サフィ、唐突に現れては場を掻き回す
大公の後ろから現れたのは。
濃紺のウェーブ掛かった長い髪をした、スレンダーな美少女。
まるで絵画から抜け出て来た様な、魅惑の容姿に。
大公を助けようと立ち上がっていた者達は皆、一瞬息を呑む。
本性を知っている、アーシェを除いて。
『どもどもー』と軽く手を振りながら、愛想を振り撒いて。
アーシェの下まで来ると。
『まだあ?』と、アーシェに囁く。
『お、大人しくしていてくれ!』と焦るアーシェに。
『水臭いじゃないのー』と、またもヒソヒソ。
2人のやり取りが気になって、何時の間にか着席していた一同。
少女の姿を見た大公は、控えている部下に命じる。
「突然だが、来客の様だ。椅子を1脚、用意する様に。」
「ははっ!」
円卓の周りに置かれている物と同じ椅子を、部下が運んで来ると。
アーシェの左隣に『どうぞ』と置く。
『ありがとう』と、軽く会釈しながら。
その前へ回ると。
この場に居る者へ、自己紹介する。
「あたしは〔サファイア〕。気軽に〔サフィ〕と呼んでくれて良いわよ。宜しくっ!」
シュタッ!
宣誓する時みたいに、右手を軽く上げ。
そのまま着席。
大公は、直ぐにサフィへ謝る。
「〔奴〕との言い方は、言葉の綾だ。済まぬ。」
「分かれば良いのよ。」
「前の時も感じたが。堂々として臆さぬ態度、お主は本当に〔女神〕なのか?もっと慎ましやかな存在かと思っていたが。」
「「「め、女神!」」」
大公の口から出た単語に、驚く一同。
〔救世の御子〕候補の影には、〔怪しい者〕・〔不思議な者〕が付いているのは常。
それも認定ランクが高ければ高い程、人外めいているのは。
監査人達の共通認識。
しかし候補の陰に隠れ、自分の正体を明かす事は殆ど無い。
なのにこの者は、堂々と名乗るばかりか。
大公とも、既に面識が有る。
もしや、先程の大公の話に出て来たのは。
彼女なのか……?
考えれば考える程、ジロッとした目付きとなり。
サフィのボディに突き刺さる。
監査人として染み付いた、〔習性〕とも言える行動。
そんな状況を物ともせず、サフィは大公へ言葉を返す。
「『女神の割には気さくだな』と言って欲しいわね。あたしは、身分で差別なんかしないの。」
「大公である私に対しても、か?」
「当然。同じ人間じゃない。ここに居るみんな、ぜーんぶ。」
「神である自分には、些末な事。そう言いたいのか?」
「〔あんな奴等〕と一緒にしないで。あたしは誰に対しても、目線が一緒。それだけよ。」
「面白い。自分は〔奴〕呼ばわりを嫌っておいて、他の神々は〔奴等〕と申すか。」
「あたしは〔乙女〕、だから嫌ったの。それに。碌に自分の責務も果たせない神なんて、神じゃないでしょ。」
「言いよるのう。本当に面白い!ワハハハハ!」
豪快に笑う大公。
『問答しに来たんじゃ無いんですけどー』と、むくれ顔に成るサフィ。
その間に挟まれ、オロオロするアーシェ。
サフィは、その隙に。
サッと、アーシェの手元から紙を奪い取る。
「あっ!それはっ!」
「ケチらなくても、これ位良いでしょ?何々、てぃーじぇい?ほうせきか?何これ?」
「サフィには関係の無い事だっ!返せっ!」
「やぁよ。ちゃんと説明してくんなきゃあ。」
「良いから!返せっ!」
「やーっ。」
ドタドタと、サフィとアーシェの間で。
醜い紙取り合戦が、繰り広げられる。
こんな大事な、会議の場で。
余りの必死さに、アーシェは自分の立場を忘れている様だ。
その滑稽なやり取りに、場に居る者達は笑いが堪えられず。
アハハハハ!
笑い出してしまう。
それは、大臣も例外では無かった。
おっ!
場が温まったみたいね。
そう思ったサフィは、『ほいっ』とアーシェに紙を返す。
そして、大公に向かって。
棘の有る言い方をする。
「階級分けとは、良い趣味じゃないわねぇ。」
「こうしないと、実態が掴めんものでな。我等人間とは、そう言う者だろう?女神よ。」
冷静な言い方で、返答する大公。
対抗してなのか、サフィも冷静な口振りで。
「そんな傲慢な物言いをするから【滅ぶ】んでしょうね、人間は。」
ギクッ!
物騒な単語が、サフィの口から飛び出す。
慌てて、『気にしないで!』と打ち消すが。
それが反って。
この場に居る者の頭の中に、印象強く擦り付ける。
アーシェは慌てて、『頼むから、ややこしくしないでくれ!』と念を押すが。
『ややこしくしてるのは、寧ろあっちでしょ』と、逆に諭される。
ざわつく場内、そこへ一喝する大公。
「鎮まれい!我等がここに集まっているのは、何の為だ!」
漸く、シーンとする場内。
話し疲れたのか、進行役をウェインに譲る大公。
ウェインがサフィに尋ねる。
それが手っ取り早いと思ったから。
「あなたの隣に座っておられる〔ゼストリアン卿〕へ、〔或る物〕に付いてお聞きしていたのです。『あなたならお答え頂ける』とお見受けして、お尋ねします。」
「別に良いけど?何?」
「〔ゲート〕に付いて、です。私達も使用出来……。」
「無理。」
「はい?」
即答だったので、聞き逃したのかと思って。
もう一度訪ね返すウェイン。
しかし、サフィの答えは同じ。
「無理よ。あんた達は使えない。バックに、〔許可を出せる者〕が居ないから。」
「許可が要るのですか?それは、何方から頂けるのでしょうか?」
勘では有るが、核心に近付いている気がする。
ウェインはそう思い、慎重にサフィへ尋ねる。
対して、サフィの答えは。
「神だったり、別の者だったり。色々ね。けど……。」
「けど?」
サフィの物言いが、段々怪しくなって来た。
それでも、何とか聞き出そうとするウェインだったが。
結局、サフィのこの言葉で終わってしまった。
「あたしが認めないから。誰だろうと、やっぱり無理ね。」
「承服しかねますな。あなたはそれ程、多大な権限を与えられているのですか?」
ここまで来ると。
ウェインの言葉は、いちゃもんの様相を呈して来る。
魔導士としての好奇心の方が。
〔この場を仕切る者〕と言う立場としての意識を、上回って来たせいかも知れない。
ウェインの目は爛々としている。
おもちゃ箱をひっくり返して遊んでいる、子供の様に。
その視線が鬱陶しく感じたのか、サフィはアーシェの腕を取り。
『早く、ヒィの所へ帰るわよ』と、立ち上がる。
『そ、それは困ります!』と、止めに入る大臣。
議題に付いて、何も話し合われていないのに。
部外者に近い者が解散宣言など、認められない。
『これこれ、こう言う事だ』と、サフィを無理に席へ座らせ。
何故この場が設けられているかを、説明するアーシェ。
『ふうん』と、鼻先で軽く受け流すサフィ。
そこへ、『ピコーン!』と。
何か、思い付いたらしい。
『はいはーい!』と右手を上げ、当ててくれるのを待つサフィ。
仕方無く大臣は、サフィを指名。
スックと立ち上がると、サフィは言った。
「だったらさ。当人の代わりに、【後見人】を集めれば良いんじゃないの?それなら可能よ、多分。」