6件目?の依頼は何故か、サフィが取り仕切る
「『一遍に済ませる』って、簡単に言ってくれるなあ。」
呆れるヒィ。
ロイエンスも町長も、同意見。
〔カテゴリー〕の在る【マーボロ地方】と、〔ヤンゴタ渓流〕とは。
馬車で約1カ月掛かる、それ程離れている。
フキを含むこの辺り一帯を指す、【エーベレント地方】からなら尚更。
鳥人は宙を飛べるので、馬車よりもはるかに早く移動出来るが。
地上を進んで行くなら、長い期間の道のりを考慮に入れなければならない。
不可能、2人にはそう思えた。
ヒィには、移動手段に心当たりが有るが。
敢えてここでは聞かない、不用意な情報をロイエンス達に与えてしまうからだ。
だからサフィには、これだけを確認する。
「出来るんだな?確実に。」
「勿論よ。でなきゃ、こんな場で提案なんかしないわよ。」
「……分かった。」
こいつは、出来ない事を『出来る』とは言わない。
それだけは確かだ。
『何でも有りだから』、と言う訳でも無さそうだが。
ヒィは、サフィの提案を受け入れる事にした。
そこへ、町長が猛反対を。
「いやややや!無理だろう!どう考えても!」
「それが、何とか成っちゃうんだなー。ヒィだと。」
「お前の言う事なんか、信じられるか!」
「『信用出来無いから』って。こそっと見張りを付けて、監視する奴とは違うのよ。あたしは。」
「な、何を……!」
右人差し指だけを天井に向け、ピンと立て。
クルクルと軽く回しながら、何もかもお見通しの様な言い方で。
サフィが変な事を言い出すので、顔を真っ赤にして慌てて否定する町長。
『そうね、今はどうでも良いわね』と、それ以上は突っ込まないサフィ。
不穏な発言だけを残して、強引に話を進める。
ケイムに向け、サフィが言う。
「じゃあさ。契約を結びに、屋敷まで来てくれる?」
「は、はあ。」
半信半疑で、サフィの方を見つめるケイム。
外見の煌びやかさに隠された妖艶さを、チラリと垣間見た気がした。
〔強かさ〕と表現した方が、意味合いは正確か。
『レッツラゴー!』と、この場に居る者が意味不明に感じる掛け声を上げ。
サフィはケイムの手を引いて、会議室を後にする。
美人に手を握られ、ケイムはドキドキしているらしいが。
顔を覆っている、短めの体毛で。
顔を赤らめているのか、はっきりとは分からない。
足取りが軽いので、辛うじて察する事が出来る程度。
『あんたも来るのよ、早くぅ』と、ヴァリーもサフィに呼ばれる。
そそくさと、会議場を後にするヴァリー。
3人が姿を消した後。
ロイエンスと町長に、深々と頭を下げて。
サフィの無礼を謝罪するヒィ。
『君は悪くないよ』と、町長は優しく言う。
ヒィの事は、高く買っているらしい。
〔ロイエンスの甥〕以上の物を、ヒィに見出しているのだろう。
ロイエンスも、『取り組むからには、慎重にな』とアドバイスする。
人生の先人として、ヒィの身を気遣っているのだ。
旅に出ては帰って来る度、逞しく成長している事を実感しているが。
ヒィがサフィから、道中で何か変な事を強いられているのではないか。
そう、心配もしていた。
その気持ちを察しているヒィも、懸念を払拭する様に。
町長とロイエンス、2人と固い握手をする。
『安心感を与えたい』と言う気持ちが強いからなのか。
ヒィが握る手は、自然と力が入っていた。
会議室から出て来ると。
自警団員が、ヒィを取り囲んで来た。
『今度は何をやらかすんだ?』と、冗談交じりに尋ねて来る者や。
『少しは、腰を落ち着けたらどうだ?』と、仲間として心配する者も。
しかし大半は、土産話を楽しみにしている者ばかり。
ネロウも、その内の1人だった。
早速、ヒィに声を掛ける。
「また旅に出るのか?忙しいな、お前も。」
「全くだ。ごめんな、自警団としての仕事をおろそかにしてしまって。」
「なあに、ここに居る連中は分かってるさ。今や、この世界全体を警護してるって事位は。」
「そう言って貰えると、有り難いよ。」
「中には、それがご不満らしい奴も居るけどな。なあ、ブレア?」
人垣の少し向こうで、こちらを見つめているブレアへ向かって。
揶揄う様に叫ぶネロウ。
即座に反応するブレア。
「ちょ、ちょっと!唐突に、何言い出すのよ!人目が有るでしょ!」
目を泳がせ、しどろもどろになるブレア。
それを見て、にこやかに笑う人垣。
ほのぼのとした空気を感じた所で、皆持ち場へと戻る。
ブレアも強引に、ネロウを引っ張って行く。
「もう!私達も行くわよ!」
「おいおい、ヒィに何か声を掛けなくて良いのか?」
「……。」
ネロウに促され、ボソッと呟くブレア。
『え?何だって?』と聞き返すネロウの口を、左手のひらで塞ぐ。
もごもご言っているネロウを無視して、ツカツカとヒィから遠ざかる。
ヒィは、ブレアの背中へと叫ぶ。
「今度!ゆっくりと話そうな!」
それに対して、今度は。
ネロウが辛うじて聞き取れる声量で、ボソッと。
「……待ってるから。」
サフィに遅れる事、十数分。
ヒィも、屋敷の客間へと入って来た。
そこには、新たな旅の事を話し合う為。
わざわざ屋敷へと戻って来た面々が、着席している。
ケイムと交した契約書を、左手で摘まんで。
ひらひらさせながら、サフィがヒィへ言う。
「おっそーい!もう契約は成立したわよ!」
「ん?契約書は1通だけなのか?」
そう返すヒィへ、サフィは。
『当たり前でしょ、片方は〔招待〕なんだから』と答える。
依頼では無いから、契約なんて交わしようが無い。
『分かり切ってる事を、何で言うかなぁ』と、サフィは不満顔。
ケイムからの依頼は、6件目に当たるらしい。
〔らしい〕と言う表現は。
〔空中島の帰還〕は、結果的に依頼として受けた物だが。
正式な契約を交わした訳では無いので、実績としてカウントするかどうか微妙だった。
だから、曖昧な文言に。
で、ケイムからの依頼を受けたのは良いが。
これから決めなくてはならない事が、幾つか有る。
〔誰が現地へ向かうか〕、〔その移動手段は〕。
〔屋敷の留守番は誰がするか〕、〔依頼と招待のどちらを優先するか〕等々。
まずは、ヒィの旅に同行する面子を。
アンビーは行く気満々、リディもヒィに付いて行きたがっている。
ジーノは、カテゴリーへ向かう分にはやや抵抗が有り。
ユキマリは『留守番でも構わない』と言う。
アーシェは、サフィが行く以上同行せざるを得ない。
サフィを見張る旨の命を、ヘイゼル大公から受けたばかりだから。
しかし『みんな行くのよ、今回は!』との、サフィからの鶴の一声で。
全員が行く事に。
それに対し、ユキマリが。
「じゃあ誰が、留守番するのよ?当ては有るの?」
「有るわよ。正にぴったりな人が居るから。」
「そう?なら良いけど。」
これ以上、住人が増えるんじゃないでしょうね?
疑問に思いながらも、ここは引き下がるユキマリ。
今度はアンビーが、サフィに尋ねる。
ネコ族特有の尖った耳を、頭上にピコッと立てて。
爛々とした目付きで、長くなるであろう旅に思いを馳せ。
胸をときめかせながら。
「ここからかなり離れてるんでしょ?どうやって行くの?」
「それは当然……。」
ここまで言い掛けて、サフィはアーシェの方をチラッと見る。
静かに首を横に振るアーシェ、それを確かめた後。
「後にしましょ、その話は。」
「えーっ、そんなあ。」
シュンとしながら、アンビーも黙り込む。
天井を指す様にゆらゆらと揺れていた尻尾も、ダラーッと垂れ下がる。
どうやって行くのか、それ次第では。
旅の先々で商売のタネが見つかるかも知れない、そう思っていたので。
後回し、つまりは優先順位が低い内容。
だとしたら、期待出来無いなあ。
そう思い、がっかりしたのだ。
サフィの思惑は、そうでは無いのだが。
後は、ジーノ。
「谷の方へ行くのは良いんだけどさあ。やっぱり、エルフのコミュはちょっと……。」
そこへ、サフィが一喝。
「情けない事を言うんじゃないの!」
「ひっ!」
ヒステリックとは違った、サフィの。
威圧する様な、ややしわがれた甲高い声に。
たじろぐジーノ。
次は諭す様にゆっくりと、ジーノへ言うサフィ。
「そんな心構えじゃあ。ヒィにドンドン置いてかれるわよ?良いの?手の届かない所まで離されても。」
「そ、それは困るよう……。」
まごまごするジーノ。
畳み掛ける様に、サフィが言う。
「ならこれ位、乗り越えて見せなさい。あんたが〔兄貴〕と慕う男は、そうやって来たでしょ?」
「ズ、ズルい言い方だなあ……。」
これじゃあ、頑張って付いて行くしか無いじゃないか。
サフィにこれだけ言われても。
ジーノはまだ、迷っているらしい。
まあ旅立つまでには、決心が固まるだろう。
既にそんな雰囲気となりつつあるジーノを見て、ヒィはそう思う。
「もう良いわよね?じゃあ次だけど……。」
そう言って、面子の件を終わらせようとするサフィに。
満を持して、ヒィが尋ねる。
頭の何処かに引っ掛かっていた疑問を、解消する為に。
「何で今回は、〔全員〕なんだ?旅は、人数が少ない方が……。」
大勢だと、小回りが利かない。
〔あれ〕を使うつもりなら、尚更だ。
しかも、気の進まないユキマリやジーノさえも。
無理やり巻き込んで。
そこがどうも、気になる。
だから、尋ねた。
しかし、サフィの答えはあっさりとしていた。
あっけらかんとただ、これだけを。
「必要だからよ。今回はみんなそれぞれ、【役割が有る】から。」