後見人、呼んじゃう?
「後見人、ですか?」
ウェインがサフィに聞き直す。
『そう、後見人よ』とサフィは答える。
そんな話、初めて聞いたぞ?
怪しむアーシェ。
サフィにボソッと尋ねる。
『お前も後見人なのか?』
『どっちかと言うと、〔サポーター〕かしらね。あたしは。』
『サポ?何だ、それは?』
『温かく見守るだけじゃなくって、傍で〔頑張れーっ〕って応援する係かな。』
『違いが良く分からんのだが……。』
『どうせその辺は、あの連中も聞いて来るでしょうよ。纏めて答えるわ。』
サフィの指摘通り、椅子に着席している面々から。
次々と質問が飛ぶ。
「後見人とは、どの様な役目か!」
「我々、監査人との違いは!」
「どうして我等の前に、その者達は姿を見せないのか!」
「数は!種族は!知っているなら教えて欲しい!」
誰もが、その情報に飢えていたらしい。
〔救世の御子〕候補の影に見え隠れする、謎の存在。
こちらから接触を試みようとしても、候補を通じて話が出来る程度。
監査人を信用していないのか、それとも姿を晒せない理由でも有るのか。
その不可思議さも相まって、高ランクへと位置付けされている。
候補の評価は、〔影の存在〕込みなのだ。
唯一特別なのが、サフィ。
アーシェがヒィと接触する前から、カッシード公国の動きを知っていた。
しかも、その目的まで。
敢えて知りながら、こうして今。
大公やウェインの目の前に、堂々と立っている。
かなりの胆力を備えていなければ、出来ない芸当だろう。
だからこそ、ウェインは量りかねる。
サフィの正体を。
彼女をジッと見つめながら、眉間にしわを寄せるウェイン。
その右耳へ『フッ』と、息の様な物が突如吹き掛けられる。
「ひっ!」
思わず、悲鳴の様な声を上げるウェイン。
バッと右側を向くと、そこには。
ニコッと笑っているサフィが、前屈みで立っている。
身体をビクッとさせると、ウェインは。
「いっ!何時の間にっ!」
「乙女の顔を無粋に、ジロジロ見てるからよ。もっと肩の力を抜きなさい。」
ポンッとウェインの右肩を、左手で軽く叩くと。
シュッ!
ウェインの目の前から消え、自分の席へと戻る。
な、何っ!
特別な魔力など、全く感じなかったぞ!
原理は一体、何だ!
戸惑うウェイン、知識の豊富な魔導士故に混乱も激しいらしい。
これはもう、司会を任せられんな。
そう考えた大公が再び、場を取り仕切り始め。
サフィに、尋問めいた質疑応答を。
「後見人とやらなら、この場に集める事が出来る。そうだな?」
「多分よ、多分。気分屋も居るでしょうから。」
「その者に聞けば、〔救世の御子〕候補の実態も分かるのだな?」
「教えてくれる気が有るならね。」
「なんだ。さっきから、あやふやな答えばかりではないか。」
「無責任に、明言は出来ないでしょ?それ位、分かるでしょうに。意地悪ね。」
「この者達に代わり、尋ねているだけだ。こちらにも、立場が有るのでな。」
「はいはい。」
監査人達をグルリと見渡し、大公がそう言うので。
『しっしっ』と遠ざける感じで右手の甲を振り、適当に聞き流す振りをするサフィ。
彼女の服の袖をグイッと引っ張り、アーシェが涙ながらに訴える。
「頼むから……これ以上……事を荒立て……ないで……。」
ううっ……。
目から雫が垂れる、その中にはどんな感情が込められているのか。
それに騎士らしからぬ、弱々しい声。
流石に哀れさを感じたのか、サフィは。
早く終わらせてやるかぁ。
あたしもチャッチャと済ませて、おやつを食べにヒィの屋敷へ戻りたいしね。
『ふぅっ』と大きくため息を付き、服の左ポケットをゴソゴソ探ると。
長さ20センチ程の、変な形の棒を取り出す。
片方の先は球を取り付けた様に丸く、そこには格子模様が入っている。
反対側は、少し先細り。
全体はグレー掛かっていて、鈍く光っている。
左手で、棒の中央付近を握り締め。
端に在る球体へ向かって、サフィは話し掛け始める。
「えーえー、テステス。マイク、テス。マイク、テス。」
何か、けったいな事をし始めたぞ。
取り出した物が、ポケットに収まるとは思えない大きさな事にも驚いたが。
発している言葉の内容も聞いた事が無く、意味不明。
全てを瞼に焼き付ける勢いで、カッと目を見開く連中を。
その場に置き捨て。
満を持した様にサフィは、握っている物を通じて。
不特定多数へ、元気に語り掛ける。
「みんなー!この声が聞こえてたら、返事して頂戴!」
シーン。
『もしもーし!もしもーし!おーい!おーいっ!』と続けるも。
サフィに対する返答は無い。
『何かが起こる』と身構えていた、監査人達は。
生み出された静けさに、気が抜ける。
皆がガクッと体の緊張を緩めた所に、サフィは語気を強めて。
「何で誰も答えないのよーっ!返事しない奴の分は、あたしが勝手に喋っちゃうからねーっ!都合が悪い事も、ぜーんぶよっ!」
完全に怒っているサフィ。
〔答えが返って来なかった〕事に対してと言うより。
〔自分の呼び掛けを無視しやがった〕と感じたからだろう。
威嚇の様な、挑発の様な。
脅しめいた言葉に、『これ以上は無視出来ない』と思ったのか。
続々と声が帰って来る。
それは様々なトーンで、天井から降り落ちる。
《勝手な事を言うな!》
《こっちにも、都合って物が有るのよ!》
《大体!いつも独善的過ぎるのだよ、お前は!》
声の主は。
老若男女、種族も異なるらしい。
しかし一致していたのは、全て〔サフィに対する文句〕だった。
返って来た、罵声にも似た返答に。
サフィは続ける。
「だったら直接!文句を言いなさいよ!あたしはここよ!それとも、あんた達!陰口しか叩けないってのっ!卑怯者っ!」
胸を『バシンッ!』と、右手のひらで叩く。
自分の居場所を、示す様に。
こんなあからさまな嗾けに、果たして簡単に乗るだろうか?
呆然とやり取りを見ていた監査員達は、そう思ったが。
意外にも。
《そこまで言うなら、行ってやろうじゃないか!》
《丁度、鬱憤が溜まってた所よ!》
《お前相手に、ストレスを解消させて貰おうか!》
容易く乗って来たーっ!
この場に居た者は皆、びっくりする。
そして声の主が次々と、大広間に姿を現した。
その後の事は、議事録に書かれていない。
機密保持の為、内容が伏せられているのでは無く。
単に、書く事が無かっただけ。
集った事は集ったのだが。
サフィに対して罵る者、突っ掛かる者。
収拾が付かなくなり、協議自体が中止されたのだ。
後見人なる者が存在する、今はそれが判明しただけで十分。
後は監査人自身が調べる事、そう割り切るしか無かった。
それ程、場は荒れ狂い。
カオスな状態の中、ただの人間にしか過ぎなかった監査人達は。
テーブルの下に隠れて、嵐が過ぎ去るのをひたすら待った。
大公も、部下に守られながら。
魔導士のウェインも、大臣も。
平等に、成す術無く。
円形テーブルの下で共に、じっと。
結局、どれがどの候補の後見人かさえも。
確認出来無かったが。
円形だった為、破壊される事を免れた大テーブル。
しかし椅子や部屋の飾りは、大公の目の前でガラクタと化して行く。
壁を削りながら、床を震わせながら。
異形の者達が乱闘する、その迫力は。
やはり人外、そう認識させる。
その中で1人、ギャースカ叫びながら互角に渡り合っているサフィは。
特に重要人物として、マークされる事に。
その任を、大公直々に確と命ぜられたアーシェは。
ホトホト困り果てる。
サフィがこれ程、手に余る者とは。
思いもしなかった。
良くもヒィは、サフィと。
自然な形で、対等な関係を維持していられるな。
改めて、ヒィの度量の大きさに感心すると共に。
これから先の事に、頭を悩ますアーシェなのだった。