招待状を巡って
〔ハイエルト=アジカ〕殿へ。
此度の貴殿の働きにより、同胞が無事我等の下へ帰還を果たした。
その功績を讃え、貴殿に対し【ウチェメリー徽章】を授与致したく。
〔カテゴリー〕内の都市【ナパーレ】まで、ご足労頂きたい所存。
ついてはその可否を、遣わした者へご伝達願いたい。
貴殿にお会い出来る事を、切に願って。
カテゴリー代表、〔レッダロン〕より。
招待状には、以上の文章が書かれていた。
届けに来たのは、〔鳥人〕。
一口に鳥人と言っても、色々な種族が在るが。
ヒィの屋敷を訪れたのは、枝の上に巣箱の様な家を作る【ヤマガラ科ガラ族】。
オレンジのボディに黒頭、顔の色は淡い黄。
体長約15センチのヤマガラの特徴を、そのまま人型に反映した。
鮮やかな色彩の、やや小柄な鳥人だ。
背丈は人間と比べて少し低く、1.2メートル程で。
成人の首よりやや下位か。
嘴は消え、羽毛も羽から薄毛へ。
手足さえも、人間と同じ作りになっているが。
鳥人を象徴する翼は、鮮やかな漆黒の羽で出来ている。
因みに鳥人の翼は、普段は腕の中に折り畳まれていて。
飛行時には、格納状態から大きくせり出す。
そして鳥が羽搏く様に腕を動かし、滑空する。
ふくらはぎの裏にも、飛ぶ方向・高度を調節する為の小さい翼が格納されている。
だから衣服は基本、半袖半ズボンで。
オレンジを基調とした、黒と淡い黄の斑模様。
鳥人は移動スピードが速いので、伝令役として重宝されているが。
今回やって来た者は、少し性質が違うらしい。
その辺りを、本人が語る。
「元々我々も、あの場所の住人だったのです。」
「へえ。じゃあ、あの森の枝に在った小屋群って。もしかして……。」
「鳥人が住んでいた跡です。現在、また暮らせる様に改装中ですが。」
「良かったあ。」
鳥人とそう話すのは、空中島の旅に同行したユキマリ。
あの土地が元の場所へ戻れたのか、気に掛けていたのだ。
それは、ヒィも同じ。
鳥人の言葉から、テルド達の望みが叶った事に喜ぶと共に。
『レッダロンは、そんなに偉い地位の者だったのか』と驚く。
《何でも屋!》の看板の前でウロウロしている所を、ジーノが声を掛けた時は。
何者かと思っていたが。
客間に全員集まり、招待状を読み上げる姿を見て。
席に着いていた皆は、そのキリッとした凛々しい振る舞いに感心する。
【ヴァリー】と名乗った彼も、鳥人コミュの中で高い地位なのだろう。
レッダロン直々の使い、その重責を果たすにはそれ相応の者を。
ヒィに対して、エルフもかなり気を使っている。
これは簡単には、返事出来ない。
取り敢えずヴァリーには、客人の席へと座って貰い。
ヒィ達は、この懸案について話し合う事になった。
口火を切ったのは、やはりサフィ。
派手な行事が好きそうな彼女は、『行きましょ!是非!』と前向き。
対して慎重なのは、アーシェ。
エルフの中には、狡猾な者も居ると聞く。
一般には〔黒肌のエルフ〕、〔ダークエルフ〕と呼ばれる事も有るそれは。
イヌ族の長を決める、あの武闘会に現れた黒エルフとは違い。
悪魔に憑り付かれている訳でも無いのに、元から黒っぽい地肌。
その見た目と、野心的な行動からなのか。
〔意地悪なエルフ〕として、この世界では認識されているが。
『単に好奇心が旺盛なだけ』とも言える。
カテゴリーには他にも色々なエルフが居るらしい、流石エルフコミュの集合体。
アーシェは、『ヒィの命を狙う者が、その中に居るかも知れない』と懸念しているのだ。
その点に関しては、ヴァリーは肯定も否定もしなかったので。
余計にアーシェは、『冷静に判断すべきだ』と進言する。
顔が曇りがちなのは、ジーノ。
〔土属性〕のドワーフと、〔霧や雲に近い水属性〕のエルフは。
基本的には、『仲が悪い』と言われている。
土は水をせき止める、だから土の方に優位性が有るが。
エルフの司る水は、小さい水滴の状態で空中に在る為。
土でせき止める事は不完全、この事から土に優位性は見られない。
そう言うややこしい関係なので、双方が近寄りたがらないのだ。
ジーノはヒィの屋敷で暮らす様になって、そんな拘りは減って来たものの。
エルフに対する違和感は、まだ少しだけ残っている。
兄貴に付いて行って。
万が一いざこざでも起こして、兄貴に迷惑を掛けたらどうしよう。
そう思うと、『また留守番に成るのかなあ』と憂鬱になって。
はっきりとは、物申す事が出来なかった。
対照的なのは、アンビー。
今までは殆ど、ヒィの旅に同行する機会が無かった。
ユキマリさえ付いて行ったのに、もう置いてきぼりは嫌。
今度は絶対、くっ付いて行くんだから!
彼女の中では、ナパーレに行く事は決定らしい。
ユキマリは、どっちでも良かった。
『付いて行って、テルド達に会いたい』と言う気持ちと。
『誰かが屋敷の留守を守らないといけないなら、次は自分の番だ』と言う気持ちが。
半々だった。
唯一蚊帳の外なのが、リディ。
彼女は焔鳥、火属性に近い存在。
エルフから敬遠されるかと思いきや、ヒィとの旅では特別扱いされた。
まあ。
火属性の剣を持ったヒィが、追い返されなかった時点で。
その辺りはお察しだが。
リディはヴァリーに親近感を感じたのか、ヒナの姿になって。
ヴァリーの身体のあちこちを、ピョンピョンと跳ね回っている。
鳥人にしてみたら、焔鳥は高貴な存在。
恐縮する余り、表情が固まっている。
緊張をほぐしてあげようと、嘴でツンツン突くリディだったが。
それが反って、身体の硬直の原因となってしまった。
それぞれが、それぞれの立場を。
一通り表明した後。
ヒィは目を閉じ、じっと考え込む。
『悩む必要なんて無いじゃない』と、サフィは嗾けるも。
その言葉に動じる事無く、瞑想にふけった様に黙っている。
数分の後、ヒィは口を開いた。
良い答えを期待するヴァリー、固唾を呑んで見守る一同。
彼は低い声で、苦し紛れの様にこう言った。
「叔父さん達に相談しよう。これはもう、個人レベルの話じゃ無い。そんな気がする。」
ヒィはヴァリーを連れて、自警団の集会所へと向かった。
残りの者は、屋敷へと置いて来た。
サフィは口うるさいので、同行を許さなかった。
ジーノは難しい立場から、アーシェはこの件に直接係わっていない事から。
それぞれの判断で、屋敷へと残った。
ユキマリは、推移を見守る事にした。
アンビーは行く気満々で、既に準備を始めている。
ヴァリーは翼を折り畳んでいれば、パッと見人間と変わらない。
それでも派手なオレンジ基調の服なので、町中では目立っていた。
また、何処かからのお客さんかな?
すれ違う人達はそう思って、ヴァリーに向かって会釈する。
ヴァリーも丁寧に返すので、フキの住民は抵抗感が薄れ。
笑顔で離れて行く。
普段の立ち居振る舞いは、やっぱり大事なんだな。
連れているのがサフィだったら、こうは行くまい。
ヒィはそう思いながら、ヴァリーを集会所まで案内した。
その歩く間、2人は世間話の様な会話を交わす。
お互い色々、気になる事が有ったので。
率直に尋ね合った。
ヴァリーが誠意を持って答えてくれるので、ヒィも丁寧に返す。
双方、答えられる範囲で。
或る程度、互いの見識が深まった所で。
2人は集会所へ入る。
ヒィは残っている自警団員に、ロイエンスと町長が居るか聞いてみたが。
2人共、客人と何かの会議中らしい。
仕方が無いので、部屋の前で終わるのを待つ事に。
幸いにも、十数分で2人は出て来た。
その際一緒に出て来た者を見て、ヴァリーが驚く。
「【ケイム】!ケイムじゃないか!どうしてここに!」
「おお!ヴァリーか!お前こそ、どうして!」
〔ケイム〕と呼ばれる、その者も。
どうやらヴァリーと同じく、鳥人の様だ。
びっくりしながらも、握手を交わす2人。
傍から見ていると、30代後半の人間が談笑しているだけに感じる。
ロイエンスは『知り合いなのかい?』と、2人に声を掛ける。
そしてヒィの姿を見付けると、ツカツカと歩いて来て。
ヒィに告げる。
「彼は、お前に用が有るらしい。聞いてやってくれないか?」