは単に、巻き込まれただけ。
全然納得していない。
『不要な果し合いだろう?』、そう思っていた。
しかし真剣な顔で、こちらを睨んで来るラモーを見て。
これは相当、修行を積んで来たな。
気を抜けば、こちらが気圧されそうだ。
何よりもヒィは、自分に真正面からぶつかろうとしてくれる事へ。
心の底から感謝していた。
特別扱いしないで、対等に向き合ってくれる。
そんな存在は、巡り合ってこそ価値が分かる。
この気持ちは、ラモーも同様だった。
初めは、サフィの挑発に乗った形だったが。
こうやって向かい合うと、前とは別人に思える。
互いに成長したと言う事か。
ならば己の全てを発揮して、我が友に見せつけようぞ。
そう考え、ラモーは。
〔片手剣と盾〕のスタイルから、〔片手剣の両手持ち〕へと変える。
カランと脇に転がる盾、それを素早くジーノが拾う。
2人を見ているギャラリーは、屋敷の住人だけでは無く。
遠巻きに見る形で、ドンドンと膨れ上がって行った。
或る程度の人が集まった所で、サフィが2人の間に立つ。
ジッと見つめる人達。
思えば、ヒィの戦っている姿を。
あの女剣士の一件を知る者以外は、真直では見ていない。
だからこそドキドキしている。
相手はあの武闘会で、非公認ながら優勝した強者。
それが好んで戦いたがるのだ、相当凄いのだろう。
誰もがそう思っていた、アーシェやジーノもだ。
あれからどれ程強くなっているのか、身近に居過ぎて良く分からなくなっていた。
これは見極める、良い機会だ。
真剣なまなざしを送っている。
ただ1人、ブレアだけは。
ヒィが自ら修羅の道を進もうとしている様に思えて、悲しかった。
だから視線は、やや下向き。
その傍にはしっかりと、ネロウが付いている。
話を聞き付けたロイエンスは、止めようとしたが。
心の何処かで、ヒィの逞しさを確認したい気持ちが有り。
町中での遣り合いを、結局は許してしまった。
サフィは右ポケットから、例の〔カヌーのオール〕状の神器を取り出し。
天に掲げると。
ギャラリーへ攻撃が届かない様に、周りにバリアらしき薄い膜を張る。
そして双方へ、声を掛ける。
「これで思う存分、戦えるわよ!それでは……」
始めっ!
「うおりゃああぁぁぁぁっ!」
サフィが、2人の間から飛び退くと同時に。
上段の構えからヒィ目がけて、一気に剣を振り下ろすラモー。
太刀筋から、殺気の剣戟が。
空圧と共にヒィの方へ。
周りからは、『おおっ』と声が上がる。
しかしヒィは、瞬時に姿を消すと。
右側へ引き気味に、両手で剣を構えた格好で。
剣を振り下ろした状態のラモーの前に、姿を現す。
喉笛に剣先を向けたまま、低いトーンで。
まるで無感情の様に、ポツリと。
「一度。」
「うわあっ!」
慌てて剣を振り上げ、ヒィを退けようとするも。
ヒィはフッと消えた後、そのままの格好で移動し。
今度は剣先を、右脇の下へ。
そのまま、心臓毎貫く状態へ移行。
また、ポツリと。
「二度。」
額から汗が、タラーッと流れるラモー。
頬を伝い、顔からポトリと落ちる。
う、動けん!
そう思った、その時。
ガシッ!
ガクンッ!
両膝が後ろから衝撃を受け、前へ折れ曲がる。
かなりの力で踏ん張っていた筈なのに、膝から崩れ落ちてしまった。
そのまま背中を、何かに押され付けられ。
両手を上げた格好で、バタンと地面へ倒れ込む。
完全にうつ伏せ状態、その中で。
うなじに、ヒヤッとした感覚が。
ラモーがそれを察したと同時に、背中の方からポツリと。
「三度。」
「……お見事。降参だ。」
悔しそうに、しかし清々しい気持ちで。
ラモーが告げる。
背中から退くと、ラモーの右腕を抱え。
ヒィがその身体を起こす。
チラリとヒィの顔を見たラモーは、ドキリとした。
勝ち誇っているかと思いきや、その真逆で。
悲しそうな顔を、ヒィはしていたのだ。
シーンと静まり返っているギャラリー。
決着がつくまで、15秒足らず。
圧倒的なヒィの動き、全く見えなかった。
ラモーに剣先を突き付けた、その結果しか目に入って来ない。
これがどれ程凄い事か、理解が追い付くまでに少々時間が掛かった。
そして頭の中で理解すると、ギャラリーは。
自然と歓声を上げ、場はドッと沸いた。
興奮する者有り、涙を流す者有り。
〔戦慄と恐怖〕よりも、〔人間の可能性の大きさ〕が。
人々の中で凌駕した。
そして両者に皆、惜しみない賛辞を贈るのだった。
この出来事で、ヒィの評価がまた上がった。
しかしヒィは、それを望んでいなかった。
『自分が、人間から遠い存在に成ろうとしている』、そんな気がしたのだ。
だからラモーと相対した後、悲しそうな顔をした。
その気持ちを理解出来た者が、あの場に何人居ただろうか……。
話を戻そう。
こうしてラモーは約束通り、留守番役を引き受ける事になった。
後は〔移動手段〕と、〔ヒィが二手に分かれた内、どちらへ同行するか〕なのだが。
みんな驚くでしょうね、ふっふっふっ。
この事柄に関して、不気味に笑うサフィに。
気付く者は、誰も居ないのだった。